剣の授業
生まれた時から、俺は特別な存在だと言われて来た。
身分も。魔法適性も。魔力量も。身体能力も。知性も。容姿も。
全てにおいて、俺は恵まれた存在で、そしてそれが当たり前だった。
周囲からは、憧憬や嫉妬交じりの視線を向けられ、賞賛の言葉を囁かれるのが、俺にとっては日常で。それに対して特別な感慨を持ったことはなかった。
だって、俺は特別な存在なのだから。人より全てにおいて、優れてしかるべき存在なのだから。
そんな高慢な思考を疑問に思うことすらなかった。……この学園に入学するまでは。
俺は学園に入って初めて、自分より全てにおいて優れている人間が存在していることを知った。けして、敵わない相手が、この世にいることを。
そのことに衝撃を受けながらも、最終的に負けを認めて事実を事実として受け入れた。……そうだったら、どんなに良かっただろうか。
だけど俺は、どうしても、その事実が受け入れられなかった。
常人ならば、もっと早い段階で捨てられていた筈の根拠のない万能感は、俺が知らないうちに胸の奥深くまで根付いていて。
何故だ。何故。
俺はあいつに、何一つ敵わないんだ?
俺は特別な人間である筈なのに。
特別な存在で、なければならないのに……!!
胸の中に生まれて初めて芽生えた羨望と妬心は、あまりに醜いどす黒い形で俺の胸に広がって、自分でも止められなかった。
俺は、今まで知らなかった自身の卑小さを感じずに入られなかった。
ああ。でも俺がいくら努力しても、何一つあいつには敵わなくて。
あいつは、そもそも俺のことなんて鼻に掛けずに、別な相手だけをただ見つめていて。
そのことが、一層俺の妬心を大きく膨らませる。
――全てで、勝ちたいだなんて、そんなことは望まない。
俺だって馬鹿じゃない。そんなことは無理だと言うことなんて百も承知だ。
一つでいいんだ。
一つでいいから、あいつに絶対に負けないものが欲しい。
絶対にあいつに負けない、そんな特別な力が。
【――ナラバ、オレガ与エテヤロウ】
魔法陣から現れた「それ」は、俺にしか聞こえない低い声で、そう言い放った。
【オマエガ、ソレヲ得ル二相応シイ器ナラバ】
あいつを打ち負かす力が欲しい。――それが、どれほど危険な行為と引き換えであったとしても。
俺は、「それ」の声に、ただ黙って頷いたのだった。
きんと、音が耳元で鳴ったのが聞こえた気がした。
周りの空気が、漂う心地よい緊張感で引き締まったかのような、そんな音が。
その瞬間、遠くで誰かが何かを言っている声が、私の耳には入らなくなった。
周囲の雑音全てが、一瞬で消え去ってしまったかのようだ。
ただ一人、君が作りだしているような音以外は。
君が作りだす音と、君の姿。ただ、それだけしか今の私には感じ取れない。
まるで世界で、二人ぼっちになってしまったみたいだ。……きっとそんなことを言ったら、君は馬鹿にしたように笑うのだろうけど。
君から向けられる熱の籠もった視線が、君が動く度に紡ぎだされる、金属がぶつかり合う高い澄んだ音色が心地よい。
息が荒くなるにつれて、自身の心も増々高揚していくのが分かった。
――ああ。楽しいな。今この瞬間が、楽しくて仕方ない。
だけどいくら楽しくても、この状況はタイムリミットがあるもので。
そして、そのタイムリミットも、迫っている。
……残念だけど、そろそろ決着をつけないと。
頭を狙って繰り出された剣先を、寸前で屈みことによって避けながら、勢いよく剣を振り上げた。
狙い通り、勢いよく相手の手から投げ出された剣は、孤を描きながら宙を舞う。
剣を失った相手は咄嗟に後ろに下がったが、それは悪手だ。――剣のリーチを考えるなら君は逆に間合いを詰めるべきだよ。私を抱きかかえるようにして捨て身でぶつかれば、また別の道を開けたかもしれないのに。
「――これで終わりだよ。アルファンス」
私は重心を前に置くようにして、素早く繰り出した剣先で、アルファンスの心臓のあたりを勢いよく突いた。
アルファンスはくぐもったような声を上げながら、そのまま後ろに倒れて行く。
うん。……やっぱり魔法なしの純粋な剣の腕だけならば、私の方が上だな。
「――勝者、レイリア・フェルド!!」
「……きゃああああああ!! レイ様の勝ちよっ!!!!」
「剣をまるで手の一部のように自由自在に扱うレイ様……ああ、本当に物語のヒーローのよう……!!」
「もしこれで召喚したユニコーンの背に乗っていれば、もっと素敵でしたわね……ああ、白馬に跨り剣を華麗に操るレイ様……想像しただけで麗しいですもの……!!」
終わった瞬間、ようやく周囲の声が耳に入って来た。
……剣の試合の時はいつも集中し過ぎて、応援の声が聞こえなくなってしまうんだよな。
私は応援してくれた女の子の方ににこやかに手を振ると、増々強くなった黄色い声援を背に、まだ倒れているアルファンスの方に近づいて行った。
「大丈夫かい? アルファンス」
「おま……レイリア……魔法で使った防御膜があるからって……思い切りやり過ぎだろ」
「怪我に至るようなことはないなら、遠慮しないでおこうと思って……というか、アルファンス。君多分、力加減していても手を抜いたって怒っただろう?」
「……俺は心臓に剣先を突きつけられた時点で、流石に負けを認めるぞ。剣が飛んで行った時点で、認めてもいいくらいだ……」
「おや、それは申し訳なかったね。……所で立ち上がるのに、私の助けは必要かい?」
「――いらん……!!」
差し出した手を無視して、むっつりした表情でアルファンスが立ち上がったのを見届けてから、先ほど剣先をついた心臓の辺りを確認した。
「……流石防御魔法のスペシャリストのヒースクリフ先生が作った防御膜だね。あれほどの力で突いても、綻び一つない」
剣の授業は、より実践的な技術を身に着けさせる為に防具のようなものは使わず、防御魔法で作りだした防御膜を身に纏った普段着の状態で行われる。
王宮で兵士になる道を選ぶものを除いては、貴族が剣を使う機会は、不慮の事態が起こった時に自衛する為のことがほとんどだ。突然襲ってきた予想外の災厄。そんな状況で、戦場で闘うことを生業としている兵士のように、きっちりと防具を纏っていることはそうないだろう。それが女性であるならば、猶更だ。
だからこそこの学園では、例え傍に剣一つしかなかったとしても身を守れるようにと、防具を使わない授業が行われているのだ。
それ以上の専門的技術を望むならば、騎士団なり実家なりで、各自勝手に学んでくれという話だ。




