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The erosion world  作者: 友畑 朱華
序章:ヴィシャスワーズという世界
1/6

女王蜘蛛の巣

そこは、仄暗い世界。

正確に言うならば『日の光に慣れてしまっていては、ほんの僅か先さえ見通すことができない』と表現するべきだろうか。

夜目が利く者であれば、その場所が湿った、石造りの通路状であることが理解できる。


―――――キィン!


地下であるために実行は不可能なことだが、俯瞰で見ることができたならこの場所は放射線状、というよりは蜘蛛の巣のような入り組んだ形状をしている迷宮であることも理解できる。

少なくとも、無駄を承知の上で実に数日を掛けて丹念に地図作成マッピングをした結果、彼はそれを知り得ていた。


―――――キン、ギャリン!


その中央部。無数に存在する迷宮の入り口から伸びる、最終到達地点。


「ギュケァァアァァ!」

「くそっ・・・しぶといんだよぉ!」


蜘蛛の巣であれば主が佇むその場所にて、人型の化け物と一人の少年が激闘を繰り広げていた。


片や『化け物』という言葉以外に形容しがたい、見上げんばかりの巨躯を持ったまさに蜘蛛である。その体長は当然常識の範囲外であるが、それを支える足の数は十一本。個体によっては鋭い爪などがあるものも存在するだろうが、その足先からは鈍色に光る刃物が生えていた。


さらには、人間の頭など西瓜よりも容易く割り砕いてしまうような凶悪な形状と大きさの牙をもつその頭部の頂からは人間の女性の一糸纏わぬ上半身が、これまた生えている。


美しい容姿だが目を爛々と紅く輝かせ、口は耳元まで裂け、その両の手の爪はまるでお伽話に出てくる魔女のように異様に長い。その姿や妖艶さで情欲をもよおす、と言うよりはおぞましさや恐怖の方が感情として前面に現れる。


―――――キキキキキキィン、ギャリィィン!


その性質ではなく、姿形から『女王蜘蛛』とでも呼ぶべきだろうか。

己の巣に立ち入った哀れな獲物を狩るべく間隙なくその斬撃を繰り返してくる。


それに対峙しているのは、どちらかと言えば小柄な少年だった。

野暮ったく伸ばされた髪と、その体全体を覆うように包み込んでいる黒い靄のせいでその顔の造形までははっきりしないが、全体的に線の細い印象を受ける体付きだ。未だ成長の途上にあるその細腕に握られている大ぶりの槍で、女王蜘蛛の斬撃をいなし、防ぎ、弾く。かと思えば防戦一方というわけでなく、その反対の手に握られている刀で逆に反撃を加える。


先ほどから空間に響いているやけに甲高い金属音、そして微妙に鈍い音はお互いの武器が交錯し、少年の刀が女王蜘蛛の凶刃を破壊せしめるものであった。


戦闘中の彼には計るべくもないが、両者の死闘は実に数時間に及んでいる。開始時に十六本あったその足は既に五本がその手によって破壊されており、さらに一本がたった今破壊されたことによって残り十本となっていた。


それ以外にも女王蜘蛛の体には、いたる所に刀や槍による傷がついている。少年には目立った外傷がない分余裕なのか、と言えば実のところはそういう訳ではない。視界の隅には彼だけが見ることができる数字と図表などに用いられる棒状のバーが映っていた。

その色は、赤。かなり濃い、赤黒っぽい色調で、深い傷を負った時に流れるような血の色を連想させる。それが、目まぐるしく明滅していた。

見た目あと数センチ、そのバーが左に寄れば―――――色を失くし、彼は死ぬ。


「シェバアァァァァ!」


女性の口から奇怪な叫び声の直後に、黄色い吐瀉物のようのなものが吐き出される。

瞬間的に少年は背後に大きく飛び退っていて直撃を免れたが、ほんの数秒前まで彼がいた場所はジュッ、という音と共に白い煙がもうもうと立ち込める。ツンという刺激臭からも分かるように酸に類するものだろう。石造りの床が一瞬で溶解してしまうことから考えれば、触れただけで人間の体などアウトだ。


だが、これで勝負の趨勢が決した。

その煙が仇となって女王蜘蛛は少年を見失ってしまったのだが、少年の側は濃い煙の中でも巨大な蜘蛛の姿を見失うはずがない。


「槍武器上級奥義―――――『魔神穿』!」


女王蜘蛛の瞳よりも禍々しい紅い光を槍に纏わせて、裂帛の気合と共に引きつけていた槍を前方に繰り出す。


どう考えても、命中する距離ではない。槍は全長でも二メートル程度、先ほど酸攻撃を回避する際に少年が後方へ距離を取ったために、両者の間には七、八メートルの空間があった。


しかし。

繰り出された槍からは前方に向けて、轟音と紅い衝撃波が走る。


「ゴアァァアァァアアアアアアア!」


本来衝撃波は目に見えるものではない。しかしどういう理屈か法則か、確かに発生したそれは少年の言葉通りに女王蜘蛛を穿った。女性体の下腹部、その先の蜘蛛体の背中の部分、果ては石造りの迷宮の壁にまでもバスケットボール大の風穴を空けたのだ。


「・・・・・ふぅ、ようやくかよ・・・」


力なく地面に伏し、断末魔の悲鳴の残響も消え失せて後、女王蜘蛛はその体を爆散させる。細かな白い粒子状になっていくのは眺めているだけなら幻想的なのかもしれないが、実際に先ほどまで命のやり取りをしていた彼にとってはそんな感情など湧き上がるはずもない。


大きく息をついた後―――――少年は右手の槍で体を支えつつ、左手の刀を鞘に納める。

すると、それが合図であったかのようにその体を覆っていた黒い靄のようなものも収束し始めた。


何とも非現実的な組み合わせによる二刀流だろうか。というよりも、もはや『二刀流』と呼ぶべきなのかも疑わしい。


しかし、それを言うのであれば5メートルはあろうかという規格外の体長を持ち、かつその頭部に半裸の女性を生やしている蜘蛛の方がよほど非現実的に過ぎる。


だが、そのどちらも『この世界』ではごく当たり前のことだった。

一定の、設定された条件さえクリアしてしまえば片手に槍、もう片手に刀を持って闘うことが当たり前にできる。極論すれば本来は両手持ちの重量武器―――――例えば両手斧をそれぞれの手に持って闘うことさえ可能なのだ。理由は単純明快で、『そういう世界』だからだ。


女王蜘蛛に関しても、さすがにここまで強大かつ凶暴な力を持つものは珍しいが、『この世界』にはいくらでも類似したものが存在する。こちらの理由もまた単純明快で、『そういう世界』だからだ。


粒子も消え失せて少年がただ一人残るだけになったその空間に。

薄ぼんやりとした光と共に、豪華な装飾を施された箱状のものが出現する。

驚くわけでもなく、どちらかと言えば無感動に手にした槍で小突くと、それが合図であるかのように開け放たれた箱から文字の羅列が生まれ、中身を少年に指し示す。


『女王蜘蛛の瞳』

『女王蜘蛛の涙』

『女王蜘蛛の足×6』

『女王蜘蛛の皮膜×8』

『蜘蛛斬り』


今回の『戦利品』である。


命懸けで化け物と闘い、倒し、成長の糧とし、武器防具やその他の材料を得る。それは一年あまりも前から彼に、いや、彼らに課せられた『使命』だった。


「あー・・・今日もなんとか生き延びたなぁ」


誰に言うわけでもなく、少年は呟いた。


―――――どうして、自分たちなのか。


『この世界』に来てしまった時から幾度となく自問自答を繰り返してきたが、いまだに答えは出ない。出せるはずもない。投げかけるべき相手が、皆目見当もつかないからだ。

分かっているのは、視界の左上で激しく明滅する『LPライフポイント』がゼロになった時に死ぬということだけ。


辛くも窮地を脱した少年は、視界の隅にある自分のLPが危険領域に入ったことで警戒を促す『死の危険レッドアラーム』をただ無表情に眺めていた。

そのあまりにも忙しない様子が―――――どうしようもなく煩わしく思えた。

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