第4話 模試でデマ。アイドルは模試を受けるのか?
僕は五階建てのビルの最上階にある社長室に呼び出された。
窓からは東京タワーが見えた。
昨日の収録のことでお小言かと思うと、うんざりしていた。
無駄な時間のひと言に尽きる。
受講枠に漏れて号泣し諦めた赤井講師様の授業を聞けたからには、あの問題を再度解き、自分のものにしたい。そのために早起きまでして問題集を解いていたのに、なぜ呼び出すかな。
呼び出した母はというと、マホガニーの机に座り、パソコンの画面を食い入るように見ていた。
小刻みに震え、たまに「ふふふ」と笑っている姿が異様だ。
怖い。
しかし、模試を二週間後に控えたいま、無駄な時間はない。
さっさと済ませてしまいたいんだが、母よ。
「柚、これを見て」
パソコンをくるりと反転させて、モニターを僕に向けた。
そこに映っていたのはSNSのコメントだった。
炎上か?
『アイドルの癖に赤井講師に教えを受けるなど言語道断!生意気』とか『なぜ、もっと質問しなかった』とかいうのだろうか。
そういうことなら甘んじて受けよう。否、受けなければならぬ。
真摯な気持ちでコメントに向き合った。
『単なるおバカアイドルじゃなかったんだ。正直ちょっと見直したわ』
『十代から住宅ローン審査のために公務員目指すって、マジなの?』
『アイドルなのに頭がいいって生意気』
『それって、モラハラ(# ゜Д゜)』
『頭が軽いよりは良いわよ』
『可愛げが半減』
『可愛げだけで生きていけるか!』
『女が安定を求めるのって大変なんだから。この子はそこがわかってるわ』
はっ?
なんだこれは?
予想と違いすぎるんだが。
困惑の表情を浮かべる僕とは反対に母は上機嫌だった。
「これまで夏樹が弱かった年代の女性層を開拓したのよ!」
「いや、反対意見もあるけど……」
「何にでもアンチはいるのよ。それより、掴めなかった女性層の心に刺さったことの方が重要なのよ。見なさい、好感度が爆上がりよ!」
「はぁ、さようで」
「イケるわ、イケるわよ、柚樹!」
一人盛り上がる母をよそに僕は帰る算段をする。模試は目の前だ。帰って勉強したい。
「明日から学校だから。それと、この日は絶対に仕事はしないからね、母さん」
「……遅刻とか早退っていうのもあると思うんだけど?」
「僕の辞書に遅刻・早退という文字はない」
「でも、入ってるのよ、仕事が」
「はあっ?」
「たった、三日よ、三日。それ以外は放課後でも大丈夫よ、今週は」
「……夏樹の学校はどうなってるんだよ」
「あの子が行ってた学校には、芸能特進クラスがあるのよ、知らなかった?」
知らん。
学生は学業が本分だぞ、母よ。
仕方ない。
有頭無尾は性に合わない。
不本意ながら、引き受けたからには最後まで責任を持たねばならない。
「……三日だけだな」
母が頷いた。
「非常に不本意だけど、わかった」
母がぱっと表情を明るくした。
「けど、この日だけは仕事に穴を開けようが、母さんが泣こうが喚こうが仕事はしないからな」
僕は身を乗り出して、きっぱりと言った。
「何があるのよ」
「全国模試!」
「――ここのto the effect that …は『〜という趣旨の』ということになるから、ここは押さえておけよ」
黒板の前で教師が英文の説明をしていた。
長文読解で教師が指摘した個所に僕はマーカーを引く。
キンコンカンコン。
終業のチャイムが鳴った。
「じゃあ、今日はここまで。次回までに五十三ページまで予習をしておくように」
そう言って、英語の教師が教室から出て行った。
がやがやと話す声とがたがたと椅子を動かす音が教室に溢れた。
男子校なので女子がいない分むさ苦しいが、勉強をするにはいい環境だ。
当番が黒板を消しに行く。
僕はノートを書き終え、帰り支度をしていた。
「なぁ、柚樹」
「何だ、秋葉。模試の待ち合わせなら、会場の駅の改札だぞ」
幼稚園からの幼馴染みの秋葉が声を潜めて尋ねてきた。
「いや、そうじゃなくて。夏樹ちゃんが模試を受けるって本当か?」
「はあっ!?」
僕の手からペンケースが落ち、床に転がった。
「しっ、声がデカい」
秋葉が周りに「なんでもない」と言って、落ちたペンケースを拾ってくれた。
「なんだ、そのデマは。エイプリルフールは随分前に終わったぞ」
「だよな。三択の女王夏樹ちゃんが受けるわけないよな」
「あいつは勉強嫌いで、運とカンだけで生きているんだ。受けるわけがない」
「うん、おかしいとは思ったんだよ、俺も。けど、結構話題になってるからなぁ……」
「そのデマの発生源はどこだ。シメる」
秋葉がiPhoneを操作して僕に差し出した。
そこには『夏樹が全国模試を受けるらしい』とあった。
錯覚かな?
目を擦った。
何度見ても夏樹が模試を受けるという表示は消えない。
あいつの自分探しの旅って、抜けていた頭のネジを探すことだったのか?
探し出したからには学生として、模試を受けなければならぬと思ったとか?
選択問題しか勝負できないクセに?
……いや、模試は選択式が多かったな。なら、ある程度はいけるか?
まさかな。
あいつなら模試会場より渋谷や原宿、お台場を選ぶ。
画面をスクロールしていくと、応援メッセージや会場はどこだという書き込み、過去問や想定問題まで書き込まれている。
想定問題は後で確認しておこう。
しかし、あいつが模試を受けるというデマでこの騒ぎ。
異常だ。
あまりの過熱騒ぎに目眩を覚えていると、僕のスマートフォンが鳴った。
発信元は母。
嫌な予感がする。
「もしもし、柚樹だけど」
『柚樹!模試よ、模試。また、イケるわ』
「イケるかっ!!模試は僕の人生だっ!」
そう怒鳴るやいなや、僕は呆気にとられる秋葉を置いて、一刻も早く家に戻るため教室を駆け出していった。




