緊急アラート? 聖教国からの『強制アップデート(軍事介入)』
「……ちょっと、システムさん。昨日の『スパム攻撃』、やりすぎちゃったかしら? 王宮の地脈がかつてないほど安定したのはいいけど、西の空から飛んできている『これ』、明らかに正常なパケット(魔力)じゃないわよね」
翌朝、王宮のバルコニーで冷めたココアを飲んでいた私は、西の空――聖教国の方向から迫りくる、巨大な「光の輪」を眺めていました。それは雲を割り、空の色を強制的に塗り替えながら、不気味な速度で王都へと接近していました。
(……ねぇ、解析できる?)
《解。……対象は聖教国の広域殲滅術式『審判の光』の変異種と推定。……ただし、純粋な破壊魔法ではありません。……術式内部に、王宮の結界を強制的に上書き(オーバーライド)し、管理者権限を再取得するための『不正プログラム』が組み込まれています。……いわば、物理的な破壊を伴う『強制システムアップデート』です。》
(……一方的な仕様変更、それも武力行使を伴うなんて。……開発者の倫理観を疑うわね。……これはもはや、宣戦布告(プッシュ通知)よ)
「レティシア様! 大変です! 王宮の結界魔導師たちが、次々と意識を失っております!」
セバスが、転ばんばかりの勢いでバルコニーに駆け込んできました。その後ろには、すでに武装を整えたお父様とお兄様も続いています。
「……レティシア、あれは何だ!? パパの勘が『あれは斬っても斬れない面倒なやつだ』と言っているぞ!」
「お父様、正解です。……あれは光の形をした『悪質なファームウェア』よ。……王宮の古い結界に自分たちのコードを流し込んで、この国全体の機能を停止させようとしているの」
「……そんなことが可能なのかい!? ……あんな巨大な術式、維持するだけでも数千人の魔導師が必要なはずだ!」
お兄様がL-Padの観測データを見て絶句しています。
「……聖教国は、数百年かけて国民から魔力を『吸い上げる』集金システム(税制ならぬ魔制)を完成させているのよ。……彼らにとって、個人の意志なんてただのリソースに過ぎない。……だからこそ、あんな非人道的な『巨大クエリ』を投げられるの」
私はココアのカップを置くと、L-Padを両手で構え、空中に何十枚ものウィンドウを展開しました。
「……陛下に伝えて。……ここからは『国家防衛』のフェーズに入るわ。……王宮の騎士団も、街の自警団も、一歩も動かないで。……物理的な干渉は、かえってウイルスの感染を広げるだけよ」
「……レティシア、お前一人でやるつもりか!? ……パパにも何か手伝わせてくれ!」
「お父様には、大事な役割があります。……これから私が、王国全土のL-Padから『演算リソース』を一時的に徴用します。……その際、ネットワークに負荷がかかって、国民がパニックになるはず。……お父様は、SNS(L-TALK)で『これは公式のメンテナンスだから安心しろ』と、力強い投稿を連投してください!」
「……わ、わかった! 『パパが守ってやるから安心しろ!』と、全力で連投しよう!」
お父様が必死にL-Padを叩き始めました。……うん、ある意味、最強の広報(広報)担当ね。
空に浮かぶ「審判の光」が、王都の真上に到達しました。
巨大な魔法陣から、細い光の糸が無数に降り注ぎ、王宮の屋根や壁に触れた瞬間、パチパチと紫色の火花を散らします。
《警告。……外部からの不正アクセス、第一層を突破。……王宮の全システムを凍結させるコードが流し込まれています。……このままでは、あと300秒で王国の全魔導具が停止します。》
「……させないわよ。……『中央集権』が負けるなら、こっちは『分散処理』の力で押し切るだけ。……お兄様、私の演算をサポートして!」
「……了解だ! ……レティシア、君の『盾』の仕様書は、僕の頭に入っているよ!」
私はL-Padのインターフェースを、通常のキーボードから「スロットル・コントローラー型」に切り替えました。……まるで、巨大な獲物を釣り上げる『釣り竿』のような感覚で、空からの魔力を「フック」し、受け流すための操作感。
「……王国中のL-Padユーザー……15万人。……今だけ、みんなの『アイドルタイム(空き魔力)』を借りるわよ。――『動的防衛クラスタ(ダイナミック・シールド・メッシュ)』、起動!!」
私は、空に向かって複雑な「防御数式」を撃ち込みました。
S_def = ∫ (P_i * dV) / R^2
変数の定義:
S_{def}: シールドの空間密度
P_i: 各ユーザーから徴用した分散魔力パケット
dV: 王都の上空を覆う微小体積
R: 攻撃源(審判の光)からの距離
「――見せてあげるわ。……これが、個人の意志を繋いだ『民主的な防御壁』よ!!」
私がL-Padのレバーを引き上げると、王都中の家々、路地、そして騎士たちの手元から、淡い青色の光が立ち上りました。
その光は空中で網目状に繋がり、聖教国から降り注ぐ「強制アップデートの光」を、パチン! と弾き返したのです。
「……な、なんだ!? 空が……空が青い網に包まれている!」
「……見て! 聖教国の光が、霧散していくぞ!」
街中の人々が空を見上げて叫びます。
聖教国の「巨大な一撃(一括処理)」は、レティシアが構築した「無数の小さな盾(分散処理)」によって、そのエネルギーを細分化され、完全に無力化されていきました。
「……クッ。……まだ、終わらないわ。……システムさん、敵の『送信元(IPアドレス)』は固定されてる?」
《肯定。……聖教国・中央大聖堂の地下にある、巨大魔導炉からの定点送信です。……逆ハッキングによる『強制シャットダウン』が可能です。》
「……やりなさい。……『仕様変更を押し付けるなら、自分たちのシステムの脆弱性を直してからにしなさい』……って、エラーメッセージを添えて送り返して!」
私は、弾き返した光のエネルギーを、そのまま「巨大な返信パケット」に変換し、西の空へと射出しました。
数秒後。
西の地平線で、一瞬だけ眩しい閃光が走りました。
聖教国を統べる「教皇庁」のシステムが、レティシアからの『強烈なエラー返信』を受け取り、物理的にショートした証拠でした。
空を覆っていた魔法陣が、ガラスが割れるような音を立てて崩壊していきます。
王都に、再び平和な朝日が差し込みました。
「……ふぅ。……リリース後の不具合対応(緊急デバッグ)にしては、ちょっとハードすぎたわね……」
私はその場に膝をつきました。
15万人の魔力を同時に制御した反動で、視界がチカチカと点滅しています。
「レティシア! 大丈夫か!」
お父様が駆け寄り、私を抱き上げました。
お兄様も、自分のL-Padで「敵システム停止」のログを確認し、安堵の涙を浮かべています。
「……レティシア。君は……また世界を救ってしまったんだね。……しかも、今度は『国民全員の力』を借りて」
「……お兄様、借りた魔力は……後でちゃんと、通信速度の向上(キャッシュの最適化)で返しておくわ……」
私はお父様の腕の中で、うとうとと目を閉じました。
しかし、その時、L-Padに一通の「重要通知」が届きました。
《通知。……聖教国からの通信は途絶しましたが、王宮内部から新たな『管理者ログイン』を検知しました。……場所は、陛下の私室。……ログインID:【ユリウス・フォン・王太子】。》
(……ユリウス王子……? ……まさか、この混乱に乗じて、私のシステムの『バックドア』を自分で作ろうとしているの?)
三歳の聖女は、休む暇もなく訪れる「身内の不具合(裏切り)」の予感に、小さく溜息をつくのでした。
【第10章 完】




