囚われの姫君12
二人で見つめ合って、同時に口元を緩めた。
ふふふ……なんかフライングで、二人だけの結婚式をしてしまったようだ。
少し照れくさいけれど、それ以上に胸のあたりがぽかぽかするな。
【……で、アルファンス。もう我は、目的の場所へむかっても構わぬか】
……あ。ディールのこと、すっかり忘れていた。
「ああ。ディール。頼んだ。……と。俺もレイリアも、この格好じゃまずいな」
アルファンスが魔法を展開した瞬間、アルファンスの服装が結婚式用の純白のものに変わった。
続いて、洗浄魔法が唱えられ、土で汚れていた私のドレスの裾も、元の純白の状態へと戻る。
「それじゃあ、行くぞ」
「……ちょっと待ってくれ! アルファンス。これからどこへ向かうんだい?」
それに、ディールが私達を背に乗せることを許した理由も聞いてないぞ。
「まだわからないのか? レイリア。お前は変な所で鈍いな」
「ああ、もう、もったいぶらないで早く教えてくれ!」
「お前は俺がディールと守護契約を結んだ時に、ディールが対価として受け入れたものを覚えているか?」
「守護契約の時……」
……確か、あの時、アルファンスは……。
「……【栄誉】と【名声】。だったかな?」
『人の祈りや、信心が神の力になるように、お前のような高位のドラゴンもまた向けられる畏怖や敬意の感情が力になるのだと、本で読んだ。だからこそ、ドラゴンは種として強者でありながら、積極的に人と関わろうとするのだと。……間違っているか?』
確か、アルファンスはあの時、そう言っていた。
「ディールは、自らの名をより多くの人間に知らしめることを望んでいる。一人でも多くの人間から、敬意や畏怖の感情を向けられることを。……その為には、この国の多くの人間に存在を認知させる必要があるわけだ」
「………あ」
「理解したな? それじゃあ、王都へ向かうぞ。せいぜい胸を張っておけ、レイリア」
アルファンスは不敵に笑って、言った。
「王太子の守護獣と、『新王太子妃』の、一足早い王都民へのお披露目だ。--せいぜい派手に行こう」
--その日、自国の王太子の結婚を祝う祭りで沸いていた王都の民達は、突然響き渡った爆発音と、空に広がったカラフルな煙の数々に、驚愕した。
「な、何の音だ!! 何の煙だ!!」
「他国が攻めて来たのか!? ……そんな……こんな特別な日に!」
「ちょっと待って!! 煙の向こうから何かがやって来たわ。……あれは……龍?」
「野生の龍の襲撃か!? ……いや、あれは炎龍か? 炎龍ならば、火の愛し子である王太子様の国を害すはずがない」
「あれ……背中に乗っているのは、もしかして王太子アルファンス様? ……隣にいるのは新王妃であられるフェルド家のご令嬢だ!」
「じゃあ、あの龍は、アルファンス様がご契約をされたと噂の炎龍ディール様だ! さすがS級守護獣。なんて荘厳な姿だ……」
炎龍に乗った王太子アルファンスは、祭りに参加している民が目視出来る高さまで、ふわりと降りて来た。
王都の民達は、神話的存在とされている炎龍と、その背に乗る黄金の髪の美しい王太子夫妻を間近で目の当たりにし、しばし呼吸を忘れた。
それはまるで、絵画のように美しい姿だった。
「--親愛なる王都の民よ。祭りを邪魔して、すまない」
炎龍に乗った王太子が口にした言葉は、けして声を張り上げているわけでもないのに、その場にいる民一人一人の耳まで届いた。
「どうか、このめでたき日を、共に祝って欲しい」
次の瞬間爆発的な歓声があがった。
口々に、王太子の結婚を祝う言葉が飛び交う中、再び炎龍は上昇し、王宮へ向かって飛び始めた。
麗しい新王太子妃は、沸き上がる民達を笑顔で見下ろしながら、姿が見えなくなるまで静に手を振っていた。
「……アルファンス。君は、いつの間に煙の色まで操れるようになったんだい」
「煙も、火の派生物だ。色を変えるくらい、原理さえ理解していれば朝飯前だ」
「それに、声の伝達魔法も……これ、本当に最初から計画していたサプライズお披露目というわけじゃないんだよね。下手したら王都民が大パニックだったと思うんだけど」
「お前のすり替えに気付いた後に思いついた計画だが、その時点で祭りの責任者や警備兵には通達しているから、問題はない。パニックが起こったとしても、その場ですぐに、治められる自信もあったしな」
--ああ……君という人は、本当に。
「うん? どうした。レイリア。そんなに見つめて」
「……君に、惚れなおしていた」
「ごふっ……」
「大丈夫かい?」
突然激しく咳き込みだしたアルファンスの背中を撫でながら、一人ため息を漏らす。
……やっぱり、アルファンスはすごいなあ。
度胸があるし、頭の回転も早い。
立派な王太子だ。
「……私も、負けちゃいられないなあ」
君の隣に相応しくなる為に、もっともっと成長しなければ。
「そ……それじゃあ……まもなく、式だ。予行演習なしでも、いけそうか?」
「大丈夫。……結婚式が楽しみで、何度も脳内でシミュレーションしてたから」
「ぐ………だから、お前はそういうことを気軽に……」
アルファンスが顔を赤らめて、ぶつぶつ言っている間にディールはゆっくりと下降した。
王宮の屋上には、苦笑いをしている王様と、お父様。真顔で手を振るヨルド兄上と、狐姿に戻ったトネルに慰められているアイン兄上が待っていた。
私は笑いながら、ヨルド兄上に手を振り返した。
ディールが滑るように、屋上の空いている場所に降り立つ。
「--行くぞ。レイリア」
アルファンスが、私の手を握った。
「ああ。……行こう」
--そして、私達は手を繋いで並びながら、「めでたし めでたし」のその先に、一歩足を踏み出した。