『ゲンの店』にて・3
「ってか、本題が別にあった。神音、お前『サウザンド・クラン』って知ってるか?」
「『サウザンド・クラン』?」
しばらく近況報告や雑談に時間を割き、じゅうぶん店内に人気が少なくなってからそう切り出した護に、神音は鸚鵡のように言葉を返す。
「知らないのか・・・まぁ、もろもろに無関心なお前らしいな。氷那そっくりだ」
「兄さん、どうしてそこで私を引き合いに出すの?」
間接的に『もろもろに無関心』扱いされた氷那が、聞き捨てならないというように実兄に食ってかかる。その容貌から見た目は凛、というよりツンとしていて冷たいような印象を受ける彼女だったが、その実意外と気が強い。さすがに掴みかかるようなことはないものの、護にずいっ、と詰め寄る。
位置関係的には神音を挟んで左側に護、右側に氷那という形だ。何ということはない、つまりはそれがゲンの店の指定席の順番になるのだが―――――
「別に深い意味はない。・・・・・それよりも神音がそうとう苦しい体勢になってんぞ」
氷那が護との距離を詰めようとすれば当然間にいる神音が邪魔になる。横に押しのけられるならまだしも、直線的に護に向かわれたので反射的に密着を避けるために体を横方向に、斜めに傾けたのが神音の失敗だった。
すると多少なりとも空間が生まれるので、氷那はさらに詰め寄る。神音は体をより傾ける。最終的に神音は椅子に座ったまま60度近くも体を傾けた体勢のうえに、密着どころか氷那にのしかかられるという拷問のような姿勢を強いられていた。
「あ。ごめん、神音」
照れたそぶりも見せずに体を元の位置に戻した氷那には、おそらく異性として認識されていない。そう、神音は思っている。あくまでも『兄の友人』か、『自分の男友達』。せいぜいが『もう一人の兄』くらいの感覚だろう。
今でこそこうして普通に話すことができるが、第一印象は最悪だったらしい。後日護から聞いただけで本人にそう言われたわけではないが、会話ができるということはこの一年の間に多少なりとも印象を改善することはできたようだ。
だから何だ、という話だが。
軽く頭を振っている神音を怪訝そうに見つめながらも、「続けるぞ」と前置きしてから護は再度口を開く。
「最近、結成されたギルドらしい。人数的には20人程度、構成メンバーの面子を見ても推定レベルは平均15~20、トップでも30には届いてないんじゃないかな」
「そんなことも分かるのか」
「まぁ、まがりなりにも俺もギルドの頭張ってるからな」
ここまで『レベル』やら『ギルド』などという単語が飛び交うとゲームのような様相を呈してくるが、実際にそういうものがあるのだから仕方がない。
使徒の純粋な強さは『神格位』によって決定され、『奇跡』によって多様性を持つ。それが、ヴィシャスワーズの理だ。
世界を跋扈する魔物の類を討ち倒す、あるいは奇跡を用いた何らかの行動を取ることで神格位を上昇させるための神格値、つまりは経験値が取得できるのは既知の事実である。ついでに言えば奇跡自体にもレベルが設定されているのだが、こちらはその奇跡の熟達度という意味合いが強い。
そのために彼ら使徒の間では一般的に『レベル=神格位』、『スキルレベル=奇跡の熟達度』という言葉と認識で統一されている。
ただし現状では最古参の使徒でもレベル50に達しているものはいない、と言われている。通称で『レベルの壁』という現象がその背景にあるのだが、それは余談である。
「・・・・・で、何か問題でも?」
「もちろん、全員が『犯罪者』だとか、分かり易い問題があるわけじゃない。ある意味問題と言えば問題のある集団ではあるが・・・それは置いておいて」
「???」
護が口にする内容は、神音にはどうにも要領を得ない。
ギルド―――――『神聖同盟』というのが正式名称だが―――――に関する情報量は、そもそもが単独で行動することを大前提としている神音の場合圧倒的に少ない。もちろんメリットやデメリットも含めて知識として憶えておいて損はないのだが、差し迫っての必要性を感じることがないために積極的に頭に入れようという気になれないのだ。
それでも、犯罪者については、一般的な知識があった。
使徒には生命力であるLPを始めとして、スキルを用いるために必要な『SP』、基本的な身体能力を表す『STR(筋力)』や『SPD(敏捷力)』といった個人能力項目があるその中に、『PUN(罪科)』というものがある。
『悪行』として設定されている行動を取ることによってそれに応じた罪科値が上昇し、一定量を超えてしまうと犯罪者として軽、中、重の三段階に分けて分類されることになるのだが、さすがの神音もリスクが大きすぎるために検証しようとは思わない。原則的にヴィシャスワーズの住人たちが定住する町や村に立ち入りが禁止になった代償に、得られるのは強奪や脅迫というさらに罪科値を上昇させるスキルでは負のスパイラルに過ぎる。
ついでに言えば犯罪者(軽)になると自警団、あるいは自衛軍の捕縛対象として都市町村に近付くことさえ困難になり、犯罪者(中)以上になると加えてヴィシャスワーズ各地を行き来する賞金稼ぎの捕縛対象になる。最終的に犯罪者(重)になってしまうと、各神殿から指名手配の対象とされて最精鋭と言われる執行騎士団が派遣されるらしい。
『カラード』と犯罪者が意訳されるのは、常ならば白で表示される使徒同士の認識の際の名称部が、罪科値によって橙、赤、黒と変わっていくためだ。ゆえに、文字通りカラード《色つき》である。
確かに、護の言う『サウザンド・クラン』がカラードで構成された犯罪者ギルドであるのならば、それは危険極まりない存在だし、話題にあげるのも理解できる。
というのも、罪科値によって行動が制限されるのはヴィシャスワーズに元から住まう者たちの生活圏内であって、つまり守られるのは住人たちのみなのだ。当然使徒がその内部にいればやはり守られることにはなるが、あくまでもついで《・・・》だ。
住人たちの生活圏内から外に、戦闘可能区域に出ることの多い使徒にとってカラードは、魔物と同じか、それ以上の脅威になる。同じ世界から来たはずの同じ境遇の者が最大の敵、という現実は、何とも皮肉な話である。
しかし、話としてはそういう問題ではないらしい。神音は、もう首を傾げるしかなかった。
「ギルドの拠点が町や村でないとしたら?」
「・・・・・それを問題とする意味が分からない」
謎かけでもするかのように少しずつ核心に迫ろうとする護だったが、そもそもその方面の知識に疎い神音が考えようとするはずがない。あっさりと、だがしっかり言い切ると、護のものよりは少しアルコール度数の低い果実酒を一気に飲み干し、グラスを置いて軽く腰を浮かせ、席を立とうとする。『これ以上わけの分からない話を聞くつもりはない』という意思表示の――――ポーズだ。
一見短慮な行動に思えなくもないが、こうでもしないと話が先に進まないのは今までの付き合いで身に染みて分かっている。
「待て待て、俺が悪かった。無知蒙昧な神音のために、一から説明する」
案の定、護の話は一足飛びに結論に向かい始めた。しかしそれでも上からの物言いを止めないのだから、この龍宮寺護という少年は快活そうな外見に反して意地の悪い性質を持ち合わせているようだった。
もちろん最初に知り合い、間は空いたにしても何かに付け連絡を取り合い、もう一年近い交友があるのだからそれに気付いていない神音ではない。しかしここで腰を据えようものなら、ますます調子に乗ることも分かっていた。カウンターに置いた腕に力を込め、立ち上が―――――ろうとした瞬間、右の袖口が軽く引っ張られた。
「兄さん、そんな言い方したら神音が気を悪くするのは当然でしょ。私たちは『お願い』に来たのに・・・神音、ごめんなさい。でも最後まで、せめて話だけでも聞いて欲しいの」
絶妙なタイミングで神音を引き止めたのは、他でもない右側に座っていた氷那だ。
いつもなら護が軽口を言い続け、神音が出口付近まで行ったところでようやく折れる、というパターンなのだが、今回はよほどのことらしい。普段は我関せず、でなければ半眼で二人のやり取りを見ているだけの氷那が途中で入って来るのだから、事の緊急性、あるいは重要性がうかがい知れる。
「・・・・・そうだな。悪かった、神音。久しぶりに会ったもんだからついつい、いつもの調子で話しちまった」
珍しく素直にそう言って頭を下げる護。その様子を見て、神音もまた素直に椅子に座り直したのだが。
「相当に厄介な話らしいな・・・」
いつもとは様子が違うだけに、まず口をついて出たのは溜め息交じりの一言だった。
夜は、更けていく。
相変わらずの導入部、説明パートです。
今回はやたらと飛び交うゲーム的な用語について。
次回も同じような感じになると思われますが、ぜひぜひ世界にのめり込んでいってください。




