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第14話 疑惑の買い物かご

 家の門をくぐると僕は脇目も振らず、真っ直ぐに父の実験室のドアを開けた。


「父さん!」


 白衣を着た父はホワイトボードの前に立ち、記された化学式に元素記号を加えていた。


「柚樹、時間は?」


 おい、その前に息子に一言あるだろうが。

 助けに行けず申し訳ないとか、見通しが甘く迷惑をかけたと平身低頭するとかないのか?

 なにも叩頭しろとまでは言わないが、僕に一あっても罰は当たらないと思う。

 僕は命が縮み上がったんだぞ。

 僕は父を睥睨した。


「ラットはあれから一時間半で元に戻ったんだが……」


 駄目だ。

 結果報告しか頭にない。

 これだから研究馬鹿という人種は嫌なんだ。

 結果の前には他のことなど些末なことと切り捨ててしまうんだから。

 僕が今日どれだけの絶望と恐怖を味わったかなんて考えようともしないんだからな。


「柚樹、まさか身体の一部がまだ変容したままなのか?」


 目をキラキラさせるな。


「ちゃんと、元に戻ったよ」


「そうか……」


 その残念そうな表情はなんだ。


「で、時間は?」


 僕は虚しさを抱え、「おおよそ一時間だった」と伝え、実験室のドアを閉めたのだった。



 キンコンカン――


 終業のチャイムが鳴った。

 教師が教卓から降り、クラスメートはざわざわと話し出しながら帰る用意をしていた。

 僕はというと、無事に何事もなく、今日の時間割が終わったことにしみじみと天に感謝していた。

 昨日のアクシデントを思い返すと、平穏無事に過ごせること自体が貴重なのだと実感した。

 仏に帰依したいくらいだ。

 いつものように秋葉と連れ立って帰る。

 駅に向かう道すがら他愛ない話をしながら歩いた。


「で、昨日のメールはなんだったんだ?」


 秋葉が聞いてきた。

 やっぱり聞くか。

 僕が秋葉でも聞くしな。

 なんだと言われても文字通りだ。

 不慮の事態で夏樹になってしまったから救援要請をしたと説明しても、頭を疑われそうで言えない。

 出した答えは、


「なんでもない。忘れてくれ」


 僕を横目で見た秋葉は肩を竦めた。


「柚樹、お前、勉強し過ぎだな。夏樹ちゃんみたいに、息抜きは必要だぞ」


「あいつは息抜きしかしてないだろう」


「確かにな」


「あいつの教科書を見たことがあるが、新品同様、折り目一つ付いてなかったぞ」


「あははは、夏樹ちゃんらしいわ。勉強より買い物か」


「あいつはな……うん?買い物?嫌に具体的だな、秋葉」


「見たからな」


「そうか、見たのか」


 !?

 はあっ?

 なんて言った。

 見ただと?


「秋葉、見たって、いつ、どこで!?」


 秋葉は僕の食いつきに面食らった。


「あ、ああ……ほら、俺、週末は叔父貴の伝手で動物病院に手伝いにいくだろう」


「三駅先の動物病院だな」


「そうだ。その動物病院の近くのスーパーで買い物してたんだよ」


 灯台下暗し。

 夏樹、お前そんな近くにいたのか。

 地方やホテルを探したところで見つかるわけがない。

 しかし、あいつがスーパーで買い物?

 コンビニや渋谷じゃなくて?

 一体なにを買ってたんだ?


「秋葉、あいつがなにを買っていたかわかるか?」


「ちらっと見ただけだからなぁ……」


 そう言って、秋葉は少し考え込む仕草をした。

 思い出せ、秋葉。

 伊達に国立大学の獣医学部を目指しているわけではなかろう。

 全国模試三百位以内の頭脳は飾りじゃないはずだぞ。


「バナナはあったな。天ぷら粉にトマト……そうそう、胡瓜をズッキーニと間違えてたぞ。スマホを観ながら、胡瓜持って天ぷらにすると美味しいんだって呟いてるの聞いて吹き出しかけたな。柚樹、お前、食ったの?」


 にやにやと笑いながら、興味津々で秋葉が尋ねてきたので、


「食うか、そんなもの!あいつの料理食ったら腹壊すわ」


 と否定して、ある人物の顔が脳裏に浮かんだ。

 胡瓜の天ぷら、バナナスムージー。

 あのとき、小山さんが話していた料理と一致する。

 小山さん、お腹壊してたよな……。

 まさか。

 一度は否定したが、疑惑が再浮上してきた。

 料理テロを平然と仕掛ける人間は世の中に三人はいない。

 こんな料理で悪魔のような所業ができるのはあいつしかいないではないか。

 だが、なぜ小山さんは夏樹の居所を隠すのか。

 謎が深まったのはいうまでもない。

 深刻に悩みだした僕を秋葉が心配そうに見ていた。


 小山さんを疑いたくはないが、なにせ、あの料理が引っかかる。

 疑わしきは罰せよとばかりに、状況証拠だけで決めつけるのは、刑事訴訟法に反する。

 動かぬ証拠を持って判断しなければならない。

 さて、どうするか。

 家に帰りながら、こう考えた。

 母と考えれば墓穴を掘る。父に話せば流される。両親を通せば逆方向。とかくに人の世は住みにくい。

 夏目漱石も真っ青だ。

 頼りになる人物がいないとなれば、孤軍奮闘するしかない。


(白黒はっきりさせるためにも、確かめなければ……)


 窓から射し込む月明かりの中、僕はスマホの連載先にある小山さんの名前をじっと見つめていた。















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