実技試験?プログラムを直接流し込めば余裕です
アカデミーの広大な演習場は、異様な熱気に包まれていました。
今日は中等部以上の生徒による「魔導実技試験」の日。
本来なら三歳の私がいるような場所ではありませんが、学長からの「ぜひ閣下の御業を拝見したい」という熱烈な、というより必死な懇願により、私もオープン参加することになったのです。
(……ねぇ、システムさん。周りの視線が痛いんだけど。三歳児がフル装備の騎士見習いたちに混じって並んでるの、客観的に見てシュールすぎない?)
《報告。周囲の生徒の8割が困惑、1割が畏怖、残りの1割が「可愛い」という感情を抱いています。……なお、背後のお父様の威圧感により、周囲の平均心拍数が120を超えています。》
(パパ、威嚇射撃はやめて。あと、ルゥ。隠れてるつもりだろうけど、しっぽが出てるわよ)
「レティシア、無理はしないでね。もし的に当たらなくても、パパが後でその的を粉砕して『レティシアの勝利だ!』と宣言してあげるから」
お父様(アラリック公爵)は、私の小さな背中をさすりながら、今にも魔剣を抜きそうな勢いです。
「大丈夫ですよ、お父様。ただの出力テストですから。……お兄様、今日のターゲットの『耐久設定』はどうなっていますか?」
「学園で一番硬い『ミスリル合金製のゴーレム』を用意させたよ。……まあ、今のレティシアなら、壊さないように手加減する方が難しいかもしれないけれど」
お兄様のシエルが、さらりと怖いことを言いながら私の記録用タブレット(自作の魔導板)をチェックします。
「次は、レティシア・ド・グランヴェル閣下! 前へ!」
試験官の呼び出しに、演習場が静まり返りました。
私はトコトコと射線に立ち、目の前に設置された巨大な鉄の塊――ゴーレムを見上げました。
「……大きいですね。でも、接続ポート(魔力受け取り口)がむき出しです。設計が甘いわ」
「な……閣下、何をおっしゃって……? さあ、得意な攻撃魔法を放ってください。威力、速度、精度の三項目で採点いたします」
試験官が冷や汗を流しながら合図を送ります。
周囲の上級生たちは、
「あんな小さな子が?」
「魔法を唱えられるのか?」
と、ヒソヒソと話しています。
(……魔法を『放つ』? いえいえ、そんな非効率なことはしません。直接、対象のシステムに干渉して『内部から崩壊』させるのが、エンジニアのやり方よ)
私は右手を軽くかざしました。
詠唱も、魔法陣の展開もありません。
私の視界には、ゴーレムを動かしている「術式」が、まるでデバッグ画面のように透過して見えていました。
(……あぁ、やっぱり。このゴーレム、基本OSが古い。セキュリティホールだらけじゃない。ここに『無限ループ』の命令を一行書き加えるだけで……)
「……えい」
私が指先で空をなぞると、ゴーレムの胸部にある核が、カチリと音を立てました。
《Command: [while(true) { Mana_Compression(); }] ……Execute.》
次の瞬間。
ゴーレムの全身が眩い青光を発し、ガタガタと震え始めました。
爆発的な魔力が内部で圧縮され、逃げ場を失ったマナが物理的な圧力を生み出していきます。
「な、なんだ!? 詠唱もなしに……!? それにゴーレムの魔力値が異常だ! 計測器が……計測器が振り切れるぞ!」
試験官が叫ぶのと同時に、私は最後の一撃を加えました。
「――『強制終了』」
パァァァァァァン!!
耳をつんざくような快音と共に、ミスリル合金製のゴーレムが、まるでガラス細工のように一瞬で粉々に砕け散りました。
それも、ただ壊れたのではありません。
破片の一つ一つが、完璧に均等な立方体に切り分けられ、演習場に美しく整列して積み上がったのです。
「…………は?」
学長が、手に持っていた採点表をポロリと落としました。
周囲の生徒たちは、声も出せずに絶句しています。
「……マナの圧縮による内部破壊、および切断座標の完璧な計算。……レティシア、少しやりすぎだ。これでは採点のしようがないよ」
お兄様が呆れたように、けれど満足そうに呟きました。
「レティシアァァァ! なんという美しさだ! 壊すだけでなく、整理整頓まで完璧にするとは! さすがは私の娘、掃除の天才でもあるのか!」
お父様が私を抱き上げ、演習場の中心で高く掲げました。
それはまるで、新しい王の誕生を祝う儀式のようでした。
「あ、あの、学長。今の採点は……」
試験官が震える声で尋ねると、モーリス学長は深くため息をつき、震える手で最高評価の欄に「測定不能」と書き込みました。
「……評価など、おこがましい。彼女は魔法を放ったのではない。……この世界の法則そのものに、『壊れろ』と命令を下したのだ。……閣下、本日の演習、我々一同、大変勉強になりました!」
学長を筆頭に、教師たちが一斉に私に最敬礼を送ります。
それを見た生徒たちも、もはや嫉妬や困惑ではなく、神を崇めるような熱狂を帯びた眼差しを私に向け始めました。
(……あちゃ。ただの『スクリプト実行』のつもりだったんだけど。物理的なエフェクトが派手に出すぎちゃったかしら)
《通知。個体名:レティシアの『物理干渉力』が大幅に上昇しました。……スキル【構造解析】が【因果律操作(見習い)】に進化しました。》
(……見習い? これで「見習い」なら、プロになったら世界がどうなっちゃうのよ)
私はお父様の胸の中で、ルゥと一緒にやれやれと首を振りました。
実技試験が終わる頃には、私の名前はアカデミー中に、いや、王都中に「三歳の賢者」として轟いていました。
けれど、私のデバッグの旅はまだ始まったばかり。
次なる標的は、この学園に根深く蔓延る「派閥争い」という名の、非常にタチの悪い「ヒューマンエラー」です。
(……魔法のバグも、人間のバグも、私が全部まとめてクリーンアップしてあげるわ!)
三歳の私は、お父様に買ってもらったばかりの「魔導チョーク(特注品)」を握りしめ、次なる戦場へと視線を向けるのでした。




