ゼロデイ攻撃発生! 資産データが『Null』に書き換わる恐怖
「……ちょっと待って。財務部の基幹データベース(L-Vault)、これ完全に『ランサムウェア』に感染してるじゃない。画面の向こうで、金貨のアイコンが次々とドクロマークに書き換わっているわよ」
世界樹をサーバー化し、王国全土に超高速の魔導インターネット『L-NET』が開通してから数週間。
王都はかつてないデジタル経済の好景気に沸いていましたが、その絶頂期に、最悪の「システム障害」が王宮を直撃しました。
私はお父様の書斎のデスクにL-Padを広げ、次々と赤く染まっていくセクター(帳簿データ)のログを、凄まじい速度でスクロールしていました。
《緊急警告。……王国の戸籍・資産管理システム『L-Registry』にて、不正な一括暗号化プロセス(ロジックボム)を実行中。……現在、全体の15%の領民データがロックされ、閲覧不能。……身代金として、聖教国の特殊魔導通貨での支払いを要求するメッセージが検出されました。》
(……ゼロデイ攻撃。……既存のファイアウォールのシグネチャ(定義ファイル)を完全にすり抜けてる。……あいつら、世界樹の再起動で通信帯域が広がったのを、そのまま『大量攻撃の太い回線』として悪用してきたのね!)
「レティシア! 大変だ!」
お兄様のシエルが、自身のL-Padを抱えて息を切らせながら部屋に飛び込んできました。いつもは冷静な彼の眼鏡が、焦りで微かに曇っています。
「……バロウ領とグランヴェル領の納税データが、完全に『Null(空っぽ)』に書き換えられている! 領民たちが『自分の銀行口座(魔導口座)の残高がゼロになった』と、地方の役所に殺到してパニックになっているんだ!」
「……お兄様、落ち着いて。……データは完全に消されたんじゃなくて、高度な『論理爆弾』で暗号化されているだけよ。……でも、無理に解号しようとすると、自己破壊コードが走って本当にデータが『Null』になるわ」
「……そんな悪質な……! 一体誰がこんなことを」
「決まっているじゃない。……世界樹の件でメンツを潰された、西の『聖教国(教皇庁)』のハッカー魔導師集団よ。……自分たちのインフラが使えなくなったからって、こっちのインフラに嫌がらせのウイルス(論理爆弾)をデプロイしてくるなんて、サイバーテロリストのやることね」
私が小さな手をキーボードの上で踊らせていると、書斎の扉が勢いよく開きました。
現れたのは、フル装備の甲冑を身にまとったお父様です。
「レティシア、シエル! 街の様子がおかしいぞ! 魔導決済が使えなくなって、飯屋の親父たちが『無銭飲食だ!』と客を殴り飛ばしている! パパの筋肉で全員気絶させて止めてきたが、これはいったいどういう不具合なんだ!?」
「お父様、物理的な鎮圧は一旦ストップよ。……今起きているのは、国家の『経済基盤のハッキング』。……お父様の剣では、ナノ単位のウイルスは斬れないわ」
お父様は「ぐぬぬ、目に見えない敵は苦手だ……」
と、悔しそうに剣を鞘に収めました。
そこへ、さらに足音を響かせてユリウス王子が駆け込んできました。彼の背後には、王宮の財務長官が泡を吹いて倒れかけています。
「レティシア、状況は把握している。……聖教国からの公式声明が届いた。……彼らは『王国の崩壊は、神の怒りによるバグ(天罰)である。救われたければ、我が国の教会に全ての資産管理権限(Root権限)を委託せよ』と言ってきたよ」
ユリウスは冷酷な笑みを浮かべながら、手元のPadの画面を私に見せました。
「……政治的な人質作戦ね。……やり方が古臭いのよ、あの老害教皇。……ユリウス様、陛下には『絶対に身代金は払うな』と伝えて。……一度払えば、彼らは何度でも新しいウイルス(バグ)を送り込んでくるわ」
「もちろん、払う気など毛頭ない。……だが、レティシア。……あと何分で、我が国の資産データは完全に全損(全滅)する?」
「……現在の暗号化スピードを計算すると、あと約20分。……数式に表すと、こうなるわ」
Data_Loss(t) = Initial_Data * e^(k * t) / (1 + Alpha_Defense)
変数の定義:
・Data_Loss(t): 時間 t における汚染データ量
・Initial_Data: 王国の総データ資産
・e: 自然対数の底
・k: ウイルスの自己増殖係数
・Alpha_Defense: 現在の防壁による減衰率(現在はほぼゼロ)
「……このままでは、1,200秒後にはこの国のすべての貴族、領民の『存在証明』と『資産』が白紙(Null)に戻るわ。……つまり、物理的には生きていても、社会的には『存在しない人間』にされてしまうのよ」
私の言葉に、シエルお兄様が息を呑みました。
「……そんな、1,200秒で国がリセットされるなんて……! レティシア、何か防御パッチは作れないのか!?」
「……ゼロデイ攻撃相手に、その場でパッチ(修正プログラム)を書いてる時間はないわ。……敵の攻撃コードが、こちらの防壁の隙間を自動で探索してくるの。……なら、やることは一つよ」
私は不敵に笑い、L-Padの画面に、複雑な「デコイ(身代わり)回路」の設計図を展開しました。
「……敵がこちらの『本番サーバー(L-Vault)』を狙ってデータを貪り食っているなら……その接続先(IPアドレス)を、私が今から作る『偽物のサーバー』に強制リダイレクト(DNSスプーフィング)してあげるわ」
「偽物のサーバー……? ……ハニーポット(蜜の壺)だね?」
シエルお兄様が即座に私の意図を察し、目を輝かせました。
「ええ、その通りよ、お兄様。……ハニーポットの中に、無限にダミーの資産データを生成し続ける『偽のデータベース』を設置するの。……敵の論理爆弾には、そこで思う存分、無価値なデータを暗号化して時間を潰してもらうわ。……その隙に、私たちが敵の『送信元(発信基地)』を特定して、物理的、あるいは論理的に根絶する!」
「面白い」
ユリウス王子が、私のL-Padの画面を覗き込みながら、楽しそうに顎に手を当てました。
「……敵を偽の戦場に誘い込み、弾薬を浪費させている間に、本陣を叩くというわけだ。……三歳の聖女が立てる作戦としては、あまりに軍略的(ハッカー的)すぎるな」
「褒め言葉として受け取っておくわ、ユリウス様。……お兄様、ダミーデータの生成ロジックの構築をアシストして! お父様は、私のL-Padの冷却魔導具がオーバーヒートしないように、物理的に風(氷魔法)を送り続けて!」
「おお! パパの筋肉(魔力)で、極冷の風を送ってやるぞ!」
「僕もやるよ、レティシア。……偽の戸籍データを1秒間に10万件生成するループ式、今すぐ組み上げる!」
チーム・グランヴェルの迅速な「緊急メンテナンス」が始まりました。
私の脳内でも、システムさんがフル稼働でアラートを処理していきます。
《実行。……DNS書き換えコマンドを入力。……王国の資産アクセスログを、ハニーポットサーバー『L-Trap』へとリダイレクトします。……カウントダウン、あと300秒。》
(……急ぎなさい、私の指。……聖教国の老いぼれハッカーたちに、現代のSEの『徹夜の底力』を見せてあげるわ!)
小さな書斎の中で、キーボードの打鍵音だけが、まるで激しい戦場の銃声のように鳴り響いていました。
国を揺るがす「サイバー魔導戦争」の、これが本当の第1ラウンドだったのです。




