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The erosion world  作者: 友畑 朱華
序章:ヴィシャスワーズという世界
2/6

『ゲンの店』にて・1

街に戻ると、すっかり日が暮れていた。陽光の差し込まない地下迷宮の中ではよくあることだが、時間の感覚というものが完全に狂ってしまう。


今回は強敵ボスの討伐という明確な目的を持って迷宮に侵入したのでこの程度で済んでいるが、その目的が果てしなく険しい場合―――――単調なレベリングなどだ―――――には日をまたぐことさえ、しばしばだ。


「まずはメシ・・・いや、先に余計なものを捌くべきか?」


少年が地下迷宮に足を踏み入れた時には、まだ朝日が昇る前だった。時間を軸にして考えるのであれば、もう半日以上きちんとしたものを胃袋に収めていないことになる。


常に死の危険と隣り合わせの戦闘区域であれば緊張が空腹を紛らわせてくれるが、街に一歩足を踏み入れれば非戦闘区域に分類され、差し当たっての命の危険はない。となれば張り詰めていた緊張の糸は緩み、なりを潜めていた疲労感や空腹感が襲ってくるというものだ。


しかし、生き残って返ってきたからには戦果である素材や装備品のチェックをしたくなるのが人情だろう。それが押し付けられた、嫌々ながらの戦闘の結果なのだとしても完全に後回し、ましてや放棄はできないのだから人間という生き物は業が深い。


腹の虫を収めるか、それとも戦利品の換金か。

それぞれの行きつけの店へ向かう分岐点となる街の中央にある大鐘楼。その前でしばらく行ったり来たりを繰り返していた彼だったが、結局のところ三大欲求の一つに抗うことはできずに、馴染みの飲食店へとやや足早に向かうことになった。


夕刻を過ぎて宵の口に差し掛かる時間帯であったが、道を行く人数はかなり多い。

この街が現状で発見されている都市の中で最大規模だ、というのも大きな理由の一つだろう。様々な人が、あるいは種族がこの街に続々と集まって来る。その目的は当然のように多種多様だが、比率としては六対四くらいだろうか。大まかに分けて『少年の同類』と『元からの住人』が、である。


大鐘楼から少し歩いたところにあるのが『始まりの街』あるいは最近では『首都』と呼ばれる街のメインストリートの一画にある、『居酒屋・玄』。ここが少年の馴染みの店であり、『この世界』へと来てしまったその時から何かと世話になっている人物がいる場所でもあった。


その人物というのが店名にもなっている『ゲン』という四十代前半の、見るからにワイルドな壮年男性なのだが同時に『宿屋・源』、『情報屋・幻』などの店も経営しており、どれが本名であるのかは分からない。もっとも、分かったところでどうということもないのだが。


時刻が時刻だったためか、居酒屋の店内は人でごった返していた。

普通に飲食物を提供している店だが、その客層は非常に限定されている。『この世界』以外の人間、つまり少年と立場を同じくする者たちだけが集まっていた。


『使徒』。


この世界とは何ら関わり合いの無いはずが、いかなる理由に依ってか突然この世界に来てしまった、異世界の存在。

正確には『神の使徒』で、自分たちとは別の存在ということでこの世界の人々から尊敬と畏怖の念を込めてそう呼ばれている。

現代社会からすれば概念的以上の存在ではない『神』だが、この世界の、ヴィシャスワーズの人々にとっては直接的に関わりのある、かつ絶対的な存在だ。


その証拠として―――――と言ってしまうのも飛躍しすぎかもしれないが―――――ヴィシャスワーズには国家、さらにはそこに付随する特権階級というものが存在しない。各地に点在する町や村は自治権的主権を有しているし、独特だが各々に明確な判断基準を持ち合わせている。唯一共通するものを挙げるというならば、そのすべてが神職に就く者がその町や村ごとに信奉する神の神託を受けることによって各種運営、問題解決を行っているという点だ。

特に大きな規模を持つようなこの『首都』、正式にはカンバルという城塞都市では都市全体で信奉する神以外にも、言葉は悪いが用途別に神託を受ける神を変えている。

具体的には貿易や日々の商業活動に関しては商いの神、自衛行動に関しては軍神、といったようにだ。


つまり、この世界は神によって統治されている。

もちろん事細かに行動に関しての神託があるはずはなく、あくまでも行動指針、目標的にそれが示されるわけだが、全世界的にそれが順守されているのだからその影響力が知れるというものだ。


「おぅ、いらっしゃ・・・って何だ、神音かのんじゃねぇか」


脇目も振らずに少年はカウンター席を目指し、混雑しているにも関わらず空いていた店主すぐ傍の椅子へ腰を落ち着ける。さながら予約席や指定席のようだが、実のところはその『さながら』である。カウンター席の左から二番目。この場所は少年の、鷺宮神音さぎみやかのんの指定席だった。


どんなに混雑していても、この席に他人が座ることはまず有り得ない。それが店主であるゲンの『俺様ルール』らしいのだが、特に異議があるわけではないので神音は素直に好意に甘えていた。彼の記憶では確か左から五番目か六番目くらいまではこの指定席だったはずだ。自分ひとりのことだったら遠慮する気持ちが働いたかもしれないが、同様の待遇が他に四、五人もいるのであれば構わないだろうという意識の方が強かった。


「ご挨拶だなぁ。無事に生還してきたお得意様に労いの言葉とかは無いわけ、ゲンさん?」

「よく言うぜ。お前がおっ死んじまう姿なんざ、想像もできんわ」


言葉のジャブの応酬の後、お互いに軽く笑って拳を合わせる。


「酷い言われようだ。まぁいいや、取り合えずメシ、いつものやつね」


この店に来ると『帰ってきた』という感覚になる。もちろん『宿屋・源』を自身の拠点としているのだから当然と言えば当然なのだが。


ちなみに建物の一階と地下が居酒屋、二階と三階が宿屋になっている。情報屋は別に建物があるわけではなく、居酒屋のカウンターだ。実質は左から七番目以降の席、ということになる。


「そう言えば今日は朝から見なかったよな、お前?どこまで行ってた?」


神音の『いつものメシ』である豚の生姜焼き定食のようなものをテーブルの上に出しつつ、ゲンは口を開く。


何気ない世間話のようにも聞こえるが、結局のところは情報屋としてのゲンの活動の一環である。最も古株の使徒がヴィシャスワーズへ来てから一年余り。不定期に、不定数でこの世界へ呼ばれる使徒の数は、推定だが現在では一万人になるのではないかとも言われていた。


その中でもトップクラスの実力を誇る神音の情報は、正確性や法則性で言えば検証部隊にやや劣るものの、早さの一点では群を抜いたものだ。周囲の者たちがあからさまに関心の無い風を装いつつも、その実聞き耳を立てているのが分かって思わず苦笑する。


ゲンにしてもそこまで詳細な情報を求めているわけではなく、神音にしても洗いざらい話してしまうつもりもない。あくまでも『行けば誰にでも分かる』ような一般的な情報を予備知識として開示しているだけだ。知り得るために検証や実験が必要な、あるいは危険を冒さなければいけない、所謂対価が発生するような重要、有益な情報を所構わず話させる、話してしまうほどお互いに無知ではない。


「ん、『御殿』まで。レベルとスキル上げ、ドロップ回収込みで」

「相変わらずぶっちぎってるな。んで、あそこにいるボスは・・・確か女王蜘蛛だったか。まさかとは思うが、ったのか?」

「ん、った」


同音異義語が、互いの口から発せられる。


表記すれば音は同じでも、その意味合いが違うのはすぐに分かるが会話の中だけでは無理な話だ。外見的特徴やら攻撃方法の種別には話の焦点が合わせられるものの取得アイテムに話が及ばないのは、神音の認識では『倒した』であるのに対してゲンの認識では『闘った』止まりだからであろう。


「んー、面白そうな話をしてるじゃないか?俺も混ぜろよ、神音」


表面上は通じていても深い部分でかみ合っていない二人に声が掛けられたのは、そんな時だ。ゲンが顔を上げ、神音が振り返るとそこにいたのは人懐っこい笑みを浮かべた黒髪の少年と、微妙に視線を合わせないようにしているこれまた黒髪の美少女。ゲンにとってはお得意様の、神音にとっては数少ない友人の二人組だった。珍しくも運悪く揃ってヴィシャスワーズに来てしまった双子の兄、龍宮寺護りゅうぐうじまもると妹の氷那ひな。使徒の中ではある意味最も有名な存在である。


「護・・・と、氷那ちゃんも」

「私を『ちゃん』付けで呼ばないで、って何回言えば分かるの?」


神音とまったく同年代の二人は、今年で一七歳だ。同性の気安さから護と神音はお互いを呼び捨てにするほどに打ち解けているが、氷那の方はそうもいかない。年齢的には同じだとしても美少女というカテゴリ以外に分類できない彼女を呼び捨てにできる勇気を、神音は持ち合わせていなかった。必然的に『ちゃん』を付けてお茶を濁しているわけだが、彼女にはそれが気に入らないらしい。


「ま・・・まぁまぁ、せっかく久しぶりに三人揃ったんだからそう目くじらを立てなさんな。今日は俺の奢りにするからよ!・・・あ、でも一人三品までな?」


丸く収めようとしつつも、若干ケチな一言を付け加えたゲンを目の前に―――――護は呆れ顔で、氷那は少しむくれた無情で、神音は苦笑して並んで座るのだった。

週一(毎日曜)の投稿予定でしたが、調子良く書けているので次話UPです。


主人公である神音の名前も登場し、今後の物語根幹に関わってくる護、氷那、ゲンの3名も登場しました。

まだ説明要素の強い部分がありますので、序章のうちですね~

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