私は許さない
「違う……父上も事情が事情なだけに仕方がないと許してくれたし、そんなものいっさい気にする必要はない」
「それじゃあ、先生達を巻き込んでしまったことかい? ……たしかにあの時点での攻撃は全く想定外だったけれど、契約書が破棄されたこともあって、キエラ先生の光魔法で十分に回復できる範囲だったじゃないか。……この件で一番重傷を負ったマーリーンだって、明日には回復するだろうって言っていたし、先生達には申し訳ないけど、それほど気にしていなかったよ」
「違う――レイリア。分かっているのだろう」
エメラルドの瞳で真っ直ぐ、見据えられて、唇を噛んだ。
アルファンスが何を言いたいかなんて、最初から分かっていた。
「お前が、カーミラ・イーリスに対して行ったことは、何一つ間違っていない。あいつは加害者で、罰せられるべき存在だ。そして、フェルド家当主殿も、父上も、その罪に相応しい対応をするだけだ。……救えなかったことに、罪悪感なんて抱く必要はないんだ」
分かっているからこそ、触れて欲しくなかった。
「……罪悪感なんて、持ってないさ。救って欲しいと差し出された手を、振り払ったのは私だ」
「嘘つけ。それなら、なんでそんなしょぼくれた顔をしているんだ。お前があの女のことを気にしているのなんて、ばればれだぞ」
許せなかった。
許さないと決めた。
……だけど、それでも、やっぱり簡単には割り切れるものでもなくて。
『レイ様、どうして!! 私を救ってくれるのではなかったのですか!? 貴方は私の王子様ではなかったのですか!? ……裏切り者裏切り者裏切り者裏切り者切り者裏切り者……王子様なら王子様らしく、ちゃんと可哀想な私を救いなさいよぉおおおお!!!!!!』
あの時のカーミラの悲痛な叫びが、今でも耳を離れない。
「……言っておくがレイリア。あの女が話した過去の不幸も全ては自己申告で、本当かどうかも怪しいんだぞ。同情を引く為に、大いに脚色している可能性が高い。鵜呑みにすると馬鹿を見るぞ」
「分かっているよ……そんなこと」
……そして、全てが嘘ではないということもまた、分かっている。
「そもそもお前に許しを求めていたこと自体、おかしいんだ……あの女が真に謝罪すべきだったのは、一番被害にあった赤毛の女だろう。カーミラ・イーリスの言葉は、自らに対する釈明と、お前に対する救いを求める言葉で、最後まで赤毛の女に対して謝ることはなかったぞ。そんな反省にどこ同情の余地がある。……それでも赤毛の女が、カーミラ・イーリスを許したいというならばまた話は変わって来るが……」
「……マーリーンは、『許さない』って、言っていたよ」
朝になって、再びマーリーンに会いに行った時、私は請われるがままに事件の全貌を話した。
途中一度も口を挟むことなく、黙って私の話を聞いていたマーリーンは、話が終わるなりきっぱりとそう言い切ったのだった。
「『そのカーミラという娘に、どんな事情があろうと、どれだけ不幸を背負っていようと、私には関係ないことだわ。私は、その女を、その女が私とあんたに負わせた理不尽を、けして許さない』――マーリーンは躊躇うことなく、そう言ったんだ」
『本人の言う通り、カーミラ・イーリスは、私よりも不幸かもしれない。だけど、その不幸に対する責任は私にも、そしてもちろんあんたにもないわ。それなのに抱え込んだ不幸が、私達を傷つける免罪符になんてなると思う? 自分が不幸だから、他人を不幸にしていい理屈なんて、世界のどこにもないわ。司法的には、それは情状酌量の余地になるのでしょうけど、だからといって私の感情にまで法の規定を適応しなければならないわけじゃないでしょう。そもそも、人間みんな大なり小なり、不幸を抱えている生き物よ。何かをされる度、いちいち相手の背負う不幸を慮っていたんじゃきりがないわ』
『確かに悪魔の誘惑がなければ、そこまで道を踏み外さなかったかもしれない。……ならばどうしてまず、悪魔を遠ざける努力をしなかったの? 王都には少ないながらも紫の瞳を持つ人間はいるわ。公にはされていないけれど、そう言った人間の中には悪魔の声を聞くことが出来る人間もいるでしょうね。……だけど、そう言った人間は皆届出をして、秘密裏に王家の協力のもと力を封じている筈よ。そうやって力を封じて普通の人間として生きているからこそ、都心に近い程、紫水晶の瞳の持ち主の差別がないのでしょう? 届け出を行わなかった場合罰せられるのは、あくまで全てを知っていて隠蔽していた場合だけ。……罪に問われることを恐れるにしても、いくらでもやり方はあったはずよ。ただ一言、教師の誰かに相談さえすれば、学園は王宮と連絡を取ってくれた筈なのだから。……たったそれだけのことも試みようとしなかった自分自身を棚に上げて、凶行を全て悪魔のせいにするのは無理があるわ』
『結局、カーミラ・イーリスは口ではどうこう言いながらも、自らの不幸と闘う気なんてさらさらなかったのよ。闘わないまま、思考を停止して、あんたを王子様になぞらえた夢物語に浸って現実逃避をしていただけ。そしてその現実逃避のタイムリミットが来たから、自らの背負う理不尽を、私に向かって投げつけたのよ。八つ当たりみたいにね……そんな女、許せる筈がないでしょう』
――かつて自分の身に降りかかった理不尽に、正面からぶつかったマーリーンだからこそ、発せられた言葉に込められたものは重かった。