通信革命? 王都に『魔導インターネット』を開通させます
王宮のセキュリティを「SSSランク」まで引き上げたことで、私の重要度はもはや「一貴族の令嬢」の枠を完全に超えてしまいました。
今や国王陛下からの信頼は絶大、王宮魔導師たちからは「師父」と呼ばれ、街を歩けば「歩く救世主」として拝まれる始末。
(……ねぇ、システムさん。目立ちたくないって初期設定、どこかで壊れてない? 完全に王国の最重要アセット(資産)としてロックされてるんだけど)
《解。……個体名:レティシアの行動ログによる必然的な結果です。……なお、王都の治安維持率が80%向上した一方で、情報の伝達速度に関する『ボトルネック』が顕在化しています。》
(そう、それなのよね。……情報のやり取りが、いまだに『紙』と『馬』っていうのは、エンジニアとして耐えがたいわ)
私は今、公爵邸の庭で、三日前にお兄様にお願いした「昨日の王宮の献立」についての返事を受け取ったところです。
……三日。
三日ですよ?
ローカル環境なら一瞬で終わるはずのクエリが、物理的な距離という「ラグ」のせいで使い物になりません。
「お父様、お兄様。……この国の『通信プロトコル』は、バグを通り越して欠陥品です。……情報の遅延が大きすぎて、有事の際に『タイムアウト』してしまいます」
朝食の席で私がそう切り出すと、お父様(アラリック公爵)はパンを口に運ぶ手を止め、真剣な顔で私を見つめました。
「レイ……てんし? よくわからんが、レティシアが不満だということはわかった。よし、パパが今すぐ王国全土に『速馬』を配置し直して、手紙の速度を二倍にしてやろう!」
「お父様、ありがとうございます。……でも、物理的手段に頼るのはもう限界です。……お兄様、王宮に眠っている『予備の魔力水晶』を全部、私の部屋に運んでもらえますか?」
「レティシア……。また何か、とんでもないことを始めようとしているね。……予備の水晶なら、王宮の地下倉庫に山ほど積まれているよ。陛下に許可を取って、すぐに手配しよう」
お兄様のシエルが苦笑いしながら、私の頭を撫でました。
彼はもう、私の「とんでもないこと」が、最終的に「とんでもなく便利」になることを確信しているようです。
数日後。
私の部屋は、運び込まれた数百個の魔力水晶で埋め尽くされていました。
これらはかつて、個別に使われていた魔力貯蔵庫ですが、私から見ればこれらは「分散型サーバーのノード」にしか見えません。
(システムさん、王都の地脈をスキャン。……この水晶たちをアクセスポイントとして、地脈に微弱なマナのパルスを流し込み、広域通信網(WAN)を構築して)
《了解。……プロトコル:『L-NET v1.0』を定義。……魔力水晶のペアリングを開始。……王都全域をカバーする魔導メッシュネットワークを構築します。》
私は、水晶の一つ一つに、私が開発した「簡易版・通信術式」を書き込んでいきました。
[計算式: Bit_Rate = Mana_Frequency / Crystal_Resonance ]
[設定: Encryption = Leticia_Original_RSA ]
「……よし。これでバックボーンは完成。……あとは、クライアント側のデバイスね」
私は、余った小さな水晶を薄く加工し、それを木製の板にはめ込みました。
見た目は、前世で使っていた「タブレット端末」にそっくりです。
「――お父様、お兄様。ちょっとこれを見てください」
私は、二人に自作の「魔導板(通称:L-Pad)」を手渡しました。
「なんだい、この板は? 鏡……にしては映りが悪いが」
「お父様、それを手でなぞってみてください。……文字が浮かび上がりますから」
お父様がおそるおそる画面(水晶)をなぞると、そこには私が別の端末から送った「パパ大好き」というメッセージが表示されました。
「……ッ!? な、なんだこれは! 文字が光って浮かび上がったぞ! しかも、レティシアの筆跡だ!」
「お父様。それは、私が今あちらの部屋で書いた文字が、瞬時にその板に転送されたんです。……お兄様、そちらの板に返信を書いてみてください」
お兄様が驚きながら指を動かすと、私の手元の板に「レティシア、これは魔法の革命だよ」という文字が即座に表示されました。
「……信じられない。……通常、遠距離の念話魔法は膨大な魔力を消費し、熟練の魔導師でも数分が限界だ。……なのに、これは全く魔力を消費していないように感じる……」
「お兄様、それは地脈の『残留マナ』を搬送波として使っているからです。……つまり、基本料金は無料。……メンテナンスも、地脈が枯れない限り不要です」
(……厳密には私のシステムが常時監視して負荷分散してるんだけど、それは秘密ね)
翌日。
私はこの「L-Pad」を国王陛下とユリウス王子の元へ持ち込みました。
王宮のセキュリティを改善した私への信頼は凄まじく、この怪しい板も、陛下はふたつ返事で受け入れてくれました。
「……おお! 王妃よ、今すぐその板を見るのだ! ユリウスから『今日の演習は終わりました』と連絡が来たぞ! 伝令が走る前にだ!」
「まあ! 素晴らしいわ! 陛下、私もユリウスに『おやつはクッキーですよ』と送っておきましたわ!」
「母上! 返信が早すぎます! ……でも、これはすごい。……戦場や政治の現場でこれがあれば、情報の遅れによる悲劇は全てなくなりますね」
ユリウス王子が、キラキラとした瞳で私を見つめます。
王宮の人々は、瞬く間にこの「インスタント・メッセージング」の虜になりました。
しかし、私が想定していた以上の事態が起こり始めたのは、その数日後でした。
「……おい、見たか? 昨日の夜、公爵令嬢のレティシア様が『お星様が綺麗ね』と投稿(一斉送信)されたのを」
「ああ! 私は即座に『いいね(承認の魔力)』を送ったとも! おかげで私の魔力水晶がピンク色に光っているよ!」
王宮の貴族たちが、こぞってL-Padを肌身離さず持ち歩くようになったのです。
あちこちで「ピコーン」という通知音が鳴り響き、高位貴族たちが歩きながら画面を注視し、お互いの「近況報告」をチェックし合う……。
「……ねぇ、お兄様。……なんだか、みんなの様子がおかしくない?」
「……レティシア。……これを言いたくはないけれど、みんな君が作ったこの板に『依存』してしまっている。……特に若い貴族たちは、常に誰かからのメッセージを待っている状態だ。……中には、食事中も板を手放さない者まで出ているよ」
(……うわぁ。……完全に『SNS依存症』じゃない。魔導インターネット、普及させるのが早すぎたかしら)
さらには、お父様までが……。
「レティシア! 見てくれ! 私がアップロード(同期)した『今日のレティシアの寝顔画像』に、国王陛下から『神の如き尊さである』とコメントがついたぞ! おまけに騎士団の連中からも、一千件の『いいね』が届いている!」
「……お父様。……寝顔を無断でアップロード(共有)するのは、プライバシーの侵害です。……あと、仕事してください」
(……インフラを整えたら、今度は『ネットリテラシー』の教育が必要になるなんて。……エンジニアの仕事、増えすぎじゃない?)
しかし、そんな賑やかな王都の影で、私の「システム」が奇妙なパケットを検知しました。
《警告。……L-NETのバックボーンにおいて、不明なアクセスポイントを検知。……通信ログの一部が、外部へとミラーリング(複製)されています。》
(……っ!? ……誰かが、この通信網を盗聴してる?)
私は画面を操作し、そのアクセス元を特定しようとしました。
しかし、その相手のプロトコルは、私の「レティシア式」を驚くべき速さで解析し、追跡をすり抜けていきます。
(……この手際の良さ。……間違いない。……『深淵のエンジニア』ね。……私が作ったネットワークを、逆に利用して王国の情報を抜こうとしているわけか)
「……いい度胸ね、おじさん。……私のネットワーク(庭)で、勝手なスクリプトを走らせるなんて」
私は、三歳児らしい愛くるしい顔でキャンディを頬張りながら、内心で「ハニーポット(囮)」の設置を開始しました。
(……美味しいエサを流してあげるわ。……それに食いついた瞬間、あなたの端末ごと『物理的に爆破』してあげるから、楽しみにしてなさい)
王都に開通した魔導インターネット。
それは、人々に便利さをもたらすと同時に、レティシアと「見えない敵」との、サイバー空間での本格的な戦争の幕開けでもあったのです。
「レティシア? 急に怖い顔をしてどうしたんだい?」
お兄様の心配そうな声に、私は満面の笑みで答えました。
「いいえ、お兄様。……ちょっとだけ、システムの『大掃除』が必要になっただけですよ」
私の指先で、黄金のコマンドが高速で踊り始めます。
三歳児の部屋は、今や王国最強の「サイバー作戦センター」へと変貌を遂げていくのでした。




