領民全員エンジニア? 公爵領で始まった『ハッカソン』に聖女が参戦します
「昨日の今日でこれなの……?」
私が朝、目覚めて最初に目にしたのは、天井に投影された巨大な『イベントスケジュール』のホログラムでした。
(……ねぇ、システムさん。私の部屋の壁、いつの間にか全面プロジェクター仕様になってるんだけど。誰が施工したの?)
《解。……昨夜、レティシア様が就寝された後、領都の『工務魔導エンジニア・ギルド』の有志100名が、音消し魔法を併用して超高速施工を行いました。……目的は、本日開催される『第1回グランヴェル・イノベーション・ハッカソン』の告知です。》
(……領民の技術が、もはや隠密の領域にまで達してるじゃない。……っていうか、ハッカソンって何よ。誰がそんな単語を教えたのよ)
鏡を見ると、パジャマ姿の三歳児が、絶望的な顔で頭を抱えていました。
階下からは、お父様の豪快な笑い声と、お兄様の興奮した声、そして……何やら「カチカチ」という、大量のキーボード(魔導板)を叩く音が聞こえてきます。
公爵邸の広場。そこは、私が知っている「優雅な貴族の庭園」から、完全に「テック企業の展示会」へと変貌を遂げていました。
テントが並び、その中では領民たちが熱心にL-Pad(魔導板)を操作し、空中に浮かぶ半透明のソースコードを弄っています。
中には、農作業着のまま「コードの最適化こそが真の肥やしだ!」と叫んでいるおじさんまでいます。
「レティシア! お目覚めかい? さあ、見てごらん! 今日は君の帰還を祝して、領地で最も優れた『プロダクト』を決める大会……君の言葉を借りれば『ハッカソン』を開催することになったんだ!」
お父様(アラリック公爵)が、満面の笑みで私を迎えました。
「……お父様。……まさか、私が審査員なの?」
「もちろんだ! 我が娘に認められることこそ、領民たちの最高の名誉だからな!」
(……いや、三歳児に審査される大人たちって、どうなのよ)
その隣では、お兄様のシエルが、すでにスタッフ用のTシャツを着ていました。
「レティシア、僕は今日は『技術部門のサポートスタッフ』だよ。……いやぁ、領民たちがこんなに自主的に技術を開発するようになるなんて、感慨深いね」
「……お兄様まで、すっかりイベント運営側じゃない」
「だって楽しそうじゃないか」
お兄様は、いつになく楽しそうに笑いました。
さらに、その後ろではセバスがL-Padを片手に、参加者の管理を行っています。
「参加者登録、完了しました。……現在、エントリー数は327件です」
「……327!?」
「はい。農業部門、工業部門、生活部門、魔導研究部門など、多岐にわたっております」
「……一晩でよくそこまで集めたわね」
「皆様、レティシア様に成果を見ていただきたい一心で、昨夜はほとんど眠っておりません」
「…………」
私は頭を抱えました。
(……私が帰ってきたことで、領民たちの技術競争に火がついちゃったのね)
《通知。……領内の技術開発意欲が前日比で340%上昇しています》
(……数字で言われると余計に怖いわ)
やがて、会場中央の巨大な時計型魔導具が光り始めました。
《第1回グランヴェル・イノベーション・ハッカソン、開始します》
「「「おおおおおおおおっ!!」」」
大歓声が上がりました。
私は審査員席へと座らされました。
左右には、お父様とお兄様。
そして、正面には大勢の領民たち。
(……本当に始まっちゃった)
「エントリーナンバー1番!」
最初に壇上へ上がったのは、農家の男性でした。
「俺が作ったのは、『完全自動・作物健康管理システム』です!」
彼がL-Padを操作すると、畑の映像が空中に表示されました。
「土壌の水分、温度、養分、日照量を全部リアルタイムで計測し、作物ごとに最適な水やりと肥料の量を自動計算します!」
「……これはいいわね」
私は思わず身を乗り出しました。
「去年までの『スマート・アグリシステム』を、さらに個々の作物単位まで細分化してる。……無駄な散水も減るし、収穫量も上がるわ」
「本当ですか!?」
男性の顔が輝きました。
「はい。合格候補ね」
「ありがとうございます!」
会場から拍手が起こりました。
続いて、二番目の参加者。
「俺は、『自動お掃除ゴーレム』を開発しました!」
小さなゴーレムが壇上を走り回り、床に落ちた埃を吸い込んでいきます。
「……なるほど」
私はゴーレムを観察しました。
「障害物回避機能は?」
「あります!」
「階段は?」
「対応しています!」
「水場は?」
「……まだです!」
「じゃあ、次のアップデート課題ね」
「はい!」
領民たちは、私の言葉を一つ一つ真剣にメモしていました。
(……なんだか、学校の先生になった気分ね)
三番目。
「私は、家畜の健康管理システムを作りました!」
豚の体温、食事量、睡眠時間、活動量までL-Padに表示されます。
「……豚に睡眠時間まで必要なの?」
「はい! これを導入してから、豚のストレス値が大幅に下がりました!」
(……畜産DXが進みすぎてる。豚にメンタルケアが必要な時代なのね)
四番目。
「私は、商店向けの在庫自動管理システムです!」
そして五番目。
「エントリーナンバー5番! 鍛冶屋のトムです! 『無限・高速・自動研磨機(クラウド同期型)』を作りました! 研ぎ具合のデータをクラウドに上げれば、他の鍛冶屋と『切れ味の偏差値』を競い合えます!」
(……職人の世界にまで競争アルゴリズムを導入しちゃった。砥石のIoT化なんて聞いたことないわよ)
プレゼンが進むにつれ、会場の熱気は高まっていきます。
しかし、エンジニアとしての私の目は、ある深刻な問題に気づき始めました。
(……ねぇ、システムさん。彼らのコード……っていうか術式の構成、見て。……動いてはいるけど、かなり『無理』をしてるわよね?)
《肯定。……全プロダクトにおいて、過剰な魔力消費が発生しています。……特に、バックエンドの処理をすべて地脈のメインサーバー(私)に丸投げしているため、このままでは30分後に領地のネットワークがパンク(ダウン)します。》
(やっぱり……。……みんな、『動けばいい』の精神でコードを書きすぎなのよ。これ、典型的な『技術的負債』の山じゃない!)
その時、一人の若い女性が壇上に上がりました。
彼女は、私が以前「回覧板のデジタル化」を手伝った、村の受付嬢のマリーさんでした。
「レティシア様、見てください! 私たちが作ったのは……『レティシア様・追っかけ専用・高精度位置トラッキング・システム』です! 領内のどこにレティシア様がいても、0.1秒で捕捉し、全領民のL-Padに『今、右側の頬っぺたを膨らませました!』と通知が飛びます!」
会場から「おおおおぉぉぉ!」という地響きのような歓声が上がりました。
お父様に至っては「素晴らしい! 採用だ! 国全土に展開しろ!」と立ち上がって拍手しています。
(……プライバシーの侵害(個人情報漏洩)もいいところよ! しかもこれ、無駄にリアルタイム・レンダリングしてるから、魔力の帯域をめちゃくちゃ食ってるじゃない!)
《警告。……領内ネットワークの負荷が95%を超えました。……メインコア(レティシアの自室の水晶)が臨界点に達します。……カウントダウン開始。》
「……ちょっと、お父様もお兄様も盛り上がってる場合じゃないわ! このままじゃ、領地中の魔導板がショートして爆発するわよ!」
私はたまらず、審査員席を飛び出して壇上に上がりました。
三歳児の小さな体が、巨大なステージの真ん中に立ちます。
「……静かにして! ――『システム・割り込み(インタラプト)』!!」
私の声がスピーカー(拡声魔導具)を介さず、全領民の脳内に直接響きました。
一瞬で静まり返る会場。
「……みんな、やる気は認めるわ。でも、これじゃあダメよ。……コードが汚すぎる(スパゲッティすぎる)わ!」
「……汚い……? レティシア様、私たちの精一杯の魔術文字が……?」
ショックを受ける領民たち。
私はL-Padを操作し、会場の空中に巨大なデバッグ画面を展開しました。
「……いい? この『追っかけシステム』だけで、領地の魔力の半分を無駄遣いしてるわ。……おじさんの研磨機も、わざわざクラウドに上げる必要のないゴミデータまで送信しすぎ。……これ、全部一気に『リファクタリング(最適化)』するわよ!」
私は指を高速で動かし始めました。
三歳児の指先が残像となり、空中の文字が次々と書き換えられていきます。
[実行コマンド: Optimize_All_Active_Scripts ]
[処理: 不要なループの削除、パケットの圧縮、および非同期通信の実装 ]
「……豚のお悩み相談AIは、エッジ計算(端末側)で処理。……研磨機は、差分データだけを送信。……そしてこの『追っかけシステム』は……――『恒久的にアクセス禁止(アクセス拒否)』よ!!」
私がEnterキー(を模した魔法陣)を叩いた瞬間、会場中のL-Padが一斉に青い光を放ち、それから静かに安定したリズムで点滅を始めました。
《通知。……全ネットワークの負荷が8%まで低下しました。……処理能力が以前の100倍に向上し、地脈のストレスも解消されました。》
「…………あ。……魔導板の反応が、さっきよりずっと速い……」
「……術式が……透き通って見える……。これ、こんなに短く書けるものだったのか……?」
魔導師やエンジニア化した領民たちが、自分の手元の画面を見て震えています。
お父様も、感動したように私を見つめています。
「……レティシア。お前は本当に、すごいな……」
「……お父様。感心してる場合じゃありません」
「な、何?」
「このコード、まだ直すところが山ほどあります」
「…………」
お父様の顔が引きつりました。
お兄様は、なぜか嬉しそうです。
「僕も手伝うよ」
「お兄様……ありがとうございます」
「もちろん」
私は会場全体を見渡しました。
「……みんな、やる気はあるみたいね」
領民たちが一斉に姿勢を正します。
「だったら――」
私はL-Padを掲げました。
「今日から一週間、全員強制的に私の『コードレビュー』を受けてもらうわ。……覚悟はいいわね?」
会場は、一瞬の静寂の後、これまでで最大の歓声に包まれました。
「聖女様の直接指導だ!」
「これで俺たちのコードも『神の領域』に行けるぞ!」
(……この人たち、M(デバッグ属性)なのかしら。……まぁ、やる気があるのはいいことだけど)
お父様は「レティシアが壇上で皆を叱る姿も、天使のように神々しい……」と、新しい通知設定が消されたことにも気づかず感動していました。
こうして、『第1回ハッカソン』は、いつの間にか「レティシア先生による地獄のブートキャンプ」へと姿を変えました。
その夜。
私は自分の部屋で、領民たちが提出した「修正後のコード」を一枚ずつチェックしていました。
(……ふふ。……でも、この自動散水システムの改善案は、なかなかセンスがいいわね。……私の教えた基礎を、ちゃんと自分たちの生活に合わせて応用してる……)
《通知。……領地内の技術指数(IQ)が平均20ポイント上昇しました。……称号:【最強のCTO(最高技術責任者)】を獲得しました。》
(……CTO。……もう、どこまで出世させれば気が済むのよ)
私は、少しだけ誇らしげに微笑みながら、窓の外に広がる、今までよりもずっと静かで、けれど力強く明滅する領地の光を見つめました。
三歳の聖女兼CTOの夜は、まだまだ終わりそうにありません。




