帝都のスナック? 効率化しすぎて暇を持て余した魔導師たちを再教育します
「大公」のリファクタリングを終えた翌朝。帝都ガルアの空気は、昨日の重苦しいマナの澱みが嘘のように、清々しい秋晴れのような透明感に包まれていました。
(……ねぇ、システムさん。帝都のマナ指数、一気に『正常値』まで下がったわね。というか、下が白すぎて背景が見えないレベルなんだけど)
《解。……魔導演算機『大公』の最適化により、未処理の残留マナ(ゴミデータ)が完全に一掃されました。……現在、帝都内の魔導具の応答速度は以前の8,000倍を記録。……これに伴い、帝都全体の業務効率が劇的に向上し、『やることがなくなった人間』が急増しています。》
(……あぁ、自動化の弊害ね。今まで丸一日かかっていた処理が0.1秒で終わるようになったら、そりゃあ手持ち無沙汰にもなるわよね)
私は、お父様の腕に抱かれて演算所の廊下を通りかかりましたが、そこで目にした光景に思わず目を疑いました。
廊下のベンチや階段の隅で、昨日まで必死に「大公」を抑えていたエリート魔導師たちが、魂が抜けたような顔で虚空を見つめて座り込んでいたのです。
「……終わった。……私の、三十年にわたる『バグとの戦い』が、あんな数行の数式で終わってしまった……」
「……今日の仕事がない。……明日も、明後日も、マナの調整が必要ない……。私は、明日から何を杖で叩けばいいんだ……」
「レティシア、見てごらん。……彼らは、あまりの『効率の良さ』に絶望しているよ。……まるで、一生かけて解こうとしていた難問を、通りすがりの子供に一瞬で解かれた学者のようだね」
お兄様のシエルが、複雑な表情で彼らを見つめています。
「ふん、情けない連中だ! 暇なら私の騎士団の訓練にでも付き合え! 魔法の調整がなくなったのなら、物理で体を鍛えればいいだろうが!」
「……お父様、それは彼らにとって死刑宣告に等しいです。……うーん、これはまずいわね。……システムの最適化はしたけれど、ユーザー(人間)の『メンタル・ケア』を忘れていたわ」
私はお父様の腕からぴょんと降りると、リーダーのボルグ老人の前で立ち止まりました。
「ボルグさん。……そんなところで『フリーズ』していても、リソースの無駄遣いですよ」
「……あ、ああ。……レティシア様。……しかし、我々にはもう、成すべき術式がないのです。……あなたの作った『三万行』は完璧すぎて、我々が手を加える隙がどこにも……」
「……なら、新しい仕事を始めればいいじゃないですか」
私がL-Pad(魔導板)を掲げると、そこには昨夜、私がこっそり構築しておいた「帝都版L-NET」の管理画面が表示されました。
「……新しい、仕事……?」
「はい。……今までのあなたたちの仕事は、『壊れかけの古い機械を、騙し騙し動かすこと』でした。……でも、これからの仕事は、『新しくなったシステムを使って、世界をより良くすること』です」
私は演算所の一角にある、今は使われなくなった旧・会議室を指差しました。
「そこを、帝国の『魔導開発センター』……通称【スナック・ガルア】として再定義します。……今日からあなたたちには、私の教える『次世代型プログラミング』の講習を受けてもらいます」
「……プロ……グラ……?」
「簡単に言えば、『魔法の正しい書き方』です。……あなたたちのこれまでの経験は、ゴミではありません。……ただ、書き方が『古すぎる(レガシー)』だけ。……それを現代風に翻訳する方法を教えます。……さあ、立って!」
一時間後。
かつての帝国最高位魔導師たちが、私の前にずらりと並んで座らされていました。三歳児の私による、スパルタ式「コーディング・ブートキャンプ」の始まりです。
「――いいですか。……魔法とは『気合』や『祈り』で書くものではありません。……それはただの『変数』と『関数』の組み合わせです。……ボルグさん、そこの火球の術式、無駄に長いわよ! ……『熱量』を直接指定すればいいのに、なぜわざわざ『火の精霊の吐息を数え上げる』なんてループ処理をしてるんですか!?」
「……し、しかし、それは古来より伝わる正統な……」
「……非効率です! デリート! ……もっと論理的に、DRY(Don't Repeat Yourself)……同じことを二度書かない! ……お兄様、彼らのコードをレビュー(添削)してあげてください」
「……了解、レティシア。……あぁ、ここの記述、ポインタの使い方がめちゃくちゃだよ。……これじゃあ魔力が漏れる(メモリリーク)のも当然だね」
お兄様もノリノリで講師を務め始めました。
一方、お父様は部屋の隅で、巨大な腕組みをしながら監視役を務めています。
「おい、そこの魔導師! レティシア先生の教えをメモしていないぞ! やる気がないなら、今すぐ我が家の騎士団との『物理デバッグ(スパーリング)』の刑だぞ!」
「ひっ、ひぃぃ! 書きます! 書かせていただきます!」
お父様の物理的な圧力のおかげで、講習の集中力は極限まで高まりました。
「……さぁ、次は『条件分岐(If文)』の練習です。……『もし、敵の魔力が自分の二倍以上なら、自動で防壁を三重に展開する』。……これを、わずか三行で記述してください」
魔導師たちは、これまで「三ページにわたる詠唱」が必要だと思っていたことが、わずか数文字の組み合わせで実現できることに気づき始めました。
その瞳に、絶望ではなく、新しい技術に対する「好奇心」という名のパッチが当てられていきます。
「……すごい。……術式が、こんなに鮮やかに……。……これが、レティシア様の見ていた世界なのか……」
「……これなら、もっと高度な、例えば『自動で家事をこなす魔導人形』の制御だって夢じゃないぞ……!」
(……よし、いい感じ。……エンジニアの魂を呼び覚ませば、彼らは勝手に進化してくれるわね)
講習が一段落した頃、私は休憩として彼らに「L-Pad(魔導板)」を貸し出しました。
すると、王都の貴族たちと同じ現象が、帝国の魔導師たちの間でも起こり始めました。
「おい、見ろ! 王国のユリウス王子が『今日はレティシア様と一緒にランチをしたかったが、叶わなかった』と嘆きの投稿をしているぞ!」
「私はそれに対し、帝国の最新スイーツの画像をリプライ(返信)してやった! 王国に自慢してやるんだ!」
(……ここでもSNS依存が始まっちゃった。……まぁ、暇つぶしにはちょうどいいわよね)
しかし、皆が画面に夢中になっているその時。
私のL-Padの管理画面に、真っ赤なアラートが走り抜けました。
《警告。……『大公』のサブ・プロセッサにおいて、異常なアクセスを検知。……講習中の魔導師の一人のアカウントが、外部からハッキング(乗っ取り)されています。》
(……っ!? ……やっぱり、このタイミングで来たわね。……教室内からの攻撃!)
私は鋭い視線で、教室の最後列に座っていた若い魔導師を射抜きました。
彼は、他の魔導師たちが楽しそうに板を操作する中、一人だけ青白い顔をして、猛烈な勢いでL-Padを叩いていました。
「……お父様、お兄様。……『バグ』を見つけました」
私が言うと同時に、お父様が音もなくその青年の背後に立ちました。
「な、何だ……? 私はただ、練習問題を解いているだけで……」
「……嘘を言わないでください。……あなた、今『大公』のセキュリティ・ログを外部に送信しようとしましたね? ……その術式の癖……『深淵のエンジニア』から教わったものね」
私が冷たく指摘すると、青年の顔が歪みました。
「……くっ、バレたか! ……だがもう遅い! 帝国の『大公』を書き換えたその最新のコード、全て我らがマスターの元へ……」
「……全部、ダミー(偽物)よ」
私はふんと鼻を鳴らしました。
「……あなたが必死に送信していたのは、最新のコードじゃなくて、『レティシア様は世界一可愛い』という文字列を百万回繰り返すだけの嫌がらせファイルです。……お疲れ様。……あなたの接続、今キルしました」
「な……何だとぉぉぉ!?」
青年が叫ぶと同時に、お父様の手が彼の首根っこを掴みました。
「レティシア、この『スパイ(ウイルス)』はどう料理してやろうか? 物理的にアンインストール(排除)して構わんか?」
「……いえ、お父様。……彼から『深淵のエンジニア』の居場所を吐かせます。……パケットの逆探知はもう終わっていますが、物理的な確証が欲しいですから」
私は、震える青年を見下ろし、三歳児とは思えない不敵な笑みを浮かべました。
「……おじさんに伝えて。……私のコードを盗もうなんて、一億年早いわ。……次、同じことをしたら、あなたの脳内チップ……いえ、魔導回路を直接ハックして、一生『猫の鳴き声』しか喋れないようにしてあげる、ってね」
《通知。……スパイの検挙により、帝都のセキュリティ・レベルがさらに向上しました。……称号:【冷徹な試験官】を獲得しました。》
(……試験官。教育から捜査まで、三歳児の仕事量じゃないわよ、本当に)
「スナック・ガルア」に集まった魔導師たちは、その光景を見て、改めて「レティシア様を怒らせてはいけない」と心に誓ったのでした。
帝国の魔導革命は、ただの効率化だけではありません。
それは、旧時代の悪意を焼き払い、新しい「論理」で世界を再定義する、少女の挑戦の続きなのです。




