物理的なシステムダウン? 嫉妬に狂った侯爵が『物理的なウイルス(刺客)』を送り込んできました
「……ちょっと待って。今、私の『通知領域』が真っ白になったんだけど」
王立魔導学院の華やかな喧騒を離れ、公爵家の馬車へと向かう並木道。
月明かりに照らされた石畳を歩いていた私は、突如として襲ってきた「違和感」に足を止めました。
(システムさん? レスポンスを。……システムさん!)
《……。》
返事がない。ただの屍……ではなく、完全に無反応です。
視界の端に常駐していたはずの「ステータス・バー」がノイズと共に消失し、L-Padの画面には無情にも『No Signal(圏外)』のアイコンが点滅していました。
(……嘘でしょ。全土に張り巡らせたL-NETのパケットが、このエリアだけ完全に『遮断』されてる……!?)
「レティシア、どうしたんだい? ……顔色が悪いよ。やっぱり、さっきの演算でリソースを使いすぎたのかな」
異変に気づいたお兄様が、心配そうに私の顔を覗き込みました。
しかし、次の瞬間、お兄様の手元にあったL-Padもまた、プツンと音を立ててブラックアウトしたのです。
「……! 私のPadも死んだよ、レティシア。これは……ただの通信障害じゃないね」
「……ええ。……誰かがこの空間に、強力な『電波妨害』を仕掛けてる。……魔力そのものを遮断するんじゃなくて、特定の周波数――つまり、私の術式が使う『信号』だけを狙い撃ちにして、ノイズを流し込んでいるわ」
私は冷や汗を流しながら、周囲を警戒しました。
システムさん(OS)という強力な補助(API)を失った私は、今やただの「知識だけはある三歳児」です。
「――ククク。……『聖女』ともあろうお方が、板切れ一枚使えなくなっただけで、これほどまでに狼狽えるとは。……やはり、貴様の技術は『借り物の砂上の楼閣』に過ぎなかったようだな」
街灯の届かない植え込みの影から、ゆっくりと数人の人影が這い出してきました。
その中心にいたのは、先ほどパーティー会場で赤っ恥をかかされたはずの、デ・マルク侯爵です。
しかし、その表情には先ほどの屈辱は微塵もなく、狂気に満ちた歪な笑みが張り付いていました。
「……デ・マルク侯爵。……パーティーの途中でログアウトしたと思ったら、こんな『場外乱闘(DDos攻撃)』の準備をしていたんですか?」
「黙れ、小娘! ……お前がこの国に持ち込んだ『便利(毒)』のせいで、我ら魔導師の権威は失墜した。……だが、それも今日で終わりだ。……この『禁忌の魔導石』から放たれる『沈黙の霧』は、あらゆる術式を無効化し、空間そのものを『オフライン』にする。……貴様が誇るネットワークも、ここではただの塵だ!」
侯爵が掲げた黒い石から、不気味な紫色の煙が立ち昇り、私たちの周囲をドーム状に包囲していきました。
これが電波障害の正体――魔力的遮断空間です。
「……レティシア、下がっていろ!」
お父様が鋭い声と共に、私の前に立ちはだかりました。
腰の剣を抜き放つその背中は、どんな時でも揺らがない「物理レイヤー最強の壁」そのものです。
「……侯爵、公爵家への直接攻撃は、王国に対する反逆だぞ。……覚悟はできているんだろうな?」
「……反逆? ……いいえ、これは『浄化』です。……行け! 我が家の地下で数百年眠っていた、最高の『レガシー・ハードウェア』よ! ……あの生意気な小娘を、その物理的な質量で粉砕せよ!」
侯爵が叫ぶと、背後の闇からズシン、ズシンと地響きを立てて「それ」が現れました。
それは、錆びついた金属と岩石を無理やり繋ぎ合わせたような、全長三メートルを超える古代の自律ゴーレムでした。
「……あれは……『古代式重装歩兵』!? ……現存していたのか!」
お兄様が驚愕の声を上げます。
そのゴーレムは、最新の精密な術式など一切使っていません。
純粋な「命令」が刻まれた石版を動力源とし、物理的な重さで押し潰すことだけを目的とした、極めて単純で、それゆえに『遮断空間』でも影響を受けない厄介な代物でした。
「……やばいわ。……あれ、最新のパッチが当たってないから、私の『逆ハッキング』が効かない。……完全なスタンドアロン機よ」
「……レティシア、難しいことはいい! ……パパが、あの『不具合』をスクラップにしてやる!」
お父様が地面を蹴り、ゴーレムの懐へ飛び込みました。
超人的な筋力から繰り出される一撃が、ゴーレムの巨大な腕を叩き斬ろうとします。
しかし――。
ガギィィィィン!
「……なっ!? ……硬い! 剣が通らないぞ!」
お父様の愛剣が、ゴーレムの表面を覆う『物理防御結界』に弾かれ、火花を散らしました。
ゴーレムは無表情に腕を振り上げ、丸太のような拳をお父様へと叩きつけます。
「……くっ!」
間一髪で回避したお父様ですが、石畳がクレーターのように抉れるのを見て、戦慄が走りました。
あのゴーレムは、魔力による攻撃を完全に無効化し、物理的な攻撃も『古い、重い、硬い』という単純な理由で撥ね除けています。
「……ハハハ! どうした、最強の公爵! ……最新の技術が使えぬ場所では、お前たちはただの脆弱な肉の塊に過ぎん!」
「……クソっ、……ネットが繋がってさえいれば、こいつの『共振周波数』を割り出して粉砕できるのに……!」
お兄様が、無反応のL-Padを必死に叩きます。
しかし、通信は遮断されたまま。システムさんのナビゲーションもありません。
(……考えろ、レティシア。……前世の私なら、こういう『ハードウェア・トラブル』にどう対処した?)
私は目を閉じ、脳内の「ローカル・ストレージ」に保存された知識を、高速で検索しました。
ネットワークがない。魔力が使えない。
ならば、残されているのは――。
(……『物理学(古典物理)』と『数学』……これだけは、どんな遮断空間でも変わらない世界の基本プロトコルよ!)
私は落ちていた小石を拾うと、お父様に向かって叫びました。
「お父様! ……力で押し切る必要はありません! ……そのゴーレムの『重心』と『固有振動数』を突くんです!」
「……じゅう……しん? ……何だそれは、レティシア! パパには専門用語はわからん!」
「……右足の付け根にある、三番目のジョイント! ……そこに、お父様の魔力を『一点に圧縮』して、叩き込んでください! ……波のように、一回ではなく『三連続』の衝撃で!」
私は即座に、目視による「物理演算」を開始しました。
ゴーレムの歩幅、質量、空気抵抗、そして錆びた関節の摩擦係数。
システムさんのサポートがないため、すべて私の「生身の脳(CPU)」による手動計算です。
F_impact = m * (dv / dt)
(……三秒後の接地タイミング。……角度は45度。……お父様の出力を最大にすれば、共振で内部構造を破壊できる!)
「……お兄様! 予備の『魔力バッテリー』を私に投げて! ……信号がダメなら、直接(有線)で繋ぐわ!」
「……! 了解だ、レティシア!」
お兄様が投げたクリスタルを、私は三歳児の小さな手で必死にキャッチしました。
それをL-Padの外部端子に強引に差し込み、私の魔力を「ブースト用冷却材」として流し込みます。
「――お父様、今よ! ……『一、二、三』のテンポで、叩いて!!」
お父様は、私の言葉を1bitも疑うことなく、ゴーレムの懐へ再突入しました。
「――おおぉぉりゃぁぁぁ!!」
ドォォォン! ドォォォン! ドォォォォォン!!
三連撃。
お父様の放った衝撃波が、ゴーレムの右脚に吸い込まれるように着弾しました。
直後――。
ギギギィ……パキィィィィン!!
「……なっ!? ……ば、馬鹿な! ……我が家の守護神が、あんなデタラメな攻撃で……!」
デ・マルク侯爵が目を見開きました。
ゴーレムの巨大な身体が、まるでガラス細工が壊れるように、右脚から派手に崩壊し始めたのです。
私が計算した通り、特定のタイミングで与えられた衝撃が、ゴーレムの内部にある「命令石版」の耐久限界を引き起こし、システムの緊急停止を誘発させたのです。
「……ふぅ。……『オフライン・デバッグ』完了、ね」
私は膝をつき、激しい頭痛に耐えながら、崩れ落ちるゴーレムを見上げました。
演算負荷が高すぎて、脳がオーバーヒート寸前です。
「……レティシア! よくやった! ……さあ、仕上げだ!」
お父様が崩壊したゴーレムの瓦礫を蹴り飛ばし、逃げ出そうとするデ・マルク侯爵の襟首を掴み上げました。
「……お、降参だ! 離せ! ……私は王宮の功労者だぞ、こんな扱いは許されん!」
「……黙れ。……私の娘を、あんなゴミ屑で押し潰そうとした罪は重い。……お前はこれから、王宮の地下牢という名の『隔離サーバー』で、一生反省してもらうぞ」
お父様の殺気立った声に、侯爵は腰を抜かして失神しました。
その時でした。
「沈黙の霧」が霧散し、周囲に再びL-NETの電波が戻ってきました。
《……復旧。……通信を再開します。……申し訳ありません、レティシア様。……未知のノイズにより、一時的にシャットダウンしていました。……怪我はありませんか?》
(……大丈夫よ、システムさん。……おかげで、たまには『手計算』も悪くないって再確認できたわ)
私がふらつく足で立ち上がろうとすると、背後から誰かが私を抱きしめました。
ユリウス王子です。
「……無事か、レティシア! ……通信が途切れたのを見て、すぐに騎士団を向かわせたんだが……。……まさか、自分たちだけで解決してしまうとはね」
「……ユリウス様。……遅いですわよ。……『緊急サポート窓口』への電話が、一番繋がってほしい時に繋がらないなんて、仕様として失格ですわ」
私はわざと不機嫌そうな顔をして、ユリウスの胸を小さな拳でポカポカと叩きました。
ユリウスは、困ったように、しかし愛おしそうに私を見つめ、私の額に滲んだ汗を指で拭いました。
「……すまない。……次は、私が君の『専用回線(専属騎士)』として、どんなノイズの中でも君の声を聞き取ってみせよう」
(……もう、この王子様は……。……隙あらば『独占ライセンス』の契約を結ぼうとするんだから)
こうして、聖教国のハッキングに続き、国内のレガシー勢力による「物理攻撃」も退けたレティシア。
しかし、今回の事件で明らかになったのは、自身の「肉体」の脆弱性と、強力すぎる「管理者権限」が招く嫉妬の嵐でした。
「……お兄様。……明日から、私の『物理防御パッチ(筋トレ)』のメニュー、二倍に増やして」
「……えっ。……レティシア、三歳児に筋トレはまだ早いんじゃ……」
「……いいえ、筋肉こそが最強の『バックアップ』よ。……パパを見てればわかるわ」
月夜の下、公爵家の馬車はゆっくりと走り出しました。
三歳の聖女は、次なるアップデート――「全土ネットワークのセキュリティ強化」と「自身のフィジカル強化」という、相容れない二つのタスクを並列処理しながら、静かに眠りに落ちるのでした。
【第11章 完】




