陛下、娘を無理に抱っこしようとしないでください
王宮への「お披露目パレード」は、私の予想を遥かに超える国家行事となっていた。
馬車の窓から外を覗けば、沿道には溢れんばかりの群衆。
彼らは私を一目見ようと、早朝から並んでいたらしい。
(……前世のコミケの行列より凄くない? 私、ただの赤ちゃんなのに)
《報告。個体名:レティシアの通過により、沿道の観衆の『幸福度』が平均300%上昇。……一部の傷病者が、お嬢様から漏れ出た聖魔力により完治しました。》
(……歩くパワースポット化してる。もう、帰っていいかな?)
そんな私の不安をよそに、馬車は王宮の最深部、国王陛下が待つ「謁見の間」へと滑り込んだ。
重厚な扉が開かれ、パパ——アラリック公爵に抱かれた私は、王座の前に降り立った。
そこにいたのは、威厳に満ちた初老の男性。この国を統べる王、エドワード・ド・テラニウス陛下だ。
通常なら、公爵といえど臣下の礼を尽くすべき場面。
けれど、私のパパとお兄様は、陛下に対しても「レティシアの安全が最優先」という態度を隠そうともしなかった。
「……よく来たな、アラリック。そして、我が国の『奇跡の宝物』レティシアよ」
陛下が玉座から立ち上がり、ゆっくりとこちらへ歩み寄ってくる。
私はすかさず、システムさんに「デバッグ」を依頼した。
(システムさん、あの人……陛下の解析をお願い)
《解。対象:エドワード・ド・テラニウス。解析を開始します。》
名前:エドワード・ド・テラニウス
種族:人間(王族)
職業:テラニウス王国国王
称号:【苦労性の名君】【孫が欲しいお年頃】【レティシア教・予備軍】
状態:一目見た瞬間に陥落。今すぐに抱きしめたいという衝動を必死に抑えている。
(……陛下まで「予備軍」だった! この国のトップ、大丈夫かな?)
「……ほう。これが、あの『聖域のバラ』を開花させたという赤子か。まるで見ているだけで、私の長年の神経痛が治っていくようだ……」
陛下は、威厳のある声を震わせながら、じりじりと距離を詰めてくる。
その瞳は、完全に「可愛い孫を狙うおじいちゃん」のそれだった。
「陛下。お近づきになるのはそこまでにしていただきたい。レティシアは現在、長旅(馬車で三十分)でたいへんお疲れなのです」
パパが、一歩前に出て陛下を遮った。
その手は、いつでも腰の魔剣を抜ける位置にある。相手は国王なのに。
「アラリックよ、堅いことを言うな。私はこの子の名付け親のようなものだぞ? ……少し、ほんの少しだけ、抱っこさせろ。これは王命だ」
「断る。レティシアの『抱っこ権』は、一日のうち23時間を私が、残りの1時間をシエルとルナで共有しているのだ。陛下に割く時間は一秒たりともない」
パパの言葉に、隣にいたお兄様が静かに補足する。
「父上の仰る通りです、陛下。先ほど僕が計算したところ、陛下の現在の手の表面温度はレティシアの肌にとって0.5度ほど高すぎます。接触は推奨されません」
(お兄様、温度まで測ってたの!?)
謁見の間には、騎士たちや文官たちも並んでいるが、全員が「いつものことだ」と言わんばかりの顔で、冷や汗を流しながら空を眺めている。
どうやら、グランヴェル公爵家が王室に対して不遜なのは、もはやこの国の「仕様」らしい。
「ええい、うるさい! 私は王だぞ! この国のすべては私のものだ! ならば、レティシアを抱く権利も私にあるはずだ!」
陛下がついに理性をかなぐり捨てて、私に向かって手を伸ばした。
その瞬間——。
ピキィィィン! と、空間が凍りつくような音がした。
「……陛下。我が娘を『物』のように扱うのは、たとえ冗談でも許容できませんわ」
母様——ルナが、いつの間にか陛下の背後に立っていた。
彼女の指先からは、絶対零度の魔力が揺らめいている。
「ひっ……ル、ルナ公爵夫人! す、すまん、言葉が過ぎた!」
国王陛下が、情けない声を上げて飛び退いた。
最強の剣聖、最強の神童(兄様)、そして最強の魔女(母様)。
この三人に囲まれた私は、文字通り「人類で最も安全な場所」にいた。
けれど、陛下があまりに不憫に見えてきたので、私はパパの腕の中から、少しだけ陛下の方へ身を乗り出してみた。
「あぅ……だぁー!」
そして、精一杯の「営業スマイル」を見せる。
前世で、気難しいクライアントを接待した時のあの笑顔(の、赤ちゃんバージョン)だ。
「…………ッ!!」
陛下が、胸を押さえてその場に膝をついた。
「な、なんだ……今の光は。今、レティシアが……私に向かって『おじいちゃん、そんなに悲しまないで』と言った気がする……!」
(言ってないよ。あと、おじいちゃんって呼んでないよ)
《通知。個体名:エドワードの『レティシア教』への入信を確認。……称号:【レティシア教・筆頭信者】が授与されました。》
(……システムさん、仕事が早すぎない?)
「……決めたぞ。レティシアを、我が国の『終身名誉聖女』に任命する! 彼女が成人した暁には、私の息子……いや、私の王位をそのまま譲ってもいい!」
「陛下、寝言は寝てから仰ってください。レティシアは一生、我が公爵家で囲い込み……いえ、お守りしますから」
お兄様の冷たいツッコミが飛ぶ。
しかし、陛下はもう止まらない。
「セバスチャン! (※王宮の執事もセバスチャンという名前だった) 今すぐ宝物庫を開けろ! レティシアに相応しい、伝説の宝具や魔石をすべて持って来い! この子の笑顔の対価としては安すぎるがな!」
こうして、お披露目会はいつの間にか「国王によるレティシアへの貢ぎ物大会」へと変貌してしまった。
王宮の床には、次々と国宝級のアイテムが並べられていく。
私は、パパの腕の中からその光景を眺めながら、ふと思った。
(……これ、全部解析したら、私の魔力プール……とんでもないことになるんじゃ?)
《解。肯定。対象となる宝具群には、莫大な古代の魔力が秘められています。……レティシアが触れるだけで、スキルの進化が加速するでしょう。》
(よし、それじゃあ……ちょっとだけ「デバッグ」させてもらおうかな)
私はパパにねだって、床に降ろしてもらった。
そして、キラキラと輝く宝石の山に向かって、本日二度目の「ハイハイ」を開始する。
「おおっ! レティシアが、私が贈った『賢者の石』に興味を示されたぞ!」
「違います、陛下。レティシアはその隣にある『天空の羽衣』の魔力組成を調べているのです。さすが僕の妹だ、審美眼が鋭い」
家族と陛下が、私の背後で勝手に盛り上がっている。
私は一番大きな魔石に手を触れた。
《解析開始。……事象改変スキル【全知の書】の一部を解放します。》
《周囲の魔力を吸収。……個体名:レティシア、レベルアップ。》
その瞬間、私の体から黄金の光が溢れ出し、謁見の間全体を包み込んだ。
壁に描かれた古の英雄たちの絵が動き出し、天井からは祝福の花びらが降り注ぐ。
「……奇跡だ。王宮が……王宮が浄化されていく……」
「レティシア……君は、どれだけ僕たちを驚かせたら気が済むんだい?」
お兄様の呆れたような、けれど誇らしげな声が聞こえる。
私は光の中で、ふかふかの絨毯の上に座り込み、満足げに笑った。
前世では、誰かに何かを与えるばかりで、自分はいつも空っぽだった。
けれど今は、与えられる愛を力に変えて、それをまた、みんなの笑顔として返していける。
(……この世界に来て、本当によかった)
私は、跪いて涙を流す陛下と、鼻高々な家族たちに囲まれながら、
「最強の赤ん坊」としての地位を、王都のど真ん中で不動のものにするのだった。




