第11話 これぞ、三方よし
玲央にお姫様抱っこをされた写真がネットに流れた。
噂になったのは言うまでもない。
好きでも何でもない相手という前に、相手は同性だぞ。
いくら玲央がイケメンと持て囃され、『好感度』、『恋人にしたい男性』の二冠に輝くほど女性には憧れの的らしいが、僕にはまったくわからない。
僕的には目標に向かいひたすら努力をしている秋葉の方が好感度が高い。
よって、痛くも痒くもない。
だが、母的にはそうではないらしい。
「ゆ〜ず〜き〜っ」
なんでだ。
顳かみに青筋を立てながら、笑みを浮かべる母。
器用だな。
「なんでこうなるのよ!」
母は週刊誌のゲラを応接台に叩きつけた。
お姫様抱っこされている写真と話をしている写真。
タイトルには『急接近!?ガラスの靴の恋』
話しをしただけでこれとは。
想像力逞しいな。
スタッフによると、玲央がデートを申し込み、夏樹は行きたいと言っていたとのこと。アイドル同士の恋は実るのか――。
なにを言っている。
実るのもなにも種さえ植えてない状況で実るわけがない。
「どういうことなのよ。小山君なんて、胃を押さえて座り込んだわよ」
「事実無根だ」
「本当に?模試のときみたいに、つい、うっかりとかしてないんでしょうね?」
母が妙な迫力で問いただす。
「しばし待てくれ。記憶を手繰るから」
……。
「ない」
僕はきっぱりと言った。
「あのときは薬の効果時間が切れそうだったんだ。あの男が、『今度、どこか行こうよ』というから、僕は逃げ出すために『行きたい』と答えただけだ」
「あ、あんた……」
母は絶句し、額に手をあてて天井を見あげた。
「柚樹、あんたもうちょっと、人の機微というか、場を読む力を養いなさいね」
失礼な。
読む力があるから春野家で非行に走らず、堅実な道を歩んでいるのだ。
母は僕の顔を見るとため息を吐いた。
「いい、よく聞きなさい。玲央が八時間で薬が切れるという、あんたの事情なんて知るわけがないでしょうが。デートに誘われてたのよ、デートに!」
「ということは……僕は了承したということになると」
「そうよ!」
驚天動地。
なんという言葉のすれ違いだ。
お互い違う意味で受け取ったまま、会話だけが見事に成立していたとは。
人生生きてみるもんだ。
「はぁっ、もう。どうしようかしら」
母が指で眉間を揉んだ。
どうしようかしらと言われてもな……。
あのときは僕にも心の余裕がなかったんだ。
まったく、早坂久美子といい、玲央といい面倒くさい……そうだ!
久美子に押しつけよう。
あのとき、玲央が僕に話しかけたのを睨んでいたよな。
僕は噂を否定できる。久美子は玲央と仲良くなれる。玲央は……アイドルとデートができる。
これなら三方よし。
円満解決ではないか。
母よ、解決策が見つかったぞ。
僕の案を聞くと、母は机に突っ伏した。
「柚樹、こっちでなんとかするから、あんたはおとなしく単語帳でもめくっていなさい」
お許しがなくとも、僕は単語帳はめくる。問題集も解く。
いまさら、なにを言っているんだ、母よ。
「それはそうと、柚樹。あんたに大切な話があるのよ」
そう言って、母がニコリと笑った。
切り替えが早いな。
この笑みはろくでもないことを言い出す前触れだ。
僕は警戒心をあらわにして尋ねた。
「なんだよ……」
「いやぁね。そんな不信感満載のような目をして。お仕事の話をするだけよ」
「その仕事の話が問題なんだよ」
「たかが、水着を着て、写真を撮るだけなのに?」
……。
なんと言った?
僕の空耳か?それとも幻聴か?
確かめねば。
幻聴だった場合は耳鼻咽喉科の予約を入れねばならない。
この場合、受診すれば治るので、問題はない。
問題は幻聴でなかった場合だ。
「いま、水着を着て撮影と言ったか?」
「言ったわよ。夏に向かっての新作水着を着ての撮影よ。水着着てポーズ取るだけだから簡単よ」
「……断る」
「はっ?なに言ってんの?」
「水着は絶対に断る!」
「ちょっ、夏樹なら新作を着れるって言って、二つ返事よ」
「それは、夏樹だろう。僕は柚樹だ。夏樹の真似をしているが、柚樹なんだよ。一般の男子高校生が、女性用水着を着て、カメラの前でポーズを取って喜ぶと思うのか?!」
「世の中広いのよ。いないとは言い切れないじゃないの」
ここで正論を持ち出すか、母よ。
「それでもだ。僕の矜持の問題だ。写真を撮られでもしたら、子々孫々、暗黒の歴史が残ってしまうじゃないか」
「矜持でご飯は食べれないわよ。それに夏樹になって写真撮るんだから、知ってる人以外は、誰も柚樹とは思わないわよ」
「それでも、秘密はどこから漏れるかわからないだろう」
「考えすぎよ。いまからそんな心配症だと、将来ハゲるわよ」
あっけらかんという母に目眩がする。
カンと運で荒波を乗り越えてきただけはある、この明日は明日の風が吹く的思考。
『明日のことは明日自身が思い煩うであろう。その日の苦労はその日だけで十分である』――
マタイによる福音書の信奉者か、母は。
その日苦労したら明日は忘れてOKとか、あるかっ。世の中、そんなに甘くはないと、膝を突き合わせて説教したい。
「兎に角、僕は断固拒否する」
「じゃあ、撮影どうするのよ」
「夏樹を探せば済むことだ」
そう言って気がついた。
探すと言っていたが、進捗はどうなっているんだろう?
いい機会だ。
「母さん、夏樹の捜索はどうなっているんだ?そろそろ、ひと月経つぞ」
「あ……それね……」
母は口籠り、視線があらぬ方を向いた。
これは……
「母さん?」
「ど、努力はしてるのよ、努力は。だけど、あの子の足取りが、なぜか、どうしても掴めないのよ。カードを使った形跡もないし。この東京で人を探すなんて、砂漠で砂を探すようなものなのよ」
砂漠は砂だらけだ。個別指定されないならすぐに見つかるぞ。
それをいうなら『砂漠で一粒の砂を探すようなもの』だ。
「はっきりと言えよ」
「まったく、進んでません」
ごまかし笑いを浮かべる母にプチっとなにかが切れた。
「なに、やってたんだよ!」
「だ、だから、マネージャーの小山君にもいろいろと調べてもらってるのよ!なによ、そんなに責めなくたっていいじゃないのよ!母さんだって好きで柚樹を夏樹の代わりにしてるわけじゃないのよ。会社や抱えているタレントのことを考えたら仕方ないじゃないの!この世界、まだ女だからって甘く見てくる人間がわんさかいるのよ。ちょっとでも隙を見せると終わりなんだからっ」
そう言うと、なにかが切れたのか、母はヒステリーを起こし、わっと机に泣き伏した。
切れていた僕を上回る母のエキサイトぶりに僕は気圧された。
気丈な母が泣いている……。
なにかとてつもない罪悪感にかられた。
そうだよな。母だって、なにもしていないわけじゃなかった。
あの夏樹のバカが異様に上手く隠れているだけなんだ。
やはり、元凶は夏樹だ。
見つけたら、文句をいう前に勉強漬けにしてやるからな。
教科書開いて待っていろよ、夏樹。
僕が夏樹への報復に燃えている横で、母はぺろっと舌を出していたのだった。




