サーバー構築開始! 世界樹の深層(カーネル)にアクセスしたら、先代の『バグ』が眠っていました
「……すごい。近くで見ると、情報の『密度』が物理的に肌を刺すレベルだわ」
世界樹の巨大な根が地表に剥き出しになっているその場所は、もはや植物の内部というより、超巨大なデータセンターの配線室のようでした。根の一本一本が淡いエメラルドグリーンに発光し、地中深くへと「パケット」を送り出す度に、大気が震えています。
(……システムさん、同期準備。……世界樹のメインポートに、私のL-Padを『物理接続(有線)』するわよ)
《了解。……有線接続によるルートアクセス権の取得シーケンスを開始します。……警告。……世界樹のファイアウォールは、生体情報を検知して攻撃を仕掛けてくる可能性があります。……精神的な負荷に注意してください。》
「……わかってる。……お父様、お兄様、それにユリウス様。……これから私は、この樹の『意識の深層(カーネル領域)』にダイブするわ。……その間、私の体は完全に無防備になる。……何があっても、物理レイヤー(現実)の私を死守してね」
私がL-Padから伸びる魔力の触手を世界樹の樹皮に差し込むと、周囲の空気が一変しました。
「レティシア、任せておけ! パパが、たとえ神様が来ても一歩も近づかせないからな!」
お父様が剣を抜き、私の背後に陣取ります。お兄様は冷静に予備の魔力バッテリーを並べ、ユリウス様は私のこめかみに流れる汗をそっと拭い、真剣な眼差しで私を見つめました。
「……信じているよ、レティシア。君なら、この『荒ぶる神のシステム』を飼い慣らせるはずだ」
視界が真っ白に染まり、次の瞬間、私は情報の海に浮いていました。
そこは、幾億もの数式とコードが流れ星のように飛び交う、純粋な論理空間。
「……ここが、世界樹のカーネル……。……なんて美しくて、なんて『非効率』な構造なのかしら」
私は空間に漂うコードの断片を指先で弾きました。
現代の王国魔導とは比較にならないほど高度な、しかしどこか歪んだ論理構成。
(……ねぇ、あそこ。……データの流れが渦巻いて、止まっている場所があるわ)
暗い情報の底。そこには、一つの巨大な「ループ処理」が、永遠に終わりなく繰り返されていました。
《検知。……深層領域に、未定義のエンティティを確認。……あれは、システムの一部ではなく、『外部から注入された残留思念』です。》
その渦の中から、透き通るような白い衣を纏った一人の女性が姿を現しました。
彼女の瞳には知性が宿っていますが、その奥には深い絶望の色が混じっています。
「……あら、……新しい『管理者』の候補かしら? ……でも無駄よ、幼い聖女様。……この樹はもう、解けない呪いに侵されているわ」
「……あなたが、先代の『聖女』? ……このシステムを構築した開発者の一人ね?」
私が問いかけると、彼女は力なく微笑みました。
「ええ。……数百年前に、この国の繁栄のために世界樹を最適化しようとしたわ。……でも、失敗したの。……人間の感情という『不確定要素』を魔力に変換しようとした結果、終わりのない再帰関数(再帰ループ)が発生してしまった……」
彼女が指し示した先には、恐ろしいほどに純粋で、かつ破壊的な「バグ」が鎮座していました。
Recursive_Bug(n) = n (if n <= 1) elseRecursive_Bug(n-1)+
Recursive_Bug(n-2) + Regret
「……これ。ベースケース(終了条件)がないじゃない。……『Regret(後悔)』という変数が加算される度に、スタック領域を食い潰し続けている……」
「……そう。この樹は、過去の聖女たちの『後悔』を無限に演算し続けている。……だから、全土の通信を処理する余裕なんてないの。……このバグを消そうとすれば、あなた自身の意識も飲み込まれるわよ」
先代の聖女が警告するように、渦巻く情報の圧力が増していきます。現実世界の私の体も、過負荷で高熱を発し始めているはずです。
「……ふん。……『後悔』なんて非効率な変数を、グローバル定義したのが間違いなのよ」
私は不敵に笑い、L-Padの仮想キーボードを展開しました。
前世で、徹夜明けのサーバーダウンを幾度も乗り越えてきたSEの矜持が、三歳の幼女の魂の中で燃え上がります。
「……お姉様。……プログラムに解決できない悩みなんてないわ。……もしあるとしたら、それは単なる『設計ミス』か『タイムアウト設定忘れ』よ。……今から私が、このバグを強制終了(Killコマンド)してあげる」
「……なんですって!? ……この神聖な呪いを、力技で止めるつもり!?」
「力技じゃないわ。……『例外処理』を実装するだけよ!」
私は猛烈な勢いで、バグのソースコードに介入を開始しました。
先代の聖女たちが残した膨大な「悲しみ」や「未練」という名の非論理的なデータを、一つずつ『Null』に書き換え、強引に終了条件を差し込んでいきます。
try { Resolve(n) } catch (Regret e) { Log.ignore(e); return 0; }
「――システムさん! 全パケットを『現在』へリダイレクト! 過去の演算ログをすべてキャッシュクリアして!!」
《了解。……ガベージコレクション(不要メモリの解放)を実行します。……領域、クリーンアップ完了。……メインサーバー、再起動プロセスへ移行します。》
空間を埋め尽くしていたどす黒い渦が、一瞬で弾け飛び、純粋な白い光へと変わりました。
先代の聖女は、驚愕に目を見開いた後、安堵したようにふわりと形を崩していきました。
「……そうか。……『無視する』という処理があったのね。……私たちは、すべてを抱え込もうとしすぎたのかしら……」
「……お姉様、お疲れ様。……ここからの保守運用は、最新のOSを積んだ私たちが引き受けるわ」
光が収まった後、そこにはどこまでも透明で、無限の広がりを感じさせる「世界樹のカーネル」が、穏やかに鼓動していました。
現実世界。
私の意識が体に戻ると、目の前には、私を必死に支えるユリウス様の顔がありました。
「……レティシア! ……よかった、目を開けたね」
「……ユリウス様。……サーバーの再起動、成功しましたわ。……今すぐ、お手元のL-Padを確認してみてください」
ユリウス様やお兄様が慌てて自分の端末を見ると、そこには先ほどまでの「砂時計」ではなく、眩しいほどの『Connected(接続完了)』の文字と、圧倒的なレスポンス速度で流れるニュースフィードが表示されていました。
「……信じられない! 王国全土の通信が……以前の百倍以上の速さで同期されている!」
お兄様が叫び、お父様は「よくわからんが、レティシアが勝ったんだな!」と私を高く抱き上げました。
「……ふふ。……これで、お父様の『親バカ・ポエム』が何万件投稿されても、ビクともしないわよ」
私はお父様の胸の中で、心地よい疲労感に包まれながら微笑みました。
世界樹は今や、王国全土を繋ぐ「最強のバックボーン」として、その真の力を開放したのです。
しかし、私が再起動したシステムログの末尾に、一通の「宛先不明なアラート」が紛れ込んでいることに、まだ誰も気づいていませんでした。
《未確認ログ。……世界樹の深層より、さらに深い『地下ネットワーク』への接続を確認。……通信元:不明。……メッセージ:『新しい管理者の誕生を祝う。……だが、我々の眠りを妨げた代償は、いずれ払ってもらおう』。》
(……また新しいバグの予感? ……いいわよ。……どんなレガシーな闇が来ても、一文字残さずデバッグしてやるんだから)
三歳の聖女は、王国のデジタル革命をさらに加速させるべく、新たな仕様書の構想を練り始めるのでした。




