聖女の休日? 王宮のセキュリティがザルすぎるので勝手に補強しました
旧市街の「デバッグ」から数日。
王都は平穏を取り戻しましたが、私の周囲はちっとも平穏ではありません。
「聖女様」
「幼き天使」
「救世の申し子」
……街を歩けば祈られ、公爵邸の門前にはお礼の品が山積み。
三歳児の日常としては、明らかに処理能力を超えています。
(……ねぇ、システムさん。この『聖女』っていう称号、非表示にできない? 視線が痛すぎて、精神的なリソースが削れるんだけど)
《解。……称号:【王都の守護天使】はパッシブスキルのため、非表示にしても周囲への影響力は減衰しません。……また、あなたの行動ログが王宮に送信され、国王陛下による『緊急の謁見』がスケジュールに割り込まれました。》
(……強制的なシステムアップデート並みに強引なスケジュールね。断れないじゃない)
というわけで、私は今、お父様とお兄様に連れられて、王国の心臓部である王立宮殿へと向かう馬車の中にいます。
「レティシア、緊張しなくていいからね。陛下がもし変なことを言ったら、パパが責任を持って……そうだな、王宮の柱を一本か二本、景気よく折って抗議してあげるから」
「お父様、それは国家反逆罪になります」
お兄様のシエルが、即座に突っ込みを入れました。
「……レティシア、陛下は君の功績を純粋に称えたいだけだよ。ただ、少しだけ『伝説』を信じ込みやすい方だから、そこだけは注意して」
「わかりました、お兄様」
私は素直に頷きながら、窓の外へ視線を向けました。
王都の中心へ進むにつれて、建物はどんどん豪華になっていきます。
白い石造りの建物。
巨大な魔導灯。
王家の紋章が刻まれた門。
そして、そのすべてを覆うように張り巡らされた、幾重もの魔導結界。
一見すると、完璧な防御システムです。
……一見すると。
(……ちょっと待って)
私は目を細めました。
(……これ、本当に王宮の結界?)
《肯定。王立宮殿に設置された防護結界です》
(……うそでしょ)
私は思わず額を押さえました。
(……こんなの、セキュリティホールだらけじゃない!)
《警告。……王宮全体の魔導結界に、多数の脆弱性を検知。……パッチ未適用のレガシーな術式が32箇所。……外部からの不正アクセス、および盗聴用のバックドアが設置されている形跡があります》
(……ちょっと待って。ここ、一国の重要拠点よね?)
私は改めて王宮を見上げました。
(セキュリティがザルどころか、もはや『どうぞ侵入してください』って看板が出てるレベルじゃない!)
「どうしたんだ、レティシア?」
お父様が心配そうに顔を覗き込んできます。
「……お父様」
「なんだ?」
「王宮の結界、少し触ってもいいですか?」
「もちろんだ!」
即答でした。
「……え?」
お兄様が固まります。
「父上。『もちろん』って……何をするつもりなのか聞かなくていいんですか?」
「レティシアがやりたいことなら、パパは何でも許可する!」
「……それはそれで問題だと思うよ、父上」
お兄様が深いため息をつきました。
馬車が王宮の正門前に到着します。
門番たちが一斉に敬礼し、私たちを迎えました。
「アラリック公爵閣下、シエル様。そして……」
門番の視線が私に向きます。
「レティシア様!」
「「「レティシア様、万歳!」」」
「……」
私は固まりました。
(……ここでもかぁ……)
「レティシア!」
お父様は感動したように目を潤ませています。
「王宮の門番まで、お前の偉大さを理解しているぞ!」
「……お父様、私は普通に入りたいだけです」
「そうか! ならばパパが抱っこして入ろう!」
「それも普通ではありません」
そんなやり取りをしながら、王宮の内部へと進みます。
そして――。
私は歩みを止めました。
(……見つけた)
壁の中。
床の下。
天井裏。
いたるところに魔導回路が張り巡らされています。
けれど、その構造はあまりにも古い。
同じ処理を何度も繰り返し、無駄な魔力を消費している。
さらに、術式の一部には古い暗号化方式が使われていました。
(……誰が設計したのよ、これ)
《解析。……約七百年前に構築された術式を基礎として、歴代の魔導師が継ぎ足しを繰り返した結果、現在の構造になっています》
(なるほど)
私は納得しました。
(つまり、誰も全体を把握していないまま、上から上からパッチを当て続けたのね)
《肯定。……俗に言う『継ぎ足し地獄』です》
(……エンジニアとして、一番見たくないやつね)
私は小さくため息をつきました。
そのとき。
「レティシア嬢!」
廊下の向こうから、数人の魔導師たちが駆け寄ってきました。
先頭にいるのは、王宮魔導師団の団長です。
「お初にお目にかかります! 私は王宮魔導師団を率いるガウェインと申します!」
「よろしくお願いします、ガウェイン様」
「こ、こちらこそ!」
ガウェイン団長は、三歳児の私を前にして緊張した様子で背筋を伸ばしています。
「本日は陛下がお待ちです。すぐに謁見の間へ――」
「その前に」
私は彼の言葉を遮りました。
「王宮の結界を直してもいいですか?」
「…………え?」
ガウェイン団長の顔が固まりました。
「結界……ですか?」
「はい。今のままだと危険です」
「危険……?」
「外部から侵入できます」
「……え?」
「盗聴もできます」
「…………」
「それから、魔力を逆流させることも可能です」
「………………」
ガウェイン団長の顔から、みるみる血の気が引いていきました。
「そ、それは……本当ですか?」
「はい」
私は指を一本立てました。
「まず、ここ」
壁に埋め込まれた魔導石を指差します。
「認証処理が古すぎます」
次に、天井を指差します。
「ここは通信経路が暗号化されていません」
さらに床を指差しました。
「そしてここは、魔力の出入りを監視するログが残っていません」
「……」
「つまり、誰かが侵入しても、盗聴しても、魔力を抜いても……後から確認できません」
「…………」
ガウェイン団長は震える手で額を押さえました。
「……我々は、何百年もの間……何を守っていたんだ……」
「大丈夫です」
私は笑顔を向けました。
「今から直しますから」
「…………え?」
「システムさん」
《待機中です》
(王宮全域のセキュリティ構造を解析。脆弱性を一覧化して)
《了解》
私の目の前に、黄金色のウィンドウが次々と展開されます。
【セキュリティ診断開始】
【脆弱性:32件】
【重大:8件】
【高:14件】
【中:10件】
(……ひどい)
私は思わず遠い目をしました。
「レティシア……?」
お兄様が私の顔を覗き込みます。
「どうしたんだい?」
「……お兄様」
「うん」
「王宮のセキュリティ、想像以上にひどいです」
「……やっぱり?」
「はい」
「……父上」
「なんだ?」
「レティシアを止めるのは、もう諦めよう」
「もちろんだ!」
「即答なんだ……」
お兄様が苦笑します。
私はお兄様から魔導チョークを受け取りました。
「では、改修を開始します」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
ガウェイン団長が慌てて手を上げます。
「改修というのは……具体的に何を?」
「簡単です」
私は床にしゃがみ込み、魔導チョークで魔法陣を描き始めました。
「まず、認証システムを再構築します」
一本。
二本。
三本。
複雑な線が、瞬く間に床を埋めていきます。
「次に、通信経路を暗号化」
さらに魔法陣を追加。
「そして、不正アクセスを検知する監視システム」
最後に中央へ大きな円を描きました。
「最後に、全体を統合して……」
私はチョークを置きます。
「完成です」
「…………」
誰も喋りません。
やがて、ガウェイン団長が恐る恐る口を開きました。
「……あの……レティシア様」
「はい?」
「今、何をされたのですか?」
「王宮のファイアウォールを再構築しました」
「……ファイア……ウォール?」
「外部からの不正アクセスを防ぐ壁です」
私は簡単に説明しました。
「これで、許可されていない人は王宮の魔導ネットワークへ入れません」
「……そんなことが……」
「できますよ」
私は小さく頷きました。
その瞬間。
王宮全体が淡い光に包まれました。
ゴォォォォォ……。
巨大な魔力が流れ、床や壁に刻まれた魔導回路が次々と光り始めます。
《再構築開始》
《旧式認証システムを停止》
《新規認証プロトコルを適用》
《暗号化通信を開始》
《侵入検知システムを起動》
《バックドア32箇所を封鎖》
《完了》
ピィィィィン!
最後に、澄んだ音が王宮全体へ響き渡りました。
「……終わりました」
「…………」
誰も反応しません。
「お父様?」
「…………」
お父様は、口を大きく開けたまま固まっていました。
「お兄様?」
「…………」
お兄様も絶句しています。
「ガウェイン様?」
「…………」
ガウェイン団長は、完全に魂が抜けたような顔をしていました。
「……あの」
ようやくガウェイン団長が口を開きます。
「本当に……終わったのですか?」
「はい」
「七百年かけて継ぎ足された王宮の防護結界を……」
「はい」
「数分で……?」
「はい」
「…………」
ガウェイン団長は、両手で顔を覆いました。
「私は今日まで何をしていたんだ……」
「ガウェイン様?」
「……いえ。なんでもありません」
そのとき。
謁見の間の扉が開きました。
「レティシア!」
王座から立ち上がったのは、国王ジュリアン陛下でした。
「よく来てくれた!」
「陛下、お久しぶりです」
私はスカートの裾をつまみ、小さく礼をします。
「……ところで」
陛下が周囲を見回しました。
「先ほどから王宮全体が光っているのだが……何が起きた?」
「私が結界を直しました」
「…………」
陛下が固まりました。
「……直した?」
「はい」
「王宮の結界を?」
「はい」
「勝手に?」
「……はい」
「…………」
陛下はしばらく黙り込みました。
そして。
「……素晴らしい!」
両手を広げて叫びました。
「さすがはレティシアだ! これで王宮は安全になったのだな!?」
「はい。以前より安全です」
「どれくらいだ?」
「以前が危険度Aなら、今はSSSです」
「SSS……!」
陛下の目が輝きました。
「つまり、最高ランクか!」
「そうです」
「ならば、私もそのシステムを使えるのか?」
「もちろんです」
「よし!」
陛下は嬉しそうに笑いました。
「レティシア、これで王国はさらに安全になった。私は君に感謝してもしきれない!」
「いえ。私はバグを見つけたから直しただけです」
「その『だけ』が普通ではないのだよ……」
お兄様が小さく呟きました。
私は陛下へ向き直ります。
「陛下、一つお願いがあります」
「なんでも言ってくれ!」
「王宮の管理権限を、一部私に預けてください」
「もちろんだ!」
「……陛下!?」
周囲の魔導師たちが一斉に声を上げます。
しかし、陛下は真剣な顔で頷きました。
「レティシア。君がいなければ、私は王宮のセキュリティホールに気づくことすらできなかった。ならば、君に任せるのが一番だ」
「……ありがとうございます」
私は微笑みました。
その瞬間。
《通知。……国王陛下からの信頼度が限界突破しました》
《称号:【王国の権限所有者】を獲得しました》
(……ルート権限)
私は心の中で呟きます。
(ついにこの国のシステム、私の思い通りになっちゃったわね)
私は三歳です。
なのに。
学園のシステム管理者。
王都のセキュリティ監査員。
そして、今度は王国のルートユーザー。
(……私、将来何になるのかしら)
その横で、お父様が感動のあまり涙を流していました。
「レティシア……!」
「お父様?」
「我が娘が……ついに王国の管理者に……!」
「いや、まだ三歳だからね、父上」
お兄様が冷静に突っ込みます。
すると、ユリウス王子が私の前へ歩いてきました。
「レティシア」
「はい、ユリウス様」
王子はポケットから、小さな箱を取り出しました。
「これを君に」
「……?」
箱を開けると、中には色とりどりの最高級キャンディが入っていました。
「ありがとう、ございます」
「君はいつも難しい仕事ばかりしているからね。たまには甘いものでも食べて、ゆっくりするといい」
「……ユリウス様」
私はキャンディを一つ取り出しました。
「いただきます」
口に入れると、甘い味が広がります。
(……うん。こういうのも悪くないわね)
《通知。……幸福度が上昇しました》
(……システムさん、そういうところはちゃんと拾うのね)
私は小さく笑いました。
王宮のセキュリティを整えた次は、この国の「通信環境(情報伝達)」を改善すべきです。
手紙を馬で運ぶなんて、パケットロスが多すぎます。
(……まずは、王都全域に『光回線……いえ、魔導回線』を通すところから始めようかしら)
三歳児の「聖女の休日」は、王国のインフラを根底から作り替える、壮大な開発計画へと繋がっていくのでした。




