奪還作戦:暗号化された王国の全資産を、世界樹のパワーで一括復号(デコード)します!
「……なるほどね。マルファスの脳内ログをひっくり返したら、面白いものが出てきたわ。……お兄様、見て。敵は暗号化を解除するための『マスターキー』を、手元に置いていないのよ」
王立魔導学院の地下サーバー室。気絶したマルファスが近衛騎士団に引きずられていくのを見送りながら、私は彼の残したL-Padから強引に「システムログ」を引っこ抜いて、お兄様に見せました。
《解析完了。……『L-Registry』の暗号化を解除するマスターキーは、現在、国境付近の上空を飛行中の聖教国籍『飛行魔導要塞』内のサーバーに格納されています。……要塞は常に移動しており、外部からの論理接続を物理的に遮断しています。》
「……移動する飛行要塞だって!? ……レティシア、そんな場所にどうやってアクセスするんだい? ……物理的に近づこうにも、あそこは聖教国の強力な対空結界が張られている。……お父様の剣でも、空にある要塞には届かないよ」
シエルお兄様が、自身のL-Padの地図上に赤く点滅する「飛行要塞の現在位置」を指差しながら眉をひそめました。
「……フン、空にいるなら落とすまでだ! レティシア、パパが巨大な弓矢で大岩でも投げ飛ばして、あの要塞ごと叩き落としてやろうか!?」
「お父様、それは最終手段(物理破壊)ね。……でも、それをやったら要塞の中にある『マスターキーの水晶』まで木っ端微塵になって、領民たちの資産データが永遠に復旧できなくなっちゃうわ。……私たちが欲しいのは、要塞の破壊じゃなくて、中にある『データ』よ」
私が頭を抱えていると、ユリウス王子が私のL-Padの画面を覗き込み、不敵に微笑みました。
「……物理的に近づけない。しかし、データだけは奪わなければならない。……ならば、レティシア。……君が世界樹をサーバーにした本当の理由(真価)を、ここで見せる時じゃないか?」
「……ふっ、やっぱりユリウス様にはお見通しね。……その通りよ」
私はL-Padを叩き、先日再起動したばかりの『世界樹』への接続ラインを確立させました。
「……飛行要塞がどれだけ通信を遮断していると言っても、彼らは要塞の『位置制御(GPS)』や『動力制御』のために、常に地脈から微弱な魔力を吸い上げているわ。……つまり、その吸い上げ口こそが、彼らの唯一の『ポート(隙間)』よ!」
「……そうか! 世界樹の圧倒的な出力(電波)を使えば、国境沿いの上空にいる要塞に対して、強引に『Wi-Fiジャック(割り込み接続)』を仕掛けられるんだね!」
シエルお兄様が興奮した様子で声を上げました。
「ええ、その通りよ、お兄様。……ただし、要塞のセキュリティもバカじゃないわ。……私たちが世界樹のパワーで強引に回線を繋いだ瞬間、激しい『パケットの押し合い(帯域争い)』が始まる。……その復号に耐えるための、今回の『一括復号式』がこれよ!」
P_decode = (Yggdrasil_Power / Fort_Shield) * (Time_Window / Key_Length)
変数の定義:
・P_decode: 一括復号の成功確率(1.0で完全復旧)
・Yggdrasil_Power: 世界樹から供給される総通信出力
・Fort_Shield: 飛行要塞が展開する暗号障壁の強度
・Time_Window: 要塞がノード(地脈)の上を通過する制限時間
・Key_Length: 聖教国が設定したマスターキーのビット長
「……制限時間は、要塞が国境の『地脈密集地帯』を通過する、わずか600秒間。……その間に、世界樹の出力を最大にして、要塞の暗号サーバーへ『マスターキー(鍵データ)』の逆転送を要求し続けるわよ!」
「……よし、世界樹の出力制御は僕が引き受ける! ……レティシア、君はコーディング(鍵の解析)に集中して!」
シエルお兄様が、自身のL-Padを世界樹のサブポートに同期させ、魔力の供給バランスを緻密にコントロールし始めました。
「……レティシア、パパは何をすればいい!? ……風を扇ぐか!? 氷を出すか!?」
お父様がやる気満々で拳を握りしめています。
「お父様は、私の後ろに立っていて! ……これから要塞の防衛プログラムが、回線を通じて私のL-Padに『逆ハッキング(精神攻撃)』を仕掛けてくるかもしれないわ。……もし私の意識が飛びそうになったら、大きな声で『レティシア!』って呼んで、物理的に魂を現実に引き留めて!」
「おお、任せておけ! パパの魂の叫び(大声)で、どんなバグも吹き飛ばしてやる!」
「……私は、君が奪い取った『マスターキー』が本物かどうか、王宮のデータベースと照合する役目を引き受けよう。……さぁ、始めようか、我が国の天才エンジニア様」
ユリウス王子が私の横に立ち、画面を見つめました。
「――接続、世界樹・コアプロセッサ! ……ターゲット:飛行要塞ガルガンチュア! ――『一括復号』、実行!!」
私の指がキーボードを叩いた瞬間、地下室全体が緑色の光で満たされ、世界樹から凄まじい通信パルスが射出されました。
画面の向こう、数百キロ離れた上空を飛ぶ飛行要塞の暗号サーバーに対して、私たちの『復号リクエスト』が弾丸のように突き刺さります。
チチチチチチッ……!!
L-Padの画面が猛烈な速度で明滅し、聖教国の「異端審問官ハッカー」たちとの、目に見えない帯域の奪い合いが始まりました。
「……くっ、敵の防壁(Fort_Shield)が予想以上に硬いわ……! ……鍵の長さ(Key_Length)が通常の4倍もある! ……こちらのパケットを、次々と破棄してくる!」
脳を直接揺さぶるような高熱が、私の小さな体を襲いました。
三歳の肉体には、世界樹の全出力をハンドリングするのは負荷が高すぎます。視界がチカチカと暗くなりかけた、その時でした。
「――レティシアァァァ!! がんばれ!! パパがここにいるぞ!!」
お父様の地鳴りのような大声が、私の脳内に直接響き渡り、遠のきかけていた意識を強引に現実へと引き戻しました。
「……っ、お父様、声が大きすぎ……! ……でも、おかげで目が覚めたわ! ――お兄様、世界樹の出力をさらに20%オーバークロックして!」
「……了解! ……壊れても知らないよ、レティシア! ――出力最大!!」
シエルお兄様がリミッターを解除した瞬間、L-Padの画面に、緑色のプログレスバーが高速で伸びていきました。
敵の暗号障壁が、世界樹の圧倒的な「暴力的な帯域幅」の前に、バリバリと音を立てて崩壊していくのが見えました。
《確認。……飛行要塞のマスターキーの奪取に成功。……これより、王国の戸籍システム『L-Registry』の全一括復号を開始します。……3、2、1……》
プツン、と画面の赤みが消え、元の美しい青色のUIへと戻りました。
それと同時に、ユリウス王子の端末に、次々と通知が舞い込みます。
「……確認した。……バロウ領、グランヴェル領、すべての領民の資産データが『完全復旧』されたよ。……残高も、戸籍も、1bitの狂いもなく元通りだ」
ユリウス王子が、深く安堵した息を吐き出し、私の頭を優しく撫でました。
「……完全勝利ね。……教皇庁のハッカーたち、今頃は自分たちの最高機密(飛行要塞)のシステムを逆にジャックされて、大パニックになってるはずよ」
私は、L-Padの画面を閉じると、お父様の胸の中にどっと倒れ込みました。
さすがに、今回は精神的リソースを使い果たして、一歩も動けそうにありません。
「よくやった、レティシア。……お前は、この国を救った本物の聖女だ」
お父様の温かい腕に包まれながら、私はゆっくりと目を閉じました。
隣国からのサイバーテロを、技術と筋肉と家族の絆で退けたグランヴェル家。
しかし、この事件をきっかけに、王国と聖教国の対立は、もはや「情報の小競り合い」では済まない、歴史的な大転換期へと突入していくのでした。
三歳の聖女のデジタル革命は、ついに世界のパワーバランスそのものを『再起動』させようとしていました。
【第13章 完】




