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第17話 エヘッ。夏樹だよ〜

 多事多難とはまさにこのことだ。

 次から次へと問題が出てくる。

 山積した問題に一男子高校生を立ち向かわせるな。

 学生が立ち向かうのは問題集と受験だけだ。

 事務所の社長室から見える東京タワーも、心なしか金属疲労しているように見える。

 母は先ほどから目を皿のようにしてパソコンの画面を凝視し、一瞬たりとも目を離そうともしない。

 眼精疲労で頭痛と肩凝りになるぞ。

 休憩を入れろ。

 小山さんはというと、先ほどから部屋の隅で、ひっきりなしに鳴るスマホに対応していた。


「……はい、事務所といたしましても今回のことは、寝耳に水でして――」


 話をしながら、左手で胃を押さえる姿には哀切すら感じる。

 小山さん、夏樹がすまない。

 見つかったら、煮るなり焼くなり好きにしてくれ。


「ぎゃぁーっ、また増えたっ!?」


 何度目かの母の叫び声が部屋に響いた。

 その声量に僕は耳に指を入れた。

 突発性難聴になったらどうしてくれる、母よ。


「ゆ、柚樹、こ、これ、見よう、見て、見る、見るとき、見れば、見ろ」


 見事すぎる活用だな、母。

 見直したぞ。

 座っていたソファから立ち上がると、僕は母のパソコンを覗いた。


『見た?あの記事』

『見た、夏樹ちゃん分裂疑惑』

『あの日、生放送に出てたよね』

『話題集めか?』

『撮られたスーパーの日時と同日、同時刻だったよね』

『夏樹兄妹いた?』

『お兄さんはいるよ』

『無理でしょ、体格差ありそう』

『お兄さん、もしかして女装男子』

『www』


 誰が、女装男子だ、誰が!

 しかし、盛り上がりが凄まじいな。

 こいつらみんな暇なのか?


「小人閑居して不善をなす」という諺の見本だな。

 これを英語でいうと、

 The devil finds work for idle hands.

 何もせずぼんやりしていると、悪魔が入り込んで悪い考えを起こさせるということで合っているか?

 いま、畏れ多くも共演し、教えを請うている花澤講師に確認させていただこう。

 ええっと、次の共演日は……

 僕が花澤講師の授業を確認していると、近くから母の呟きが耳に届いた。


「ドッペルゲンガーで押し通すことはできないかしら?」


 はっ?

 なんと言った、母よ。

 ドッペルゲンガー!?

 この騒ぎを超常現象に持っていこうとしているのか?


「この世には、科学で説明できないこともあるわ。処女受胎、座ると死ぬ椅子、耳なし芳一、バミューダトライアングル……このジャンルに持っていけば、イケる。イケるわ」


「イケるはずないだろう。冷静になれ、母さん」


「イタコの口寄せ的なものならイケるんじゃない?」


「心霊現象からも離れろ!」


 僕が母の突拍子もない発想を止めているうちに、書き込みがすごい速さで増えていっていた。


『もしかしたら替え玉?』

『そういえば、そうかも』

『急に頭が良くなったな』

『言えてる』

『あんなに変わるもん?』

『無理だ』

『じゃあ、どっちがホンモノなの?』

『誰か情報持ってないの?』


 凄まじいスピードで核心に近づいている。

 三人寄れば文殊の知恵どころじゃない。

 このままではバレるのも時間の問題だ。

 隣の母は見たこともないほど、青くなっている。

 小山さんはSNSを確認しているのか、スマホを弄っていた。


「このままだとマズいわ……」


 心なしか震える母の声。


「事務所の電話はきっと鳴りっぱなしよ。どうしたらいいのよ……こうなったら……」


 なにをする気だ、母よ。

 母がゆらりと立ち上がる。


「ドッペルゲンガーで」


「落ち着け!それは無理だと言っただろうが!!」


 僕が母を押し留めたとき、一枚の画像がアップされた。

 そこには二分割された画像があった。

 衣装を着た夏樹とスーパーで買い物をしている夏樹。


『比較画像を作った』

『やる〜』

『比較しようぜ』

『まずは、顔だ』

『拡大』

『見落とすなよ』


 頼んでもいないのに勝手に検証班ができていた。

 熱量に僕は呆気にとられ、母は椅子に座り込んでしまった。

 比較対象画像まで出てきたらもう万事休す。

 バレるのは時間の問題だ。


『あれ?』

『……』

『どうした、検証班』

『左目尻に泣きぼくろがある』

『えっ?』

『マジか!?』


 その書き込みに割って入るように、また一枚の画像がアップされた。

 それはスーパーで買い物をしているときに撮ったらしい自撮り写真。写真週刊誌と同じ服で、端に写っている買い物カゴの中身もほぼ一緒。

 続いてもう一枚。

 スーパーの前でレシートを片手にドヤ顔を決めている夏樹の写真。

 画像と共に書き込みがアップされた。


『エヘッ。夏樹だよ〜って似てた?』


 はあっ?


『えっ!?』

『これって……』

『スーパーで撮られた人?』

『激似』

『騙された〜』

『わからんかったーっ』

『すごい。そっくりさん』


 それを見た母が、生気を得たとでもいうようにガバッと立ち上がる。

 切り替えが早いな。


「そっくりさん、そっくりさんよ!そうよ、よく似た別人で通すのよ。小山君、すぐに事務所として公式見解を出して」

 

「は、はい」


 母の指示にスマホになにかを打ち込んでいた小山さんが、部屋を飛び出していった。

 こうして二人の夏樹騒動は収束していったのだった。


 ただ一点。スーパーの前でレシートを片手にドヤ顔を決めている人物。その細めた目が、妙に楽しげだったことを、このときの僕は見落としていた。











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