学園の派閥?効率が悪いので『合併(マージ)』しました
実技試験でゴーレムを「立方体の山」に変えてからというもの、私の周りには常に一定の距離を置いて、畏怖と好奇の視線が突き刺さるようになりました。
(……ねぇ、システムさん。この学園の空気、なんだか重くない? サーバーの負荷が高い時みたいな、ピリピリしたノイズを感じるんだけど)
《解。……校内の『人間関係レイヤー』において、重大なパケット衝突が発生しています。……貴族派生徒と平民派生徒の間で、魔導演習室の占有権を巡るデッドロック状態が継続中です。》
(あぁ、やっぱり。どこの世界に行っても、リソースの奪い合いっていうバグは治らないのね……)
私は今、お兄様のシエルに手を引かれ、アカデミーのメインラウンジへと足を踏み入れていました。
背後にはもちろん、私の「物理ファイアウォール」こと、お父様(アラリック公爵)が鋭い眼光を四方に飛ばしながら控えています。
ラウンジの中央では、豪華な刺繍の入った制服を着た貴族グループと、実用性重視の地味な制服を着た平民グループが、テーブルを挟んで一触即発の雰囲気で睨み合っていました。
「いい加減にしろ! この第1演習室は、代々我が侯爵家が優先使用権を持っているのだ。平民の分際で、マナの無駄遣いをするな!」
「そんなの、古い慣習でしょう! 私たちは、来週の魔導具発表会のために、高精度の出力テストが必要なんです。家柄なんて、魔法の構成式には関係ありません!」
(……はぁ。典型的な『レガシーな既得権益』と『新規参入の要求』のぶつかり合いね。非効率すぎて、見てるだけで頭のキャッシュがオーバーフローしそうだわ)
「レティシア、見てはいけないよ。ああいうのは、大人の……いや、心の狭い者たちの不毛な争いだ。パパが今すぐあの演習室を買い取って、お前専用のプレイルームにしてあげようか?」
お父様が物騒な提案をしてきますが、私はそっとその手を握って制しました。
「いいえ、お父様。……放置しておくと、学園全体の『演算リソース』が低下します。ちょっとだけ、システムの最適化をしてきますね」
「レティシア? ……お父様、止めても無駄ですよ。彼女の目は、完全に『バグを見つけた時のエンジニア』の目になっていますから」
お兄様の諦めを含んだ言葉を背に、私はトコトコと争いの中心地へと歩み寄りました。
「……あの、すみません。ちょっと、よろしいでしょうか」
三歳児の鈴を転がすような声に、場が凍りつきました。
睨み合っていた貴族の少年と平民の少女が、毒気を抜かれたような顔で私を見下ろします。
「……あ、君は……例の、三歳の閣下?」
「レティシア・ド・グランヴェルです。……皆さんが争っている理由、ログを確認……いえ、お話を聞いていました。第1演習室の占有権ですよね?」
「そ、そうだ! 伝統ある我ら貴族が……」
「……非効率です」
私がピシャリと言うと、貴族の少年が言葉に詰まりました。
「……非、効率?」
「はい。第1演習室のマナ供給量は、毎秒10,000マナ。それに対して、あなたたちが予定している演習の最大負荷は、それぞれ3,000マナ程度。……つまり、二人で同時に使っても4,000マナの余剰が出る計算です。場所を半分に区切って、同時に使えばいいだけではありませんか?」
「そ、そんなこと言ったって、マナの干渉が起きるだろう! 同じ空間で違う術式を展開すれば、ノイズで暴走する!」
(……あぁ、ロードバランサー(負荷分散)の発想がないのね。未開だわ)
「干渉なら、私が解決します。……システムさん、『空間パーティション』の設定を」
《了解。……演習室の座標データをスキャン。……仮想的な『魔導防壁(VLAN)』を構築し、マナのトラフィックを分離します。》
私はお兄様の鞄から取り出したチョークで、ラウンジの床にさらさらと複雑な幾何学模様を描きました。
【設定コマンド:Define_VLAN(Group_A, Group_B) { Isolation_Level: 99.9% }】
「……これで、第1演習室は論理的に二分割されました。お互いのマナが混ざることはありません。……それから、貴族派の皆さんは演算能力が高いけれど出力の調整が苦手。平民派の皆さんは出力の維持は得意だけれど基礎計算に時間がかかる。……お互いにデータを共有すれば、開発速度は2倍になりますよ?」
「……え、データを、共有……?」
平民派の少女が戸惑いながら呟きます。
この世界では、魔法の構成式は「家門の秘匿事項」とされるのが一般的です。
しかし、それは開発における「サイロ化」そのもの。
「技術を隠し持っているだけでは、それはただのデッドストックです。……ユリウス王子、そう思いませんか?」
いつの間にか後ろに立っていた、苦笑い顔のユリウス王子に話を振りました。
「……全くだ。レティシアの言う通りだよ。……諸君、我が王国の未来のために、古い派閥という名の『古いOS』をアップデートしてはどうかね? レティシアがこうして、わざわざ『パッチ』を当ててくれているんだから」
王子の登場で、事態は一気に収束へと向かいました。
王子と、そして「歩く破壊兵器」こと公爵令嬢に言われては、反論できる者は誰もいません。
「……わかった。……認めたくはないが、君の言う『効率』とやらに賭けてみよう」
貴族の少年が渋々手を差し出し、平民の少女がそれを驚きながら握りました。
《通知。……学園内の派閥コンフリクトが解消されました。……称号:【プロジェクト・マネージャー(幼女)】を獲得しました。》
(……マネージャー。ついに管理職に昇進しちゃったわね。三歳なのに)
数日後。
アカデミーでは驚くべき光景が見られるようになりました。
演習室では貴族と平民が隣り合わせで座り、私が構築した「共有魔導ボード」を囲んで、互いの数式のバグを指摘しあっています。
「ここの変数の使い方は、平民側の『実戦魔法』の記述の方がスマートだな……」
「貴族側の皆さんの、基礎理論の重厚さには驚きました。これなら、私の術式も安定しそうです!」
そこには、もはや派閥という名の壁はありませんでした。
あるのは、一つの目的――「より優れた魔法を開発する」という、エンジニア集団としての純粋な熱量だけ。
「……レティシア。君は本当に、人の心さえも『デバッグ』してしまうんだね」
お兄様が、演習室の様子を眺めながら私の頭を優しく撫でてくれました。
「……違いますよ、お兄様。私はただ、無駄なリソースの消費が嫌いなだけです。……最適化されたシステムは、それだけで美しいですから」
私はそう言って、お父様が剥いてくれたリンゴを口に運びました。
(……さて。学内のインフラも、人間関係も、一通りクリーンアップしたわ。……でも、まだ大きな『バグの温床』が残ってるのよね)
私は、王都の北に位置する旧市街の方向へ視線を向けました。
そこには、前夜に逆探知した「深淵のエンジニア」の残留コードが、今も不気味な脈動を続けています。
学園という名のローカル環境を整えた次は、いよいよ広域ネットワーク……つまり、この国を蝕もうとする「外部からのウイルス」を叩き潰す番です。
「ぱ……お父様。……私、少しお散歩に行きたいです。……ちょっと、王都の『セキュリティ監査』に」
「お散歩か! もちろん、パパが騎士団を一、二個小隊連れて、全力で護衛しよう!」
「……いえ、お父様。それは過剰警護です。お兄様とルゥだけで十分ですから」
私は、三歳児としての無邪気な笑顔の裏に、冷徹なデバッガーの瞳を隠しました。
悪意あるプログラム。
世界の理を歪める、不快なバグ。
(……この三歳児を、ただの子供だと思って舐めないことね。……おじさん、次に会ったら、あなたの全データを『完全消去』してあげるわ)
私は、新しく手に入れた称号【プロジェクト・マネージャー】の権限を使い、王都全域のスキャンを開始しました。
三歳の私の戦場は、学園の壁を越え、ついにこの世界全体の「ルート・ディレクトリ」へと向かおうとしていたのです。




