王国初のシステムダウン! アクセス輻輳の解決策は……自然(ハードウェア)?
「……ねぇ、システムさん。昨日から私のL-Pad、なんだか『砂時計』がずっと回ってるんだけど。……これって、まさか」
聖教国の攻撃を防ぎ、国内の旧勢力も黙らせた数日後。王都の朝は、かつてないほどの「沈黙」に包まれていました。物理的な沈黙ではありません。情報の沈黙――すなわち、王国全土に張り巡らされた魔導ネットワーク『L-NET』が、断続的にフリーズを起こしていたのです。
《解。……現在のネットワーク・レイテンシ(遅延)は、平時の4,000%を突破。……パケットのドロップ率も80%を超えています。……原因は、ユーザー数の急増に伴う『同時接続数』のパンクです。》
(……あちゃー。やっぱり。……便利すぎて、みんなが一斉にログインしちゃったのね)
王宮のメインルームは、阿鼻叫喚の地獄絵図と化していました。
そこに並んでいるのは、必死にL-Padを連打する官僚たちと、真っ赤なエラーを吐き出し続ける魔導演算機を前に頭を抱える技術魔導師たちです。
「レ、レティシア様! 助けてください! 王都の物流管理システムが止まって、市場にパンが届きません!」
「財務部の予算計算が途中でフリーズして、データの整合性が崩壊(データ破損)しそうです!」
私が部屋に入るなり、彼らは救世主を見るような目で縋り付いてきました。……三歳の幼児に、大人たちが泣きつく図というのは、いつ見てもシュールなものです。
「……みんな、落ち着いて。……連打しても解決しないわ。かえってサーバー(魔力水晶)に負荷がかかるだけよ」
私は溜息をつき、空中に現在の「トラフィック統計」を投影しました。
B_req = (N * avg(S)) / (Δt * (1 - ρ))
【トラフィック要求帯域の算定式】
・B_req: 要求帯域幅
・N: 同時接続ユーザー数
・avg(S): 平均パケットサイズ
・Δt : 許容レスポンス時間
・ρ: ネットワーク稼働率(負荷係数)
「……見て。……現在、王国全土のユーザー数は私の予想を三倍も上回っているわ。……特に、お父様がSNS(L-TALK)で『娘が作った防壁が最強すぎる件』なんて長文ポエムを投稿したせいで、それに『いいね』が数百万件殺到して、バックエンドのデータベースが悲鳴を上げているのよ」
「……うっ。……す、すまんレティシア。パパはただ、お前の凄さを世界に知らしめたかっただけで……」
お父様が部屋の隅で小さくなっています。……お父様、あなたの『親バカ・パケット』は、もはやサイバー攻撃(DDoS)レベルなんですよ。
「……レティシア、冗談を言っている場合じゃないよ」
お兄様のシエルが、自身のL-Padで深刻なログを指し示しました。
「……王都だけじゃない。……バロウ領や公爵領でも、自動農耕ゴーレムの同期が切れて、その場でくるくる回っているそうだ。……このままでは、王国の経済が物理的にストップしてしまう」
「……わかっているわ、お兄様。……今のシステム構成の限界よ。……私たちはこれまで、王宮の地下にある『魔力水晶』をメインサーバーにしていたけれど、所詮は鉱石。……情報の処理速度と冷却能力(廃熱)が追いついていないの」
その時、廊下を騒がしい足音が響き、ユリウス王子が駆け込んできました。
彼の後ろには、真っ青な顔をした王室の重鎮たちが控えています。
「レティシア! ……陛下も仰っている。……この『L-NET』の停止は、もはや国家存亡の危機だ。……何か解決策はないのか? ……権限でも予算でも、何でも提供しよう!」
「ユリウス様。……解決策は一つだけあります。……でも、それはこれまでの『魔導技術』の延長線上にはありません。……圧倒的な演算能力と、広大な帯域、そして絶対にオーバーヒートしない冷却機能を備えた……『巨大な生体ハードウェア』が必要なんです」
「……生体ハードウェア? ……そんなものがこの世にあるのか?」
私はL-Padを操作し、古文書からスキャンした「ある場所」の地図を投影しました。
それは、王国の北端、人跡未踏の聖域にそびえ立つと言われる、伝説の巨樹。
「……『世界樹』。……あるいは、この国の始祖たちが神格化した『聖なる大樹』。……あれはただの木じゃありません。……大地の魔力を吸い上げ、循環させ、巨大な情報のネットワークを構築している……いわば『地球規模の天然サーバー』なんです」
会場にいた全員が、息を呑みました。
「……あ、あの伝説の樹を……サーバーにするというのか!? ……神への冒涜ではないか!」
保守派の魔導師が叫びましたが、私はそれを一瞥で黙らせました。
「……冒涜ではありませんわ、最適化です。……あの樹は今、誰もアクセスしないせいで、膨大なリソースを持て余しています。……私がそこへ行き、私のOS(L-OS)をインストールし、王国全土の地脈と直接リンクさせる……。……そうすれば、トラフィックが何億件になろうと、一瞬で処理できるようになります」
「……なるほど。……垂直スケール(サーバーの強化)の極致、というわけだね」
シエルお兄様が、納得したように頷きました。
「……でもレティシア。……あの大樹は、強力な『生体ファイアウォール(結界)』に守られていると聞く。……三歳の君が、そんな場所まで辿り着けるのかい?」
「……一人で行くつもりはありませんわ。……物理レイヤーの守り(お父様)と、論理解析のサポート(お兄様)、そして……外交的な許可(ユリウス様)が必要です」
私は、三人の男性たちを順番に見つめました。
「……ふっ、いいだろう。……パパの出番だな! ……娘のためなら、世界樹だろうが暗黒大陸だろうが、道を切り拓いてやるぞ!」
「……僕も行くよ、レティシア。……君の新しいシステムの『初期デプロイ』、この目で見届けたいからね」
「……私も同行しよう。……国家プロジェクトとして、私が全責任を持つ。……それに、君をあんな危険な場所へ一人で行かせるわけにはいかないからな」
ユリウスが、頼もしく微笑みました。
(……よし、これで『開発・運用・経営』の三者が揃ったわね)
こうして、未曾有のシステムダウンを解決するため、聖女レティシア一行による「聖なる大樹・再起動ツアー」が決定しました。
しかし、一行が部屋を出ようとしたその時。
私のL-Padが、微かな、しかし異質な「警告音」を発しました。
《注意。……世界樹周辺の魔力波形に、不自然な『暗号化ノイズ』を検知。……先客、あるいは……悪意ある『管理者権限の競合相手』が、すでに現地に到達している可能性があります。》
(……世界樹を狙っているのは、私だけじゃないの? ……もしかして、あの聖教国の連中、まだバックアッププランを持っていたっていうの!?)
三歳の聖女は、自身の技術が招いた「大容量通信時代」の副作用を食い止めるため、そして王国の未来を守るため、伝説の聖域へと足を踏み出すのでした。




