ザイード・レパーディアという男
しかし、あくまでそれは授業だけの話で、学園から希望者を募って行われる、武闘大会はまた別になってくる。
「ふん……魔法なしの剣だけの試合なんて、実戦ではそう役に立たないからな!! 本番は魔法ありの月末の大会だ!! レイリア、覚悟しておけ」
アルファンスの言葉に思わず苦い表情を浮かべてしまった。
……月末の大会は、魔法耐性のある防具つきで、ほぼ実戦の状態で行われるのだ。
防具があって、そのうえでなお防御膜が施されるとはいえ、毎年負傷者が続出する大会で、大抵の女生徒はまずでないし、男子生徒も兵士志願者でもなければ出ない。
希望者は万が一のことがあっても、学園側が責任を取れない旨の念書を書いたうえで、それでもなお専門の医療班を総動員して救護体制は万全で行われるのだが……個人的にあれは、苦手だ。スポーツの域を通り越している。こういっちゃあれだけど、大分野蛮だというか……。
……だいたい私、重い防具自体得意じゃないんだ。私の長所は素早さで、防具をつけたらそれが大分なくなってしまう。かといって、防具をつけなければ、魔法耐性がないから、大怪我の可能性もある。……ううーん。
「アルファンス……私が大会に出場しないという選択肢はないのかい?」
「勝ち逃げする気か、レイリア!! そんなの、俺が許す筈がないだろう!!」
……まあ、予想通りの反応だよね。分かってたよ。アルファンスが逃がしてくれないことくらい。
でもさ、君も仮にも王子様なんだから、危険な大会とか自重したほうがいいと思うんだけど……まあ、そんなこと言っても聞きやしないか。
「――相変わらずだな。お前らは」
不意に背後から掛けられた声に、振り返るとそこにはアルファンスよりなお頭一つ大きい、黒髪の男が立っていた。
「やあ。ザイード。今日は君のクラスと合同訓練だったのか」
男の名前はザイード・レパーディア。
何だかんだで毎年武闘大会に出場している私とアルファンスには、顔馴染の男だ。
突出した闇属性を持つ彼は、昨年は準決勝まで進出してアルファンスに負けたのだっけ。(なお、決勝では明らかにアルファンスのドジによって、私が勝利した)
「レイリア……さっきの試合、見ていたぞ。相変わらず、お前は剣筋がいいな。女にしておくのが、勿体無い」
ううん……やっぱりザイードはヨルド兄上と同じくらい、表情が分かりにくいな。流石に私も家族ではない相手の表情の意味までは読めない。
ただ天然鉄仮面の兄上と違って、ザイードの場合は、闇属性の宿命故に敢えて感情を抑えているのだけれど。感情が激しくなれば激しくなるほど、心まで闇に染まりやすい危険な属性だから仕方がないとはいえ、大変だ。
まあ、でも彼の人となりを考えると、これはきっと心から賞賛してくれると考えていいのだろう。
「……ありがとう。ザイード。君はこれからかい?」
「ああ」
「そうか。じゃあ、健闘を祈るよ」
ザイードと私の会話の間、アルファンスはずっとむっつりした表情で黙り込んでいた。きっと盛大に負けた姿をザイードに見られたのが、不本意だったのだろう。
ザイードはそのまま背を向けて、自身の試合の場に足を進みかけたが、途中で足を止めて振り返った。
「――ああ。そうだ。レイリア。アルファンス」
「……うん?」
「さっきお前達が大会がどうだとか話していたが……残念だったな。今回優勝するのは、俺だ」
ザイードの表情に、思わず息を飲んだ。
――笑っ、た?
敢えて無表情を貫いている筈の彼の、初めて見る笑顔は……何だかとても歪に見えた。
胸騒ぎがする。……彼の身に何か、恐ろしいことが起こっているんじゃないかという、奇妙な予感が。
「……アルファンス。何だか。ザイード、変じゃなかったか」
「ああ……おかしかったな。妙に饒舌だったし」
そして、彼の異変はその時だけじゃなかった。
「――っやめろ!! レパーディア!! それ以上の攻撃は防御膜が破れる!! 私がお前の勝利宣言をした声が聞こえなかったのか!!」
「でも……まだ、彼はちゃんと動いています」
「動かなくなったら、問題だろう!! 君は一体、何を言っているんだ!?」
「足りないんです……足りない……まだまだ、力が足りない……こんな力じゃ、まだ、あいつには勝てない……」
ザイードは試合で……既に勝敗が確定したのにも関わらず、対戦相手を滅多打ちし続けたのだった。
「っ闇属性に飲まれかけているな!! ……救護班、負傷した生徒をすぐさま医療室に運んでおけ!! 俺は一度ザイードを眠らせる!! あと光属性のネルラ先生を呼んで来い!!!!」
体育教師のエルモンド先生の魔法によって、強制的に眠りにつかされる寸前、ザイードは血走った目で私とアルファンスの方を睨み付けた。
「覚えておけ……次の大会で勝つのは俺だ……首を洗って待ってろ!!」
掠れた声で叫んだ彼が、そのまま落ちる瞬間に一瞬彼の肩の上に見えた物は。
「……黒い、犬?」
ちょこんと彼の肩に座り込む、真っ赤な目の小さな黒い犬が、そこにはいたような気がした。
「……何だか、今日の試合のザイードはおかしかったね。あの後、様子はどうだったんだい?」
私はいつものお茶会で、ザイードと同じクラスであるジェーンに尋ねた。
「いえ。眠りから醒めた後は、いつも通り冷静沈着なザイード様でしたわ。ご自身のせいで怪我した生徒にも真摯な謝罪をなされたようです。まあ、怪我をしたと言っても、治癒魔法で治る範囲でしたから、学園側も特別な処置はなく穏便に済まされたようです」
「なら良かったけど……あれほど闇属性を抑え込んでいた彼が、あそこまで暴走するのは珍しいね」
闇属性の生徒が、闇に飲まれかけることは珍しくない。特にその傾向は、適性が高くなればなるほど強くなる。
だからこそ、闇属性の中でも頭一つ飛び抜けた彼が、暴走したとしてもおかしくはないといえばおかしくないのだけど。
「仕方ないですわ。今ザイード様は、闇の守護獣を得たばかりで、体内の魔力状態が不安定になってますもの。他の属性の方でも、魔力暴走をさせやすい状態なのに、ただでさえ暴走しやすい闇属性を押さえ込むのは難しいのでしょう」
ジェーンの言葉に、私は先程見た黒い子犬の姿を思い出した。
「闇の守護獣って……もしかしたら、それって黒い犬のこと?」
「なんだレイ様、知ってましたの」
「いや、知っていたというか……こないだの試合中にたまたま見掛けてさ」
私の言葉にジェーンは納得したように頷きながら、紅茶を飲みほした。
「――何でもあれは、闇属性にあたる地獄の猟犬『ヘルハウンド』ということですわ。闇属性の一族のものにとって、ヘルハウンドを守護獣にすることは誉れらしくて、ザイード様も珍しく分かりやすく歓びを露わにされていました。流石、闇属性の名門レパーディア家の次期当主様でいらっしゃいますわね」
「……『ヘルハウンド』」
……聞いたことはある。だけど、正直闇属性の召喚獣に関しては、畑違い過ぎてよく分からない。……残念ながら私はこれっぽっちも、闇属性の適正はないからな。それを言ったら治癒と防御に特化した光属性も同様なのだけど。
これは、一度調べてみないといけないな。
「レイ……あんた、また変なことに首を突っ込む気じゃないでしょうね」
隣ですぐさま、マーリーンに釘を刺され、思わず苦笑いが浮かんだ。
……ミーアとアーシュのことは、マーリーンも忘れている筈なのに、そんなに私、いつも問題に首を突っ込んでいるように見えるかな。
「……必要なようならね」
「あんたって本当馬鹿。……ほどほどにしときなさいよ、本当。全くアルファンス王子に付き合ってやって、格闘馬鹿の大会出場するってだけで心配なのに……」
……うん。やっぱり、素直じゃないけど心配してくれる我が親友殿はとても可愛いな!!
そんな心のうちが伝わったのか、マーリーンにはへらへらしているんじゃない、とほっぺをつねられてしまった。……痛い。




