第12話 あやしい小山
疲れた。
いくら十代の若い身体とはいえ、受験勉強と夏樹の代役でのアイドル活動はキツい。
僕は迎えのワンボックスカーの後部シートにドサッと身体を預けた。
運転席にはいつもの通り小山さんがいた。
「お疲れ、柚樹君」
「お疲れ様です……」
「なんか、ものすごく疲れているようだけど、大丈夫?」
「この前の模試の解答が発表されたんで、採点してたんです」
「勤勉だね。それで、手応えはどう?やっぱり前に言っていた通りなのかな?」
その言葉に外れて欲しいという匂いが滲んでいた。
小山さん、その通りだよ。
「英語は九十六点でしたが、数学は満点でした。あと、国語が九十三点、社会が九十六点でしたから、総合得点は三八五点ですね。理科を受けていたら、それに九十四点追加されてましたよ」
「えっ、ええ。ちょっと待って。四科目で三八五点……ははは……夏樹ちゃんになんて説明しよう……」
夏樹に説明がいるか?
あいつは聞いても、「ふ〜ん、お兄頭いい」で済ますぞ。
「普通に五科目受けていたら……ええっと、四七九点……」
「そうですね。百番以内も狙えました」
「そういうことじゃなくて!九割超えの打者はいらないんだよ!ますます夏樹ちゃんに言えなくなったよ」
「いえ、言うべきです。言って、お前がいない間の僕の苦労の一端を味わえとせせら笑いましょう」
「それを言って、被害を被るのは、僕なんだよ」
ハンドルを握る小山さんが力なく言った。
車は首都高から都内の高級住宅街へと向かって走っていった。
翌日、収録のために迎えに来た小山さんを見て僕はぎょっとした。
小山さんはげっそりと窶れて、見る影もない。
なんか悪い病気でももらったのかと心配になった。
「大丈夫ですか?」
「ははは……ちょっと食べ合わせがね……はあっ」
はっ?今日の収録は料理対決番組なんだが、マネージャーがその状態で行っても問題はないのか?
第一、なにをどう食べたらそこまで窶れるんだろう。
胃が悪い上にお腹まで壊したって、小山さん厄災続きだな。
一度、お祓いに行った方がいいんじゃないかと本気で心配した。
「ちょっと聞いていいかな、柚樹君」
真剣な顔で小山さんが尋ねてきた。
「なんでしょうか」
「うん……柚樹君、君お米を炊くとき、洗ってから炊くって知ってる?」
今日の収録に際しての確認か。
「はあっ?無洗米以外は洗いますよ、当たり前でしょ。教科書に記載がありますからね」
「そうだよね。当たり前のこと聞いてごめん」
まさか、小山さん。お米をそのまま炊いたのか?
いや、洗わないで炊いたくらいでこんなに窶れることはないな。
小山さんが独り言のように呟いた。
「洗うんだよっていったら、洗剤で洗うし……」
お米を洗剤で?
昭和のコントか?
「魚は生焼けか黒焦げだし、醤油漬けの煮物なんて、成人病一直線だよ。ピーマンはまだしも胡瓜の天ぷらって斬新過ぎだよ。バナナスムーズージーを温めるってなんだろう」
食べたくないな、胡瓜の天ぷらなんて。
バナナスムーズージーって、なんだ?
新しい料理の種類か?
「バナナスムーズージー?」
「僕、バナナスムーズージーって言った?」
「言いました」
「ごめん。バナナスムージーの間違い」
訂正する姿に哀愁が漂っているみたいだ。
プロのマネージャーに徹している小山さんにここまでダメージを与える恐ろしすぎるラインナップ。
しかも、小山さんの口調から察するに、それでも食べたんだ……。
よく生きてるな。
マネージャー辞めて、チャレンジャーになった方が良くないか?
「小山さん?」
「ああ、ごめんよ。さぁ、行こうか」
僕は、今日一日小山さんに迷惑をかけないよう心に誓った。
粉骨砕身。
文字通り、身を粉にして働いたとも。
一切迷惑をかけることなく、無事に収録を終えた。
その甲斐あって、予定より早く帰宅できたのだ。
小山さんは収録時もお腹の調子がよくないのか、トイレに何回も行っていた。
そんなに体調が悪いなら、休めばいいのに。
真面目だな。
「ただいま」
靴を脱ぎ、喉が渇いたので、部屋に戻る前にキッチンへ向かった。
冷蔵庫から水の五〇〇ミリリットルのペットボトルを抜き出すと、そのまま一口飲んだ。
冷たい水が喉を潤す。
はぁっー、仕事の後の一杯は美味い。
そのままリビングに顔を出した。
母がソファに座り、コーヒーを飲んでいた。
「ただいま」
「おかえり〜どうだった?」
誰に聞いているんだ。
夏樹じゃあるまいし、きちんとこなしてきたに決まっているじゃないか。
「無事に終わったよ」
「失言、意思の疎通のミスはなかったってことで、いいわね」
なんだろう。
母の確認の仕方にトゲを感じる。
「まぁ、小山君から緊急連絡がなかったから、大丈夫か」
「母さん、その小山さんだが、休ませることはできないのか?」
「なによ、急に」
「胃だけじゃなく、今日は腸の調子まで悪くて、げっそりと窶れていたんだよ」
「あら、なんか変なものでも食べたのかしら?」
「そうらしい。収録中もよく、スマホ片手にトイレに行ってた。スマホくらい置いておけばいいのに」
「いつ、なんどき、連絡が入るかわからないから、離せないのよ」
「仕事熱心なんだろうけど、それでもさ、体調が悪いときくらい」
「この世界の仕事って、電話一本が大切なのよ。まぁ、明日でも小山君と会ったら声をかけとくわ」
「そうしてくれ」
「でも、なにを食べたんだろう。ちょっと、気になるわね」
僕は小山さんに聞いた内容を話した。
話しているうちに、あのときは感じなかったひっかかりを覚えた。
お米を洗剤で洗う……胡瓜の天ぷら、バナナスムージーを温める……身近にやりそうな人物がいたな、二人。
そのうちの一人は、僕の目の前にいる。
もう一人は、行方不明中のあいつだ。
あいつなら、なにをやっても不思議ではない。
彩りが寂しいとトマトを天ぷらにしてたな。だし巻き玉子といって、真っ黒に焼けた物体Xを作ってたし、鯵の開きでアジフライを作ったのを僕は忘れない。
まさか、小山さん……。
「母さん、ふと思ったんだが、小山さんに料理テロをしたのは、夏樹じゃないか?」
「なに言ってるのよ。夏樹が小山君のところにいたら、すぐに親であり社長であるあたしに連絡してくるはずよ」
「そう言われれば、そうかもしれないが……」
「小山君に夏樹を隠すメリットはないわ。それに……」
「それに?」
母は僕を見て
「有能なマネージャーでいい子なんだけど、小山君は夏樹のタイプじゃないもの」
「へっ?」
「もし、誰かのところに隠れるなら、好きな人のところに隠れたいじゃないのよ。あんただって、そうでしょ?」
確か一理ある。
「小山君だって、いい年なんだからご飯を作ってくれる恋人くらいいるんじゃないの?まぁ、その子が壊滅的に料理下手だったのは不幸だけどね」
あんな料理を作る人間がこの世に三人もいるということに背筋が震えた。
あいつが、料理をして、おとなしく部屋で帰りを待つ……
ない。絶対ない。
はぁっ……受験勉強ができない焦りと芳しくない夏樹捜索。
疲れもあるせいで、いまいち推理力も落ちたか。
仕方ない。
鋭気を養うために今夜の勉強は予習のみにしておくか。
僕は手の中のペットボトルの水を一口飲み、自分の部屋へと戻って行った。




