閑話 妹には妹の言い分があった
「カーット!」
ディレクターの声がスタジオ内に飛んだ。
スタジオにいるスタッフが次々に「お疲れ様でした」と声をかけてくる。
それに明るく、笑顔で、「ありがとうございました」「お疲れ様です」と声を返していった。
収録時間、八時間超え。
疲れていない筈はない。
早く帰って、お風呂に入って眠りたいっていうのが本音だ。
だけど、あたしはアイドル。
疲れを見せるわけにはいかない。
「お疲れ様、夏樹ちゃん。大丈夫?疲れてないかな?」
何気なく労りの声をかけてくれるのはマネージャーの小山さん。
やり手だけど、垂れた目元と温和な話し方がそれを隠していた。
いつも優しく励ましてくれる。
アイドルで社長の娘という立場のあたしに対しても公私混同しないで、所属のタレントと同じ扱いをしてくれる貴重な人だ。
だから本音を漏らしても大丈夫だと信用している。
「疲れたよ〜、眠りたいよ〜、お腹すいたよ〜」
「うん、うん。正面玄関に車回してくるから。もう少し頑張れ」
「頑張る」
妹を励ますように頭をポンポンと叩いて、小山さんは車を取りに行った。
ほっとするなぁ……。
エネルギーをもらったようでぽかぽかしながらスタジオを出ると廊下の向こうから早坂久美子がこちらに歩いて来ているのが目に入った。
げっ、厄日じゃん。
こいつはなにかにつけて張り合ってくるから面倒くさい。
久美子のマネージャーさんが隙のない笑顔で挨拶をしてきた。
「夏樹ちゃん、おはようございます」
「おはようございます」
「久美子ちゃんも挨拶して。同期なんだから仲良くしないと」
いや、同期だからって仲良くしないといけないっていうことはなくない?
「おはよう」
さも不機嫌です。挨拶なんてしたくありませんけどというのがありあり。
気が合うわね。
あたしもよと、にっこり笑う。
久美子も笑い返してきた。
「これで上がり?」
「そうだけど」
「羨ましいね。私はまた仕事なんだよ」
訳すと、ふ〜ん。売れなくなったから仕事が減ったんだと、こいつは言いたいのか。
なら、
「頑張ってね」
この一言に『あんたみたいにちょっとでも出なきゃ忘れられるアイドルと一緒にすんな』と意味を込めておくか。
お互い笑い合っているのに暴風が吹きまくっているという状況。傍から見るとどう見えているのか気になる。
「私、これからあのSDBと仕事なんだよ」
自慢を滲ませながら久美子が言った。
スターダストボーイ通称SDB。いま人気を博している男子五人のユニットだ。
歌も踊りもでき、顔も揃っている。
彼らの今日の収録は……にやり。
「ふ〜ん。まぁ、身体張って頑張ってね」
「?」
「久美子ちゃん、そろそろ行くわよ」
久美子はマネージャーに促されてスタジオへと向かって行った。
あの仕事、初めあたしにオファーが来たらしいが、他の番組と重なったので断った。いわば、あたしの代役だ。
しかも、今日の収録は、相撲取りの着ぐるみを着て、SDBと相撲を取り、負けたら顔に墨を塗られるヤツだ。
知らないとは幸せよね。
久美子の後ろ姿に合掌した。
小山さんに送られて、家に帰ると柚樹がリビングのソファでドス黒い雲を浮かべて、座り込んでいた。
近づくと不幸に巻き込まれそう。
エンガチョ。
「柚、どうしたん?」
ママに聞いた。
「それがね、希望してたゼミが取れなかったらしいわよ」
「たったそれだけで?」
そのあたしの言葉を聞いた柚樹は、ガバッと立ち上がると、力説しだした。
怖い。
「はあっ!?いま、なんて言った、夏樹。畏れ多くもあの赤井講師様のゼミだぞ。受験生にとっては神なんだ、神!そのゼミの枠が取れなかったということは、神に見放されたも同然なんだぞ」
大袈裟な。
たかがそれしきのことでこうも落ち込むかな?
神様だっていうけど、どっかに祀られている菅原のなんちゃらが受験生の神様じゃないの?
近場に神を求めたのかな。
柚樹、昔から変なとこあったけど、パワーアップしてない?
中学校の卒業文集に高校受験から始まり老後までの人生設計を事細かに書いた挙句に、『ハイリスクハイリターンは愚か者のすること、堅実が一番』と書き、締めくくりは『露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢』とあった。
締めくくりの文章が豊臣秀吉の辞世の句だって秋葉っちに聞いた。
辞世の句?
自分を犠牲にしたヤツ?って尋ねたら、昔の人が死ぬ前に詠む句だと教えられて、柚樹の頭の中身を疑った。
卒業文集に死ぬときのセリフ丸パクリする?
厨二病を患うより怖かったわ。
ママがため息を吐いていたの覚えている。
けど、親戚とか集まると、決まって褒められるのは柚樹。
柚樹は『頭がいいから将来は楽しみだ』『大成するのがいまから見えるようだ』とよく言われていた。
反対にあたしは、『夏樹ちゃんは可愛いね』『将来は美人になるね』と容姿だけ。まるであたしがそれしか取り柄がないみたいに言っていた。
そりゃ、柚樹はこつこつ勉強するし、真面目だけどさ。
古典や数学、物理、生物、化学、歴史が将来何の役に立つの?
ショッピングに関数とか使う?
洗濯に化学いる?
古典を日常的に使う?
会話に「江戸幕府の頃は」とかする?
基本的に足し算、引き算、かけ算、割り算ができて、日本語が読めればそれでよくない?
それさえできていれば、あとは運とカンでなんとかなるっしょ。
柚樹にそう言うと、
「備えあれば憂いなし!一日一歩三日で三歩、三歩進んで二歩下がる。世の中なにがあるかわからないんだぞ。特に、芸能界なんて先が見えない場所なんだ。そもそも、運やカンで人生乗り切れるかっ!そんなところより、地に足が着いた公務員、最高じゃないか。堅実に着実に暮らすのが勝ち組だ」
なんて言った。
いや、三歩進んで二歩下がったら意味なくない?
理由わかんない。
それを聞いていたママは腰を抜かしてた。
はあっ、我が兄ながら変なヤツ。
柚樹を見ていると、あたしはこのままでいいやとも思った。
なんかあったら、カンに頼ろう。
運がどうにかしてくれるし。
そして、あたしはカンが告げるままに家を飛び出したのだった。




