『ゲンの店』にて・2
「久しぶりの再会に」
「全員の無事に」
「・・・腐れ縁に」
『―――――乾杯』
飲み物と食事が揃ってから、それぞれに口を開いてグラスを鳴らす。最初の言葉は護、次が神音、最後に氷那だ。
氷那が『腐れ縁』と言うように、三人が初めて顔を合わせたのはヴィシャスワーズに来てすぐのこと。『御使い』を名乗る存在から世界のあらましや事の経緯について多少の説明があったが、当然のようにそれがすんなりと飲み込めるはずもない。事態を把握することもできず、右も左も分からずにおろおろとしていた神音に護が声をかけたのがきっかけだった。
一年あまりこの世界で過ごして様々な情報を手に入れた今でこそ分かっているのだが、その御使いのもたらす情報も個人的に差異があったことが混乱に拍車をかけた原因でもある。
必然的に三人は一週間ほど共に行動することになったのだが、この兄妹は早い段階でヴィシャスワーズの理に順応して闘うことを決意した。一方で兄妹とは異なり、最終的にどうしてもそこまで踏み切れなかった神音は二人と別行動を取ることになる。
そのまま二度とそれぞれの進む道が交わることはないはずだったのだが、結局はある事件をきっかけにして神音も一月遅れで戦闘を開始。さらに数か月の後に再会を果たし、それからは何かにつけ連絡を取り合って現在に至る、という次第だ。
「さっき『御殿』に行ってた、とか言ってたよな?あそこは適正40くらい必要なんじゃなかったか?」
一息で一杯目の果実酒を飲み干した護が、顔は神音に向けたまま空いたグラスをゲンの方に押しやって二杯目を注文する。「ここからは金を取るぞ」という言葉は聞こえていないのか、聞くつもりもないのか。
年齢が同じとはいえ、その上背は神音よりも確実に頭一つ大きい。やや小柄な神音が160センチを少し超えるくらいの身長なのだから、護のそれは170後半から180といったところだろう。一見では温和そうな雰囲気を持つ彼だが、どこかやんちゃな『ガキ大将』といった印象を持ち合わせていた。その瞳に宿っている少年特有の意志の強さがそれを感じさせる原因なのかもしれない。
体付きは上背の割には細身だが、その身に着けているのは微かに青く光る鱗鎧だ。大型爬虫類のような生物の鱗を繋ぎ合わせた重厚な鎧で、篭手や足甲なども同様の造りとなっている。もちろんベースは金属の防具なのだから重量は推して測るべし、である。
それでも苦もなく動けるのは、それが可能なように能力値を上昇させているからだ。腰に佩いた片手用の直剣と、外套を脱いでいるから分かる背中に括られた盾を駆使して敵を目の前に攻防を繰り広げる前衛というのが、護の戦闘スタイルだ。
「適性は、ね。それでも幅はあるから、相性の良い奴を必勝パターンで嵌めればなんとかできるよ」
「普通は相手にしろパターンにしろ、それを見つける前に死ぬ、っつーの」
「神音の武器って、槍でしょ?言ってみれば中衛が一対一で闘うのって至難の業だと思うんだけど・・・実際に闘ってるところを見たことないから何とも言えないけど、ホント無茶苦茶よね」
とは、呆れ顔の兄と真逆で冷静に分析する氷那だ。もっとも、彼女の表情にも多分に呆れの要素が含まれていたが。
氷那の場合は護とは異なり、胸部と腕部にのみ防具を着けている。相当に磨き込まれていたが、色的にはほぼ金属の地であまり飾り気はない。『防具』とは言っても致命傷を避ける保険の意味合いが強いそれは、極限まで軽さを追求し、動き易さに焦点を定めた回避型の前衛が好んで着用する胸部鎧である。そして腕に着けているのはすっぽりと前腕を覆ってしまうような篭手ではなく、手甲。防御力にはやや劣るものの可動性を重視した結果の選択であろう。
その他には上着として袖口が少し広がった薄手の白いコートを着ているが、こちらは防具というより装飾品の類だ。
すらりと伸びている手足の、防具や衣服の隙間から僅かにのぞく肌はその名の通り氷のように白い。しかし、神音よりも微妙に背の高い彼女の外見で目を引くのは、やはり肌の色よりも背中を越えて伸ばされる黒絹のような髪だ。癖のまったくない、彼女の心根を表しているかのようなストレートで、浴用品が充実しているとは言い難いヴィシャスワーズにおいてもその美しさに翳りはない。戦闘時には邪魔になるという理由で無造作に一つにまとめて縛られているのだが、今日は戦闘するつもりがないためかほどかれ、彼女が少し体を動かす都度揺れていた。
そして何と言っても特徴的なのは、武器として左腰に佩かれている一振りの刀。これは、同時に彼女が攻撃力を重視した火力役ということの証明でもあった。
「死ぬのが怖いから、距離を取ってチクチク突っついてるだけだよ」
「相変わらず、情けないわね。だったら適正以下のところで安全マージンを必要以上に取って闘えばいいじゃない。わざわざ危険の多い所に行ってそんな風に非効率的に闘ってるなんて、馬鹿みたい」
「・・・・・まったくもって仰るとおりです、はい」
護と氷那が先ほどから口にしている『適正』とは、『戦闘地域適正数値』のことだ。言い変えれば『どれだけのレベルがあればその地域で安全に闘えるのか』という指標である。
ヴィシャスワーズに徘徊している化け物―――――『魔物』と呼称されている―――――にも、それぞれにレベルが存在していた。それは個体ごとに設定されているものなので単一種であっても画一的に同じわけではないから判断が難しいところだが、一般的には『相手のレベル+5~』というのが安全に闘える一つの目安とされている。しかし、あくまでもそれは魔物の個体に対しての適正数値だ。
当然一つの戦闘地域には、その強弱が様々な魔物が多種多様に生息している。そこで言われるのが、二人が言っている意味での、『その戦闘地域』における適正のことである。こちらは生息が判明している魔物の『平均レベル×1.5~』で考えられていた。
というのも元となる数字が平均値なので、算出されるレベルは最強と最弱の中間ほどの値になる。低く見積もってしまうとそもそも目安として当てにできないために、この数式が用いられるようになっている。
分かり易く例を示すと、『御殿』の地域適正数値は40。つまり危険を限りなく少なくしようと思えば、レベルが26~27は必要ということだ。
「謙遜、謙遜。神音は何気にレベル高いからな。ボスの女王蜘蛛と闘れるのも、そう遠くないんじゃないか?・・・・・って単独だとまだ無理か」
「『闘る』というか、『殺った』けどな・・・」
「マジか!?ってか、討伐の時は声かけろよ?情報じゃドロップがS武器らしいからな・・・・・それが片手剣だったら万々歳なんだけどなぁ」
会話の流れから神音には護の言葉の意味するところが分かったが、その逆はそうではなかった。本日二度目の同音異義語によるすれ違いである。
基本的にヴィシャスワーズの住人たちは、魔物に対してのじゅうぶんな対抗手段を持ち得ていない。都市町村には神によって張られたと言われる結界が存在し、魔物は人の居住空間に立ち入ることができないからだ。それが真実かどうかは分からないが、確かにその出入り口を境にして戦闘地域と非戦闘地域に大別される。
しかし、住人たちにとっては自分たちの生活圏内から外に出さえしなければいいだけなので問題はないのだが、神音たち使徒にとってみれば話は別だ。
何しろ、戦闘地域に自ら赴いてその魔物と闘わなければいけない。武器はより鋭く、防具はより硬く。質が良いものであればあるだけ、戦闘は楽に、安全になるというものだ。
現状では、住人たちからそれを手に入れることは不可能だった。売っているものはせいぜい最低限の武器防具だけ。それこそRPGのように最初の街から遠くに行けば行くほど自動的に質の良いものが入手できる、というわけではない。
それらを手にする方法は二つ。
一つは護が言ったように戦利品として手に入れるというもの。
どういう経緯で魔物たちがそれを持つに至ったか、などと考えてはきりがないので誰も突き詰める者はいなかったが、強大な力の魔物ほど質の良い武器防具を持つ傾向にある。
そしてもう一つの方法が『製作する』というものだ。
住人たちからは不可能であっても、使徒ならばより質の高い武器防具を作り出すことができる。そういったスキルも当然のように存在し、中には専門でそれを行う使徒もいるほどだ。なかなかに根気と技術が要求されるが、物によっては相当な額で取引されるような場合もある。名の知れた鍛冶師の作であれば、いくら払っても惜しくないという使徒はごまんといた。
ふと、そういえば―――――と神音は他人には不可視の、自らの『宝櫃』を開いて中身を確認する。護の言葉で女王蜘蛛戦の戦利品に武器があったのを思い出したからだ。何気ない風を装って呼び出した情報が、神音の頭の中に直接イメージとして伝わってくる。
『蜘蛛斬り(大剣):武器ランクB、要武器マスタリー(大剣)。STR+8、SPD-3。蜘蛛系の魔物に特効、ATK1.2倍。追加使用可能奇跡/大切断、パワーライズ』
―――――大剣、しかもBランクか。残念だったな、護―――――
決して声には出さずに宝櫃を閉じた神音は、熱く語り出す友人の言葉に適当に相槌を打ち続けていた。
済みません、『週一更新』なんて言っておきながら、間に合いませんでした・・・
VRMMO寄りの設定が入りつつも、舞台は召喚された異世界なのでバランスが難しいです。。。




