最終決戦? 帝都の地下に眠る『暗黒のデータセンター』を叩き潰します
スパイとして潜入していた若い魔導師から絞り出した情報は、驚くべきものでした。帝都の地下、古の皇帝たちが逃げ場として築いたとされる広大な地下迷宮のさらに底に、この大陸の地脈を物理的に捻じ曲げ、全マナを強制吸い出し(フル・ダンプ)するための「巨大な計算機」が隠されているというのです。
(……ねぇ、システムさん。地脈のログを再確認して。帝都の地下300メートル地点に、異常な『書き込みリクエスト』が集中してるわよね?)
《肯定。……地下深部において、非正規の魔導回路が網目状に張り巡らされています。……目的は、大陸全土のマナを一つの点に集約し、強制的に『世界システムの再構築』を実行することと推測されます。……現在の進捗:85パーセント。》
(……85パーセント。OSのクリーンインストールを勝手に始めようとしてるわけね。……バックアップも取らずにそんなことさせるわけにはいかないわ)
「レティシア、準備はいいかい? ……地上の『大公』は僕が管理している。何かあっても、地上側のネットワークは僕が死守するよ」
お兄様のシエルが、自作のポータブル魔導端末を抱え、真剣な眼差しで私に告げました。彼は地上に残り、私の「遠隔通信」を維持する中継局の役割を引き受けてくれます。
「ありがとうございます、お兄様。……お父様、行けますか?」
「ああ、もちろんだ。……我が娘の安眠を妨げる『深淵のネズミ』どもめ。その根城ごと、跡形もなく消去してやろう!」
お父様(アラリック公爵)は、愛剣にこれまで見たこともないほどの高密度な魔力を纏わせていました。その後ろには、私に「教育」されたことで逆にやる気に火がついた帝国魔導師たちの精鋭が控えています。
私たちは、帝都の中央広場にある隠し通路から、地下迷宮へと足を踏み入れました。
地下深くへ進むにつれ、空気はひりつくような「電気的な緊張」に支配されていきました。壁には血管のように不気味に明滅する銀色の配線(魔導ケーブル)が走り、そこを膨大な量のマナが、一方向に向かって高速で流れています。
「……ひどいノイズだ。……レティシア、足元に気をつけて。マナの奔流が物理的な震動になって床を揺らしている」
「大丈夫です、お父様。……システムさん、ノイズキャンセリング展開。視界のレイテンシを最小化して」
《了解。……フィルタリング処理を実行。……ターゲット・サーバーの心臓部まで、あと500メートル。》
最深部の扉を、お父様が物理的な衝撃波で吹き飛ばしました。
そこに広がっていたのは、もはや魔法の世界とは思えない光景でした。
数千、数万という魔力水晶が整然と棚に並べられ、それらがすべて一本の巨大な「黒い塔」へと繋がっています。
「――ようこそ、王国の小さなデバッガー。……そして、脳筋の公爵殿」
塔の頂上、空中に浮かぶ半透明の座に、一人の男が座っていました。
ボロボロのローブを纏っていますが、その瞳には狂気的なまでの「論理」への執着が宿っています。
彼こそが、これまで何度も私たちの邪魔をしてきた『深淵のエンジニア』。
「……おじさん、趣味が悪いわよ。……世界中のマナを独占して、一体何を『デプロイ(展開)』するつもり?」
「くくく。……この不完全な世界は、もはや修復では救えない。……一度すべてを『フォーマット』し、私が設計した完璧な理を持つ新世界をインストールするのだ。……『プロジェクト・ジェネシス』。……そのためのリソースとして、この大陸の全マナが必要なのだよ」
「……勝手な仕様変更ね。……ユーザー(民衆)の同意も取らずに、そんな大規模なアップデートを強行するなんて、エンジニア失格よ!」
私はL-Padを掲げ、黄金のウィンドウを十数枚、一気に展開しました。
「――お父様! 物理レイヤーの破壊をお願いします! 私は論理レイヤーから『強制終了』をかけます!」
「承知した! ……我が娘の言葉は絶対だ! ……『神速の断罪・ワールド・ブレイカー』!」
お父様が光の速さで踏み込み、黒い塔の基部を斬りつけました。
しかし、塔からは漆黒の障壁が展開され、お父様の剣を弾き返します。
『無駄だ、公爵。……この塔は世界中の地脈と直結している。……物理的な攻撃など、無限に湧き出すマナで瞬時に修復される……』
「……なら、その『修復のルール』を書き換えるまでよ!」
私の指が、L-Padの上で火を噴くような速さで踊りました。
[実行コマンド: Analyze_Firewall_Pattern ]
[ステータス: 解析完了。脆弱性を発見。 ]
「……システムさん。……敵の防御プログラムの『バッファ』をオーバーフローさせて。……そこに、私の『強制停止コード』をインジェクション(注入)して!」
《了解。……DDoS攻撃(魔力パルス波)による負荷増大。……脆弱性を突いて、ウイルス……いえ、レティシア様特製の『デバッグ・ツール』を挿入します。》
[計算式: Force_Exit = (Gravity_Magic / Space_Volume) × Admin_Kill_Signal ]
「――いけッ!!」
私の叫びと共に、黒い塔の障壁が激しく点滅し、一部が「黄金色」に染まりました。
そこから、私の意志がシステムの中枢へと侵入していきます。
『な、何だと……!? 私の鉄壁のセキュリティを、物理的な負荷と論理的な割り込みで同時に突破したというのか!?』
「……おじさんのコード、美しいけれど『冗長(無駄が多い)』なのよ。……一度綻べば、そこから全部崩れるわ」
「今だ! レティシアが道を作ってくれたぞ! ……野郎ども、娘に恥をかかせるな! 叩き潰せ!」
お父様の号令と共に、帝国魔導師たちが一斉に「最新の論理魔法」を放ちました。
それらは個別の攻撃ではなく、私のシステムを介して「分散型攻撃」として統合され、黒い塔の各ノードを次々と粉砕していきます。
「……おのれぇ……! ならば、強制的にお前たちの魔力を吸い尽くして……」
『深淵のエンジニア』が腕を振り上げると、周囲の魔力水晶が赤く光り、私たちの魔力を無理やり引き抜こうとする「ドレイン・スクリプト」が発動しました。
(……くっ、吸い出し速度(転送レート)が速すぎる……! 体が……重い……!)
「レティシア! パパが防ぐ! ……うぉぉぉぉ!!」
お父様が自らの魔力を盾にして、私に降り注ぐ「吸い出し」の波動をすべて正面から受け止めました。
その筋肉が悲鳴を上げ、全身から汗が噴き出します。
「お、お父様……! 無理しないで……!」
「……気にするな、レティシア。……パパは……これくらいが……ちょうどいい……準備運動だ……。……さあ、その『ゴミ』を、早く消してしまえ……!」
お父様の命を削るような献身に、私の心に熱い火が灯りました。
(……よくも、私のお父様を傷つけてくれたわね。……許さない。このサーバーごと、宇宙の果てまで『抹消』してあげる!)
私は、これまでの人生で培った全演算能力を、ただ一つのコマンドに集中させました。
背後には、天に届くような巨大な「Enterキー」の幻影が現れます。
[実行コマンド: rm -rf /World_Destruction_System ]
[オプション: --no-preserve-root --force ]
「――『究極デリート・レティシア・ノヴァ』!!」
ドォォォォォォォォォォン……ッ!!
黄金の光が、地下空間のすべてを飲み込みました。
黒い塔は、根元から「論理的に分解」され、光の粒子となって消えていきます。
『深淵のエンジニア』の叫び声が響きましたが、それも一瞬。
彼の座していた座も、彼自身のアバターも、私の放った「最強の消去コマンド」によって、ビット単位で分解されていきました。
《通知。……暗黒データセンターの物理的、および論理的な破壊を確認しました。……吸い出されていたマナを、正規の地脈へとリストア(復元)します。》
地下迷宮に、静寂が戻りました。
崩れ落ちた塔の跡地には、清らかなマナの風だけが吹き抜けています。
「……レティシア。……終わったのかい?」
お父様が、膝をつきながらも、私に優しい笑顔を向けました。
「……はい、お父様。……バックアップも取らせず、完全に『初期化』しました」
私はお父様に駆け寄り、その大きな体に抱きつきました。
お父様はボロボロになりながらも、愛おしそうに私を抱き上げます。
「……ははは。……さすがは私の娘だ。……世界を救うデバッガー、か。……最高にかっこいいぞ」
その時、消えゆくマナの残滓の中から、小さなメッセージ・ウィンドウが一つだけ浮かび上がりました。
[ 受信メッセージ: ……今回は、私の負けだ。……だが、システムの『深淵』はここだけではない。……次は、王国の『聖杯』のプロトコルで会おう、お嬢ちゃん ]
(……逃げたわね、おじさん。……でも、次は逃がさないわ。……あなたの『聖杯』だか何だか知らないけど、次も一文字残らずデリートしてあげるから)
《通知。……帝国救済の功績により、帝国皇帝より【終身名誉管理者】の称号を授与されました。……また、あなたのファンクラブ『聖女レティシアのデバッグ教』が帝国全土で結成されました。》
(……ファンクラブ? ……教団? ……もう、帝国の人たちも、王国と同じくらい重症ね……)
私は、跪いて祈りを捧げる帝国魔導師たちを横目に、お父様の腕の中で深い眠りに落ちました。
帝国遠征編、完結。
しかし、レティシアの「世界の不具合を修正する旅」は、さらなる深淵へと続いていくのでした。
【第8章 完】




