オセロのようにひっくり返る世界! 隣国が次々と『L-Protocol』に乗り換えています
「……見て、お兄様。大陸の地図が、まるでリバーシの終盤戦みたいに鮮やかにひっくり返っていくわ。……昨日まで真っ赤に染まっていた聖教国の通信包囲網が、角を取られたみたいに一気に緑色(L-Protocol)に上書きされていくのは、本当に最高に気持ちがいいわね」
『L-Protocol v1.0.0』の全世界一斉ブロードキャストから、わずか48時間。
公爵邸の特設オペレーションルーム(元お父様の書斎)で、私はL-Padの画面に映し出される「大陸地脈トポロジー(回線接続図)」を眺めながら、淹れたてのハーブティーを優雅に口にしていました。
画面上の大陸地図では、聖教国の息がかかった古い通信規格『Holy-Link』を示す「赤色のドット」が、秒単位で我が国の新規格『L-Protocol』を示す「鮮やかな緑色のドット」へと塗り替えられていました。
《観測報告。……隣国のアールヴヘイム共和国の基幹ルーター、 Holy-Link プロセスを強制終了。……L-Protocol への完全移行を確認しました。……続いて、南方の商業都市連合、および東方の鉄鋼王国でも、地下ギルド経由での『勝手アップデート』が爆発的に進行中。現在の世界普及率、42%を突破。》
(……ふふふ。そうよ、現場の現場による現場のためのオープンソース。上層部の政治的な思惑なんて、末端のシステム管理者(魔導師)たちの『夜勤を減らしたい』『もっと快適にネットサーフィンしたい』っていう現場の悲願の前には、ただの紙切れ同然なのよ!)
「レティシア! 大変だ……いや、大変なのは僕たちの側じゃない! 聖教国の方だ!」
シエルお兄様が、幾つものログウィンドウが乱舞するL-Padを抱え、興奮で頬を紅潮させながら部屋へ飛び込んできました。あまりの熱量に、彼のトレードマークである眼鏡がすっかり曇ってしまっています。
「アールヴヘイム共和国の魔導通信長官から、公式ではない、暗号化された『プライベート・チャット』が届いたよ! 『素晴らしいプロトコルをありがとう。教皇庁には“我が国のルーターが未知の緑のバグ(L-Protocol)に感染し、制御不能になった”と言い訳して、このまま使い続けます”だって!」
「ガハハハ! 面白い言い訳を思いつくものだな!」
お父様が、L-Padの排熱ファンに向けて手のひらから心地よい冷気のそよ風を送りながら、豪快に笑いました。
「『バグのせいだから仕方ない』と言い張って、実利を取るわけか! 敵の兵士が、こっそり我が軍の極上肉(L-Protocol)を盗み食いして『これは天罰の肉だから消費せねばならん』と言い訳しているようなものだな。人間、美味いもの(便利なもの)には勝てん!」
「お父様、例えがちょっと野蛮だけど、本質はまさにその通りよ」
私はふんぞり返り、小さな胸を張りました。
「エンジニアっていう生き物はね、上層部からどれだけ『このクソシステム(Holy-Link)を使え』と命令されても、目の前に『100%残業が減って、速度が800倍になる無料の神システム』を差し出されたら、絶対に誘惑に勝てないの。教皇庁の命令を守るために毎晩エラーログと格闘するより、L-Protocolをデプロイして定時退勤(定時就寝)する方を選ぶに決まっているわ」
「……技術者の本能を味方につけた、心理的なハッキングというわけだね」
ユリウス王子が、王宮での緊急閣議を終えて、静かに部屋に入ってきました。彼の表情には、ここ数日間の緊迫した空気から解放されたような、深い笑みが湛えられています。
「レティシア、シエル。王宮の財務部も大騒ぎだよ。聖教国が宣言した『通信遮断』のせいで、一時的にストップしていた隣国との貿易決済が、今朝から突然、以前の『200倍の速度』で再開され始めたんだからね。財務長官が『書類を送った瞬間に、隣国から“着金確認”のパケットが返ってくる! 魔法の神の悪戯か!?』と、嬉しさのあまり気絶していたよ」
「……フフ、それは悪戯じゃなくて、L-Protocolの『超高速パケット承認アルゴリズム』の成果よ、ユリウス様。……周辺国の移行スピードを計算した、今回の『プロトコル移行率の予測式』を見れば、この結果は当然だと分かるわ」
私は、L-Padから空中に、世界がひっくり返る速度を示す「普及関数(S字カーブ)」を投影しました。
Adoption_Rate(t) = 1 / (1 + e^(-(B_gain * S_cost * t - Inertia_Factor)))
変数の定義:
・Adoption_Rate(t): 時間 t における世界全体のL-Protocol普及率
・e: 自然対数の底
・B_gain: Holy-Linkに対するL-Protocolの性能優位性(今回は約800倍)
・S_cost: ライセンス料削減による経済的インセンティブ(無償のため最大値)
・Inertia_Factor: 既存システムを維持しようとする政治的・心理的抵抗(教皇庁への義理など)
「……この式が示す通り、最初の数時間は『Inertia_Factor(政治的抵抗)』のせいで動きが鈍かったけれど、一度どこかの国がルーターを切り替えてしまえば、周囲の国も『乗り遅れたら損をする』という恐怖から、雪崩を打って移行を始めるのよ。これがIT業界における『キャズム(深い溝)の突破』と『デファクトスタンダード(事実上の国際標準)の確立』の瞬間ね」
「……なるほど」
シエルお兄様が、数式の変数をじっと見つめながら、感嘆の溜息を漏らしました。
「性能差(B_gain)が大きすぎて、政治的抵抗(Inertia_Factor)が完全にマイナスに相殺されているんだね。……これじゃあ、教皇庁がいくら『王国と通信するな』と叫んでも、誰も耳を貸さないわけだ」
「……それどころか」
ユリウス王子が、手元の書類をトントンと整えながら、冷酷な笑みを深めました。
「……先ほど、聖教国の首都(教皇庁)の通信網が『大渋滞(ビジー状態)』に陥っているという情報が入った。周辺国がこぞって『Holy-Link』のライセンス契約を解約し、専用回線を物理的に引っこ抜いているせいで、聖教国側からの警告通信がどこにも届かなくなっているらしい。……まさに、自分たちが作った隔離壁の中に、自分たちだけが閉じ込められた形だ」
「――完全な『逆ロックアウト(ベンダー孤立)』ね」
私はハーブティーを飲み干し、L-Padの画面をタップして、世界樹の出力を「安定運用モード」へと切り替えました。
「聖教国の老害ハッカーや司祭たちは、今頃パニックになっているでしょうね。……自分たちが世界を支配していると思っていたプロトコル(聖なる回線)が、ただの『誰にも繋がらない内線電話』になっちゃったんだから。……これからは、彼らが王国と貿易をしたければ、教皇庁のプライドをドブに捨てて、私の作った『L-Protocol』のクライアントソフトをダウンロードするしかないのよ」
「……ガハハ! 痛快だな! 剣を一本も交えず、ただ緑の光を放っただけで、敵の本陣を完全に孤立させるとは! レティシア、お前の頭脳は、パパの筋肉よりも恐ろしい破壊力を持っているぞ!」
お父様が私の小さな体をひょいと抱き上げ、高い高いをしました。
視界が高くなる中、私は窓の外にそびえ立つ、優しく緑色に輝く世界樹の巨木を見つめました。
情報インフラを握る者が、世界を制する。
前世のGAFAや巨大IT企業が証明したその真理を、私はこのファンタジー世界で、自らの手で実証してみせたのです。
しかし、大陸の標準規格を塗り替えたということは、グランヴェル家と王国が、名実ともに世界の「情報の中心」になったことを意味していました。
当然、ただ指をくわえて利権を奪われた聖教国の教皇庁が、このまま黙っているはずがありません。
(……通信の規格争い(プロトコルウォーズ)で勝ったなら、次はきっと、向こうの『本物の軍隊(物理)』が動くわね。……でも、インフラを握ったこちらの経済力と情報収集能力の前に、どこまで耐えられるかしら?)
三歳の聖女は、お父様の腕の中で小さな拳を握り締めながら、次なる「物理と論理の複合戦」に向けて、脳内の開発ロードマップを静かに更新するのでした。




