第15話 小山さん包囲網
証拠がないいま、正面切って「夏樹の居所を知っていますよね。虚偽の証言は小山さんの身のためになりませんよ」と言ったところで、否定されたら終わりだ。
下手をしたら、僕のおかしな思い込み、癡迷妄想とも捉えかねられない。
さて、どうするか。
テレビ局のラウンジで制作担当者と話している小山さんを物陰からこっそりと窺う。
どうやって、証拠を集めるべきか。
学業優先が信条の僕としては、四六時中、小山さんにベッタリと張り付いているわけにもいかない。
ましてや、家探しなど家宅捜索令状がない限りは言語道断だ。
ああ、人手が欲しい。
枯れ木も山のにぎわい。
猫の手でもいい。
……猫の首輪に盗聴器を仕込んで預けるか?
秋葉に頼めば、保護猫を紹介してもらえる。
無論、迎えたからに任務完了後は僕が責任を持って、大事に終生飼養する。
小さな命でも尊い。
よし、さっそく秋葉に――
「なにしてるの?夏樹ちゃん」
「なっ!?」
目の前に久美子の顔が。
驚いてスマホを落とすところだった。
「久美子か……脅かすなよ」
マズい。
久美子の姿が小山さん側から丸見えではないか。
僕は久美子の手を引いて、しゃがませた。
華やかな衣装のまま、物陰にしゃがみ込むアイドル二人……。
絵面としてどうなんだ?
怪しく見えないか?
目の前を怪獣の胴体部分だけを着て、巨大な角の付いた頭部を小脇に抱えた役者が横切った。
よく見れば、忍者もいるし、侍や町娘もいる。
混沌としているな。
なら、しゃがみ込んでいても大丈夫か。
「夏樹ちゃん、手、手。それに……顔近いよ……」
「すまない」
久美子の顔が赤いな。
脳卒中の前触れじゃないだろうな。
「い、いいけど、ちょっとあたしの心の準備が……」
脳卒中に心の準備がいるのか?
いや、そうだな。
いるな。
術後の闘病生活やリハビリには強い意志が必要だ。
「頑張れ」
「?というか、夏樹ちゃんって、話し方変わった?なんか、男子高校生みたいなんだけど」
本物の男子高校生だからな。
いや、いまは夏樹だ。
この話し方では問題があるよな。
けど、いまさら変えたらもっとおかしくなる。
困ったぞ。
とりあえず、六単語で切り抜けられないか実験してみるか。
「エヘッ」
あいつはこれで切り抜けてきたはずだ。
「ああ、そういうこと、わかった」
なにがだ?
「テヘッ」
「いまが地なんだね」
……。
凄いぞ、六単語。
僕は新たな知識を手に入れた気分だった。
「それより、なにをしてるの?さっき見てたの夏樹ちゃんのマネージャーの小山さんだよね?」
久美子の問いかけが、感動していた僕を現実に引き戻した。
そうだった。
久美子をじっと見る。
こいつは懸命に努力を重ねてここまできた人物だ。
信用には値すると判断しても問題はないだろう。
だが、すべてを話してもいいかというと、それはできない。
情報開示にも限度というものがある。
知られてマズいところは黒塗りがあたりまえだ。
「誰にも言わないか?」
「う、うん」
久美子がしっかりと頷いた。
「話せば長くなるぞ」
「大丈夫。まだ時間あるし。聞けるよ」
「そうか、実は――」
僕は久美子に肝心な部分は端折って、怪しまれない程度に必要最低限なことだけを話した。
「つまり、夏樹ちゃんは、お世話になっているマネージャーの小山さんが、怪しげな女を囲っていないか、騙されていないか、囲っている女がどんな女なのかを知りたくて、見張っているってこと?」
なぜそうなった?
まぁ、遠からずはそうだが。
「なんで?そんなこと社長に言えばいいじゃない。夏樹ちゃんが調べることないよね」
いや、その社長が当てにならないんだ。
「まさか……夏樹ちゃん、小山さんのこと好きなの!?」
久美子がぐいっと身体を乗り出してきた。
目が据わっているし、妙に圧がある。
どうした?
「いや、好きだが、マネージャーとしてだ」
誤解のないようにきちんと注釈を入れておこう。
それを聞いた久美子はニッコリと笑った。
「そうだよね。ごめんね、勘違いして」
「わかってもらえればいい」
急に機嫌が良くなったな。
あれか?
なんというか、女性によくあるという……女性専用のヤツか?
なら、よく効くと言って、母と夏樹が飲んでいる漢方でも教えてやろうかな。
「そうだ!なら、あたしも協力しようか?さっき勘違いしたお詫びに」
久美子が協力?
「あたしのマネージャーに、小山さんのことそれとなく聞こうか?ほら、マネージャー同士だから普段からいろいろ話してそうだし、私的なことも話してるかもしれないよ?」
「それは一理あるな」
「それにさ、あたしのマネージャー、小姑根性があるというか、変に細かいことに気がついて煩いんだよね。だからあたしたちが気が付かないところにも目がいくと思うんだ」
些細なことも見逃さないということは、鋭い観察眼があるということだ。
心強いではないか。
変に細かいなど言ったら罰が当たるのを分かっているか、お前は。
拝跪して讃えろ。
「そうだな……」
僕が躊躇していると、久美子はさらに熱量を上げて続けた。
なぜ、熱量が上がる?
「それに、あたしと夏樹ちゃんは同期だから、これから連絡を取り合っても怪しまれないよ、きっと」
確かに。
好条件が揃っている。
しかも、久美子からの申し出だ。
これは渡りに船だ。
乗らない手はない。
「頼んでもいいか?」
「うん。任せといて!」
「頼む」
「じゃあ、連絡先の交換しよ」
久美子がいそいそとスマホを出してきた。
柚樹と名前が出るのはヤバいよな。
仕方なく夏樹名義のアカウントを新しく作って久美子と交換した。
「夏樹ちゃんの個人連絡先ゲットしちゃった」
?
そんなに嬉しいか?
たかが仕事用の連絡先が。
アイドルの精神状態はよくわからん。
なにはともあれ、これで一歩前進だ。
僕は小山さん包囲網の構築に心の中で拳を握った。




