カウンター・ハック! 敵の拠点を特定したので、物理的にデリートしに行きます
私の構築した『L-NET(魔導通信網)』に、不気味なノイズが混じり始めてから数時間。王都の貴族たちが「いいね」の数に一喜一憂している裏で、私は自室の端末(特大魔力水晶)の前に張り付いていました。
(……見つけたわ。私のパケットをミラーリングして、外部の非公開サーバーへ転送しているバックドア。……しかも、暗号化アルゴリズムをリアルタイムで解析して書き換えてる。……ふん、いい度胸じゃない)
《警告。……侵入者は『管理者権限』の奪取を試みています。……現在のディフェンス成功率:99.8%。……ただし、相手は地脈の『ノイズ』を偽装して追跡を回避しています。》
(……逃がさないわよ。……システムさん、囮を用意して。……中身は、偽造した『王国の極秘防衛マップ』。……欲しがりそうなエサを流せば、必ず食いつくわ)
「レティシア、夜食を持ってきたよ。……って、またそんなにモニター(水晶)を見つめて。……目が悪くなるよ?」
お兄様のシエルが、温かいミルクとクッキーを持って部屋に入ってきました。私の真剣すぎる横顔を見て、彼は困ったように笑いながらも、私の隣に椅子を引いて座ります。
「お兄様、ちょうどいいところに。……今、私のネットワークを盗聴している『ドブネズミ』を追い詰めているところなんです。……ちょっとだけ、演算の補助をお願いしてもいいですか?」
「ドブネズミ……? ……また、あの『深淵のエンジニア』かい? ……わかった、僕にできることなら何でも手伝うよ」
お兄様が頼もしく頷きました。
私はL-Padの画面を操作し、偽装データをネットワークへ流し込みます。
[実行コマンド: Set_Honeypot(Fake_Secret_Data) ]
[ステータス: ターゲットがファイルをダウンロード開始……。 ]
(……食った! ……今よ、逆探知開始!)
[計算式: Trace_Route = (Mana_Signature / Connection_Node) ^ Reverse_Logic ]
水晶の画面に、王都の地図が高速で展開されました。光の筋が複雑な路地を抜け、城壁を越え、王都郊外の北に位置する「嘆きの森」の深部にある、放棄された古い地下霊廟へと繋がります。
「……特定しました。……座標、北32.5、東14.8。……地下30メートル。……ここが、彼らの『外部ノード』……通信の中継基地です」
「……旧市街のすぐ近くじゃないか。……灯台下暗し、というわけだね」
お兄様の目が、静かな怒りで細められました。
そこへ、扉を豪快に蹴破ってお父様(アラリック公爵)が乱入してきました。
「レティシア! 準備はできているぞ! 騎士団の精鋭百名、および対魔導重装歩兵大隊を門前に待機させた! いつでもあの『ドブネズミの巣』を更地にしてやろう!」
(……お父様、情報が漏れるのが早すぎます。……でも、今回はその圧倒的な『物理火力』が必要なんです)
「お父様、ありがとうございます。……今回は『論理削除(データの消去)』だけでは足りません。……相手は物理的なサーバー……いえ、魔導装置を使って地脈を汚染しています。……物理的な『デリート(破壊)』が必要です」
「物理的なデリートか! 任せておけ! パパの魔剣なら、一振りで座標ごと消滅させてやる!」
「……さすがです、お父様」
私たちは、騎士団の護衛とともに「嘆きの森」へ向かいました。
森の中は、不気味なほど静まり返っています。
「……ここです」
私がL-Padを掲げると、地面の下から微弱な魔力反応が返ってきました。
《検知。……地下30メートル地点に、大規模な魔導演算設備を確認。……同時に、複数の生命反応あり。》
「……やっぱり、いるわね」
「レティシア、僕が先に行くよ」
お兄様が杖を構えます。
「待って、お兄様。……中には敵の魔導兵器がある可能性があります。……ここは慎重にいきましょう」
私は地面に手を当てました。
「……システムさん、地下構造をスキャン」
《了解。……地下空間の三次元マッピングを開始します。》
視界に、地下霊廟の構造が浮かび上がりました。
複雑に入り組んだ通路。
無数の魔導回路。
そして、中心部に巨大な紫色の水晶。
「……あれが、外部ノードの本体ね」
「よし! ならば、そこまで一直線だ!」
お父様が魔剣を構えました。
「待ってください、お父様! ここを壊したら地下空間ごと崩壊する可能性があります!」
「……む」
「まずは、敵の魔導装置だけを無力化します」
私はL-Padを操作しました。
[実行コマンド: Override_Node_Authority ]
紫色の水晶に、黄金色の文字列が走ります。
《認証成功。……管理者権限を取得しました。》
「……よし」
その瞬間。
「グォォォォォ……!」
地下から、巨大な魔導ゴーレムが姿を現しました。
「侵入者……排除……」
「……なるほど。物理防衛システムね」
私は少しだけ考えます。
「……お父様」
「任せろ!」
「まだ何も言ってませんけど!?」
「レティシアが敵を見つけたなら、パパが斬る!」
「……では、お願いします」
「おう!」
お父様の魔剣が一閃。
巨大な魔導ゴーレムは、まるで紙細工のように真っ二つになりました。
「……処理速度、異常ですね」
「娘の敵を斬る速度に、限界などない!」
(……それ、システムの処理速度とは別問題なんですけど)
私たちはさらに地下へと進みました。
やがて、巨大な紫色の水晶が設置された部屋へと辿り着きます。
その周囲には、無数の魔導ケーブルが地脈へと伸びていました。
「……これが、L-NETを盗聴していた本体」
《解析結果。……この装置は単なる通信中継器ではありません。……地脈そのものに不正なコードを書き込み、マナの流れを改変しています。》
「……やっぱり」
私は水晶へ近づきます。
「……深淵のエンジニア。あなた、王国のネットワークだけじゃなく、地脈そのものを書き換えるつもりだったのね」
すると、紫色の水晶が突然明滅しました。
『……よくここまで辿り着いたな』
「……!」
水晶の中に、黒い影が浮かび上がります。
『まさか三歳の幼女に、私のバックドアを見破られるとは……』
「あなたが『深淵のエンジニア』ね」
『そうだ。私はこの世界の古いシステムを、すべて掌握する者。お前のような新参者に、私の計画を邪魔されるわけにはいかない』
「……古いシステム?」
私は水晶を見つめました。
「……あなたのコード、古すぎるわ」
『なに?』
「冗長で、無駄が多くて、セキュリティホールだらけ。……こんなものを使って、よく今まで生き残れたわね」
『……貴様ぁ!』
「図星だった?」
『黙れ!』
水晶から大量の魔力が噴き出します。
《警告。……敵が自動削除プログラムを起動。……L-NETへの逆侵入を確認。》
「……そう来ると思った」
私はニヤリと笑いました。
「システムさん。さっき奪った管理者権限、まだ有効?」
《肯定。現在、対象ノードの管理者権限を完全掌握しています。》
「なら……」
私は小さな指を水晶へ向けました。
「……あなたのコードごと、削除するわ」
『やめろ!』
「嫌よ」
《実行コマンド: Delete_Malicious_Node》
紫色の水晶に、黄金色の亀裂が走ります。
『こんな……私のシステムが……!』
「あなたのシステムじゃないわ」
私は静かに告げました。
「ここは、みんなが暮らしている世界よ。……勝手に書き換えていいものじゃない」
『……ぐ……』
「だから、バグは消す」
私は指を振りました。
「……デリート」
――パキィィィィィン!
紫の水晶が砕け散りました。
しかし。
《警告。……物理ノードの破壊だけでは不十分です。……汚染された地脈コードが残存しています。》
「……そうよね」
私は周囲の魔導回路を見渡しました。
「じゃあ、最後まで掃除しましょう」
「レティシア……?」
お兄様が心配そうに私を見ます。
「お兄様、少しだけ力を貸してください。……この地脈に残っている不正コードを全部消します」
「わかった。僕の魔力を使って」
「ありがとう」
私はお兄様の魔力を受け取りながら、L-Padを操作します。
[実行コマンド: Clean_Up_Mana_Line ]
[進捗: 10%……30%……60%……90%……]
「あと少し……!」
《完了。……汚染コードの除去に成功。》
「よく言った、レティシア! ……我が娘の安眠を妨げるゴミめ、塵一つ残さず消え失せろ! ……『極大焔災・レヴナント・バースト』!」
お父様の魔剣から放たれた太陽のような巨大な炎が、霊廟の最深部を飲み込みました。
紫の水晶は悲鳴のような音を立てて砕け散り、不気味な通信網は一瞬で焼き尽くされました。
《通知。……物理ノードの破壊を確認。……L-NETへの不正アクセスが完全に遮断されました。……汚染された地脈の『クリーンアップ』を実行します。》
崩壊する霊廟から脱出しながら、私は夜空を見上げました。
地脈を通るマナが、本来の清らかな輝きを取り戻していくのが、システム越しに確認できます。
「レティシア、怪我はないかい? ……すごい熱量だったけれど」
お兄様が心配そうに私を抱き上げます。
お父様は、焼き払った跡地を満足げに眺めながら、鼻息荒く剣を納めました。
「ふん、他愛ない! レティシア、次はどこのバグを壊せばいい!? パパが大陸ごとデバッグしてやろうか!」
「……そこまでは必要ありません、お父様。……でも、これで少しは静かな夜が過ごせそうです」
私はお兄様の胸の中で、大きく欠伸をしました。
三歳児の体は、やはり徹夜のハッキング作業には向いていません。
しかし、私の脳内システムは、消えゆく「深淵のエンジニア」の残滓から、ある断片的なログを拾い上げていました。
[受信データ: Project_Genesis_Stage2 …… Active ]
[座標: 隣国・ガルア帝国の魔導演算センター ]
(……舞台は、お隣の帝国に移るわけね。……どうやら、あのおじさん、ただのハッカーじゃなくて『国家規模のシステム乗っ取り』を企んでいるみたい)
「……いいわ。……私の庭を荒らした代償は、高くつくってことを教えてあげる。……次は、帝国全体のOSを『レティシア仕様』に書き換えてあげるから」
私は、眠気に誘われながらも、心の中で次なる「大規模リニューアル」の設計図を描き始めるのでした。
王都を救った聖女は、今や一国の守護神を超え、世界の理を書き換える「至高のプログラマー」へと歩みを進めていくのです。
【第7章 完】




