学園のアイドル?いいえ、裏の理事長
入学初日に学長を「生徒」にしてしまったあの日から、私の生活は一変しました。
三歳児としての穏やかな昼寝時間はどこへやら。今の私のスケジュール帳(脳内)は、アカデミーの教授陣への技術指導と、老朽化した魔導インフラの監査で埋め尽くされています。
(……ねぇ、システムさん。三歳児の労働基準法ってこの世界にないの? 完全にブラック企業の中途採用エンジニア状態なんだけど)
《解。本世界の労働法規に『三歳児の魔導コンサルタント』に関する規定は存在しません。……ただし、現在のあなたの貢献度により、アカデミー内の『ルート権限』が実質的に付与されています。》
(権限があるのは嬉しいけど、やってることがインフラエンジニアの夜勤なのよ……)
私は今、お父様とお兄様に連れられ、アカデミーの中央回廊を歩いています。
周囲の生徒たちは、私を見るなり「あの方が……」「例の三歳の賢者様か」と道を開け、最敬礼を送ってきます。
「レティシア、あまり無理をしてはいけないよ。疲れたらすぐにパパに言いなさい。この学園を買い取って、全館バリアフリーの昼寝専用宮殿に建て替えてあげるからね」
お父様(アラリック公爵)は、私の小さなカバンを持ちながら、周囲を威嚇するような視線を送り続けています。
相変わらず、娘を狙う不届き者がいないか監視するレーダーの感度が良すぎます。
「大丈夫ですよ、お父様。今日は中央図書館の『検索インデックス』を少し修正しに来ただけですから」
「レティシアの言う『少し』は、大抵の場合、国家予算級の価値があるからね」
お兄様のシエルが苦笑しながら補足します。
私たちが向かったのは、アカデミーの誇る巨大な中央図書館。
そこには、数千年にわたる魔導書が収蔵されていますが、その検索システムは「司書の記憶」という、極めてアナログで不安定なシステムに依存していました。
図書館の入り口付近には、見覚えのある金髪の少年が、眉間にシワを寄せて分厚い書物と格闘していました。
「あ、ユリウス王子」
「――レティシア!? 本当に来たのか!」
第一王子、ユリウス。
彼は以前より少し背が伸び、王子としての気品を増していましたが、本を前にして途方に暮れている姿は、どこか親しみやすさを感じさせます。
「ユリウス様、お久しぶりです。……相変わらず、非効率な調べものをしているのですね」
「相変わらず手厳しいな……。だが、この図書館の分類法は複雑すぎて、目的の『古代空間魔法』の記述にたどり着けないんだ」
(古代空間魔法、ね。……システムさん、スキャンして)
《解析。……対象の魔導書は、地下三階の『未分類・未整理アーカイブ』に配置されています。……原因:五百年前の司書がカテゴリIDを打ち間違えたことによるリンク切れです。》
(典型的な人為的ミス(ヒューマンエラー)ね。……仕方ないわね)
「ユリウス様、その本なら地下三階の左奥、三番目の棚にありますよ。……それから、ついでにこの図書館の『検索エンジン』、私がアップデートしておきますね」
「えっ? アップデートって……おい、レティシア!」
私はトコトコと図書館の中央にある「親機」――巨大な魔力水晶へと近づきました。
これは学園内の通信と記録を司る中核ですが、今の私から見れば、メモリがパンパンで動作が重い、化石のようなサーバーです。
「お兄様、チョークを貸してください。それと、お父様。少しだけ魔力の供給をお願いできますか? サーバーの再起動をします」
「レティシアの頼みなら何でも聞こう! さあ、私の魔力を好きなだけ使いなさい!」
お父様が過剰なまでの魔力を放出し、私の周囲が眩い光に包まれます。
私は空中にお馴染みの「黄金のウィンドウ」を無数に展開しました。
(まずは、デッドロックを起こしている不要なログを削除。……次に、全魔導書のメタデータをスクレイピングして、高速検索用のインデックスを再構築。……仕上げに、ユーザーインターフェースを最適化して……よし)
[計算式: E_search = lim(t → 0) ∫ (Mana /Latency) dt ]
「――『システム・最適化』、実行!」
パァァァァァァン!
という心地よい音と共に、図書館中の本棚が微かに震えました。
水晶からホログラムのような光が溢れ出し、空中に美しい「検索メニュー」が浮かび上がります。
「な……なんだこれは!? 探したい言葉を念じるだけで、本の場所が光って見えるぞ!」
ユリウス王子が驚愕の声を上げます。
他の生徒たちも、次々と浮かび上がる使いやすいインターフェースに目を丸くしていました。
「レティシア……。君はまた、司書という職業をこの世から消し去るような発明をしてしまったね」
お兄様が呆れたように、けれど誇らしげに呟きます。
そこへ、騒ぎを聞きつけた学長のモーリスが息を切らして駆けつけてきました。
「レティシア閣下! またしてもこのような……! おかげで、学園の魔導通信速度が以前の百倍に跳ね上がりましたぞ!」
「学長先生。ついでに校内の各教室を『魔導回線』で結んでおきました。これで、わざわざ集まらなくても情報共有ができるはずです。……あと、給食の献立表もデジタル化しておきましたよ」
「閣下……! あなたはもはや生徒ではない。このアカデミーの、真の『支配者』……いや、『裏の理事長』と呼ばせていただきます!」
(……理事長は困るわ。私、まだ三歳よ? 責任の重い役職は勘弁してほしいんだけど)
《通知。アカデミー内の利便性が400%向上しました。……生徒たちの感謝の念により、新規スキル【ネットワーク管理者】が解放されました。》
(どんどん人間から遠ざかっていく気がする……)
ユリウス王子が、私の隣に来て少し照れくさそうに笑いました。
「レティシア。君がいると、この世界はどんどん便利になっていくな。……だが、あまり一人で背負いすぎるなよ。僕も、君の隣に立てるくらいには強くなるつもりだ」
「……ユリウス様。まずは、その山積みの本を片付けるところから始めてください。整理整頓は、基本ですよ」
「……うっ。……わかった、頑張るよ」
王子を軽くあしらっていると、お父様が猛烈な勢いで間に割り込んできました。
「ユリウス殿下! 私のレティシアにあまり親しげに話しかけないでいただきたい! 彼女は今、国家レベルのインフラ整備で忙しいのです。ナンパは禁止ですぞ!」
「な、ナンパなんてしてませんよ!」
お父様と王子の不毛な言い争いを背景に、私はルゥの背中に寄りかかり、新しくなった図書館のログを確認しました。
(ふぅ。……これで少しは、この学園もマシな環境になったかしら。……さて、次は学生寮の『水回りの魔導ポンプ』が非効率な設計になってるのよね。……あぁ、エンジニアの血が騒ぐわ)
三歳の私の学園生活。
それは「勉強」をする場所ではなく、この世界の「非効率」を一つずつデバッグしていく、壮大な開発プロジェクトの現場へと変貌していくのでした。
前世では、一人で深夜のデータセンターで泣きながら作業していました。
けれど今は、騒がしいお父様がいて、優秀な助手(お兄様)がいて、競い合える王子がいる。
(……この世界のバグ取り、意外と悪くないかもしれないわね)
私は、王宮から届けられた最高級のクッキーを口に運びながら、次なる「システム改修」の計画を練り始めるのでした。




