囮作戦成功? ハニーポットに引っかかった敵の『通信経路(IP)』を逆探知(トレース)します
「……よし、食いついた。……バカね、教皇庁のハッカー共。今頃、私の作った『無限増殖・偽資産データ』を一生懸命暗号化して、戦果を上げているつもりでしょうけど。……それ、全部ただの『乱数』よ」
王都の喧騒が嘘のように静まり返った公爵邸の書斎。
私の前で淡く光るL-Padの画面には、真っ赤な警告ログに混じって、青い「トラフィック誘導成功」の文字が激しく点滅していました。
《報告。……ハニーポット『L-Trap』へのトラフィック誘導率、99.8%に到達。……敵の攻撃コードは現在、ダミーデータの暗号化に全演算リソースを割いています。……これにより、本番サーバー『L-Vault』の負荷は平常値に復帰しました。》
(……ふぅ。……とりあえず、国が『Null』になる最悪の事態は回避できたわね。……でも、ここからが本番よ。……殴られたら、三倍にしてデバッグ(報復)してやるのが私の流儀なんだから)
「……レティシア、画面の色が変わったぞ! これは……敵が罠にかかったということか?」
私の後ろで、氷魔法を纏わせた団扇を全力で扇ぎ、L-Padの冷却を助けてくれていたお父様が、身を乗り出して尋ねました。お父様の額からは大粒の汗が流れていますが、その瞳は戦士のそれとして鋭く光っています。
「ええ、お父様。……敵は今、私が用意した『蜜の入っていない壺』の中で必死に踊っているわ。……お兄様、準備はいい? ……この通信経路を逆に辿って、攻撃の『ソースコード(発信源)』を特定するわよ」
「……分かっているよ、レティシア。……地脈ネットワークの各ノード(中継点)のログを、僕のPadで並列解析している。……攻撃パケットが通った際に残る『魔力の残留振動』を検出すれば、どれだけ隠蔽されていても、発信元の座標(IPアドレス)は隠せないはずだ」
シエルお兄様は、私がお教えした『地脈パケット解析術』を驚異的なスピードで習得していました。彼のL-Padには、王国全土の地図と、そこを走る無数の光のラインが表示されています。
「……ユリウス様。……特定ができ次第、すぐに動けるよう、近衛騎士団の『物理デバッグ部隊』にスタンバイをお願いできるかしら?」
「……フフ。……既に手配済みだ、レティシア。……君が『特定した』と言った瞬間に、その場所を物理的に封鎖し、関係者全員を国家反逆罪で拘束する許可を陛下から得ているよ」
ユリウス王子は、優雅に椅子に座りながらも、その手には既に抜身の剣のような鋭い殺気が宿っていました。彼は王族として、自国の民の財産を脅かした「侵入者」を、決して許すつもりはないようです。
「……さぁ、お兄様。……逆探知開始よ! ……今回の計算式は、これ。……地脈の減衰率から距離を逆算するわ」
P_trace = (S_noise / S_signal) * log2(Node_Count) / Distance_Factor
変数の定義:
・P_trace: 逆探知の精度(1.0に近いほど正確)
・S_noise / S_signal: 地脈のノイズ対信号比
・Node_Count: 経由した中継点の数
・Distance_Factor: 距離による魔力減衰係数
「……地脈の第4層を通過。……第3層、第2層……。……敵も巧妙ね。……聖教国からの直接通信に見せかけて、王国内部のいくつもの『中継サーバー(魔力水晶)』を経由させて、足跡をバラバラに散らしているわ」
私はキーボードを叩く指をさらに加速させました。
画面上では、光の筋が王国の地図の上をあちこちへ跳ね回り、発信源を特定させまいと抵抗しています。
「……くっ、レティシア! ……ノードの数が多すぎる! ……あちこちの領主の館や、果ては教会の礼拝堂まで経由地に使われているよ! ……これでは、どこが本当の『本陣』か分からない!」
「……慌てないで、お兄様。……どんなに経路を偽装しても、情報の『発信間隔』だけは誤魔化せないわ。……システムの反応速度のクセ……いわば『タイピングの指紋』を追いかけるのよ」
私は、ハニーポットが暗号化される瞬間の、わずか数マイクロ秒のタイムラグを抽出しました。
それらを全て重ね合わせ、一つの「収束点」を導き出します。
「――見つけたわ。……第1層の基幹回線に、直接接続されている唯一の場所。……そこから全ての攻撃コマンドが射出されている」
画面上の地図が、王都の北側に位置する「ある巨大な施設」にズームアップされました。
「……えっ!? ……そこは……」
シエルお兄様が、絶句してPadを落としそうになりました。
お父様も、ユリウス様も、画面に表示されたその座標を見て、一瞬にして表情を凍りつかせました。
「……レティシア、冗談だろう? ……そこは、『王立魔導学院』じゃないか!」
「……その通りよ。……この国の最高知性が集まり、次世代の魔導師を育成する……我が国の『頭脳』そのもの。……そこにある巨大演算機(魔力炉)が、今回のサイバー攻撃の『踏み台』……あるいは、真の『発信基地』として使われているわ」
静まり返る書斎。
王立魔導学院は、ユリウス王子の母校でもあり、シエルお兄様がいずれ入学を予定している、王国で最も神聖な教育機関の一つです。
「……王立学院の中に、聖教国の内通者がいるということか? ……あるいは、学院そのものが教皇庁に買収されたと?」
ユリウス王子の声が、低く、震えるような怒りを帯びました。
「……分からないわ。……でも、一つだけ確かなのは、今この瞬間も、学院の地下にある地下深くのサーバー室から、私たちの資産データを壊そうとする『悪意』が垂れ流されているということ。……そして、そこには強力な『物理的・魔法的防御(物理ファイアウォール)』が張り巡らされているわ」
「……上等だ」
お父様が、鞘の中で剣をガチリと鳴らしました。
「……学問の府を、コソ泥たちの隠れ家にするとは……。……パパが、その『ファイアウォール』とやらを、扉ごと粉砕してやる。……レティシア、すぐに突入の準備をしろ!」
「お父様、待って。……闇雲に突入したら、敵に『証拠隠滅(データの完全消去)』をさせる時間を与えてしまうわ。……私たちが学院の正門を潜るまでに、彼らは全てのログを消して、『ただの授業中でした』としらばっくれるはずよ」
「……では、どうすればいい、レティシア?」
ユリウス様が私に問いかけました。
私は、画面に映し出された学院の立体構造図を指でなぞりながら、冷徹なSEの笑みを浮かべました。
「……『論理的な包囲網』を先に完成させるのよ。……お兄様、学院の全通信を今すぐ遮断して。……ただし、外部に『遮断したこと』がバレないように、ダミーの通信だけを流し続けるの。……その隙に、私たち4人で『裏口』から、学院のシステムの中枢へ直接乗り込むわ!」
「……ハッカーには、ハッカーのやり方で引導を渡してやるということだね。……いいだろう、レティシア」
ユリウス王子が、静かに立ち上がりました。
「……王国の『知性』を汚したバグどもに、聖女のデバッグ(裁き)を見せてやろうじゃないか」
こうして、三歳の聖女と、筋肉自慢の公爵、天才肌の兄、そして冷徹な王子という、王国最強の「システム監査チーム」が、夜の王立魔導学院へと向けて出撃したのでした。
しかし、学院の奥深くで彼らを待ち構えていたのは、聖教国の魔導師だけでなく、かつてレティシアの「前世」を終わらせたあの『過労死の闇』に酷似した、忌まわしき「ブラックな魔導研究」の残骸だったのです。




