第18話 夏樹閑居して不善をなす
なんだかスッキリしない。
写真週刊誌の件は片付いたのに。
なにかが、こう引っかかるのだ。
今日は花澤講師様と共演というのに、こんな気分で教えを受けるとは不敬にあたる。
しかも、個人的な確認をお願いするというのに、こんな調子では万死にあたる。
なにが引っかかるんだ?
一から整理してみるか。
わからなくなったら、原点に戻る。
原点回帰だ。
いま、何時だ?
九時。
収録まで六時間あるな。
待て。
移動時間と準備の時間があるから……正味四時間半と見ておこう。
時間が勿体ない。
さて、やるぞ。
僕はレポート用紙に時系列で書き綴っていくことにした。
まずは、写真週刊誌だな。
あいつの写真が載ってた。
母が騒ぎ、小山さんがいまにも死にそうになってた。
もやもやしないし、気にならない。
よし、次。
SNS炎上時。
母は瞬き一つせず、パソコンを見るだけと化し、見るの見事な活用を披露した。その後に超常現象へと暴走しようとしたのはいただけなかったが。
小山さんは、部屋の隅でスマホ片手にマスコミ対応に忙殺されていた。
ここもモヤるところはない。
で、替え玉疑惑が浮上してたんだ。
核心を突いてきた書き込みに、このままではヤバいと母がドッペルゲンガーに縋ろうとしたのを止めたんだ。
万策尽きたかと思ったときに、二枚の画像がアップされて、検証班が俄然張り切って、検証した結果、泣きぼくろがあるってことと、ふざけた書き込みがあって……。
ああ、ここだ、ここ。
そう、ここなんだ。
引っかかっていたのはここだ。
まるで、こうなるとわかっていたかのように、最大限の効果を得られるときを狙い、ここぞというときに鎮火剤が投下された。
タイミングが良すぎるだろう。
シャーペンを置き、僕はスマホを開くと投稿された画像を拡大した。
夏樹にはない左目尻の泣きぼくろ。
だが、無駄にメイクを覚えたわけではない僕は『ほくろ』は描き足せるということを知っている。
それにいたずらを仕掛けるとき、あいつは目を細める癖があるんだ。
それとあの書き込み。
『エヘッ。夏樹だよ〜って似てた?』
あいつが書きそうな文体だ。
九分九厘、僕は画像の人物が夏樹だと確信した。
アカウントはどうなっているんだ?
ええっと、アカウント名は――
『さすらいの夏樹』……
はあっ!?
ふざけるなよ、お前〜っ!!
買い物してるんなら帰って来い!
はぁはぁはぁ。
激昂したせいで息が上がった。
お、落ち着け。
血管が切れたら終わりだぞ、柚樹。
深呼吸だ、深呼吸。
僕にはわかる。
あいつは絶対に面白がっている。
生まれたときからの付き合いは伊達ではない。
頭が冷えたところで、再度、僕はレポート用紙に目を落とし、気になったところを丸で囲った。
『まるで、こうなるとわかっていたかのような写真』。
それと、『タイミングが良すぎる』。
投稿するにしても、
一、この騒動を知る必要がある。
二、あいつが用意周到に写真を撮っていたとは考えづらい。
あいつはどうやって知った?
まぁ、自分でSNSをチェックしていたとも考えられないこともないが……。
やるか?
それに、面倒くさがりで計画性が死滅しているあいつが、ここまで用意できるものだろうか?
誰かが指示したのか?
……あいつの背後にはブレインがいる?
そして、そいつはリアルタイムで今回の騒ぎを把握できる立場にいることになる。
誰なんだ?
あの場にはいなくても、ドアを隔てた事務所には
人がいた。
チェックしていた人物は母だけではない。
法務担当や対外担当もチェックするんじゃないか?
正体のわからない人物を意識した瞬間に、僕は背筋がぞっとした。
いや、待て。
もう一人忘れていた。
小山さん。
限られた人物しか知らない僕の土曜日の日課を知っていたよな。
あのとき、小山さんはスマホを操作していた。
それは問い合わせに対しての対応だけだったのか?
僕はレポート用紙に久美子から得た情報を書きつけた。
・夏樹がいなくなった時期に知り合いの子が現れた。
・夏樹同様、この世のものと思えない料理を作る。
・胃腸の調子が悪くなったのはストレス性か?
・限られた人しか知らない、僕の土曜日午前中の勉強習慣。
・最近、小山さんの雰囲気が変わったという、久美子のマネージャーからの証言。
・SNS炎上時にスマホを操作。その直後に写真が投稿された。
書き上げたものをじっと見た。
偶然……。
偶然とは、なんの因果関係もなく、予想外の出来事が起きることだ。
一つや二つならその定義に当てはまることもあるだろう。
個々の発生確率がわからない以上は、確率論で断定することは控えたほうが賢明だ。
しかし、ここまで符合する事実をすべて偶然の二文字で片付けるには無理がある。
本当に偶然なのか?
いや、偶然とは言い難い。
推測するに、小山さんは夏樹と連絡を取れる立場にいるのではないだろうか。
そう仮定すれば、少なくとも、これまでの不可解な点については合理的な説明がつく。
ならなぜ、小山さんは夏樹がいなくなって大騒ぎしている僕たちにそのことを話さないのか。
家族にも言えないなにかがあるのか?
それは夏樹の命に関わることだとしたら……
いや、あの細めた目と楽しそうな表情は切羽詰まった人間がするものではない。
どちらかというと、なにかを企んでいるときの目だ。
そうだとすると、なんだ?
三択の女王の思考回路は、僕にはさっぱりわからない。
お手上げ状態だ。
夏樹、お前、なにをやろうとしているんだ。
いや、なにかろくでもないことを企んでいると言ったほうがいい。
そして、あいつに生まれるときから迷惑をかけられているという僕の前歴からして、僕は既に巻き込まれている気がしてならない。
背筋に嫌な悪寒が走った。
「わかったかな?じゃあまた。See you next week.」
爽やかでいて威厳のある花澤講師の声がスタジオに響いき、花澤講師による受験生用の長文解説番組の収録が終わった。
僕は厚かましくも花澤講師様を呼び止めさせていただき、失礼のないよう気を使いながら質問させていただいた。
「小人閑居して不善をなすを英語にすると、The devil finds work for idle hands.で合っていますでしょうか?」
「そうだね、他にもIdle hands are the devil's workshop.という言い方もあるけど、君の言った英語の方が意味合い的には近いかな」
「教えていただき、ありがとうございございました」
僕は丁寧に頭を下げた。
そんな僕に花澤講師様が聞いてきた。
「諺の英訳を質問するなんて、急にどうしたの?」
「非常に不本意ながら、少々、身をもって知った次第でして」
「えっ?君、暇だから、悪事に走ったの?」
誰が走るかっ!
誤解も甚だしい。
否定しようにも否定するには一連の騒動を説明しなければならず、たが、それは尊敬する花澤講師に聞かせるには余りにもお耳汚しだ。
誤解されたくないが説明できないというジレンマに、僕はスタジオの壁に爪を立てたくなったのだった。




