王宮の夜会と、忍び寄る不穏なバグ
魔導適性儀式で「無限(Infinity)」を叩き出し、測定器を光り輝く蝶の群れへと変貌させた数日後。
王都テラニウスの王宮では、私、レティシアを主賓とした盛大な祝宴が催されていました。
(……ねぇ、システムさん。このシャンデリアの魔力消費量、前世のデータセンターの電気代より高そうなんだけど)
私はパパの腕に抱かれながら、煌びやかな夜会会場を眺めていました。
《解析。現在の王宮内の総魔力濃度は、平時の150%に達しています。……原因:あなたの存在そのものが『超高性能マナ・ルーター』として機能し、周囲の魔力を引き寄せているためです。》
(私がいるだけで、Wi-Fiの電波が良くなるみたいに魔力が集まってるってこと? 歩くパワースポットにも程があるわね)
「レティシア、見てごらん。王家秘蔵の『星屑のパイ』だ。君が一口食べるだけで、王宮の料理長が三日三晩泣いて喜ぶぞ」
パパ(アラリック公爵)は、私の口元に銀のスプーンを運びながら、周囲の貴族たちを威圧するような殺気を……いえ、「娘を自慢したくて仕方ないオーラ」を放っています。
「あーん、おいち!」
私が一口食べると、またしても足元から「幸福の波動」が広がりました。
会場中の花々がいっせいに蕾を開き、演奏されていた音楽が勝手にアレンジされ、聴く者の魂を震わせる『神曲』へと変貌していきます。
「おお、なんという奇跡……! 公爵令嬢が食事をされただけで、音楽が聖歌に変わったぞ!」
「やはり、彼女は女神の再来だ……!」
(……みんな、落ち着いて。ただの食レポ(物理)だから)
祝宴が盛り上がる中、会場の空気がわずかに変わりました。
中央の玉座に座る国王テラニウス三世が、ゆっくりと立ち上がったのです。
「アラリック公爵、そしてレティシア。近う寄れ」
パパは私を抱きかかえたまま、国王の前へ進み出ました。お兄様のシエルも、冷徹な表情のまま、私の護衛として一歩後ろに控えています。
「適性儀式での報告は聞いている。測定不能、そして測定器の生命体化……。レティシア、お前は我が国の宝どころか、この世界の均衡を左右する存在のようだな」
国王の瞳には、畏敬と、そして微かな『政治的欲心』が見え隠れしていました。
彼は傍らに控えていた従者に合図を送ります。
「お前の二歳の誕生日を祝い、王家より古の秘宝を贈ろう。これはかつての英雄が封印したとされる、伝説の魔導書『空の理』だ」
差し出されたのは、禍々しいまでの重厚感を放つ、黒い装丁の本でした。
鎖で封印されたその本が現れた瞬間、会場中の灯火が一瞬だけ不自然に揺らぎました。
「陛下、これは……あまりに危険な代物では?」
パパの声に緊張が走ります。お兄様も眼鏡の奥の瞳を細め、魔導書を鋭く観察しています。
「案ずるな。封印は解けぬ。ただ、この本は『真の魔力の持ち主』に呼応し、持ち主を導くと伝えられている。レティシアなら、この暴れ馬を馭せるかもしれん」
私はその本を見つめました。
すると、視界の端に「ノイズ」が走ります。
《警告。対象に『致命的な破損データ』を感知。……解析を開始します。》
《警告。魔導書『空の理』の内部に、現行世界の理法と矛盾するコード、通称『呪詛バグ』が混入しています。……汚染度:85%。……放置した場合、この会場の因果律が崩壊し、半径1キロメートル以内が『虚無』に上書きされる恐れがあります。》
(……ちょっと待って。お祝いに爆弾を渡されたようなものじゃない!)
私は、パパの腕から身を乗り出すようにして、その黒い本に手を伸ばしました。
周囲の大人たちが息を呑みます。
「レティシア、触れてはならん!」
パパの制止よりも早く、私は小さな指先で魔導書の装丁に触れました。
その瞬間、私の脳内に、絶叫のようなノイズが響き渡ります。
『……壊セ……全テヲ消去セヨ……』
(……うるさいわね。マニュアルを読み飛ばして勝手に暴走してるコードは、私が一番嫌いなものよ)
私は、システムさんを通じて「管理者権限(管理者モード)」を展開しました。
周囲からは、私がただ本を優しく撫でているようにしか見えなかったでしょう。
けれど、その水面下では、神の領域に等しい「デバッグ」が開始されていました。
《実行。固有スキル【言霊の法】および【システム修復】を同時発動。……不正な再帰ループを遮断。……汚染されたポインタを正常なアドレスにリダイレクト。……最終処理:『呪い』を『祝福』へコンパイルし直します。》
「……きれい、きれい、になーれ!」
私が魔法の合言葉を口にした瞬間。
パキィィィィィィィィィィィン!!
魔導書を縛っていた鎖が、ダイヤモンドの破片となって弾け飛びました。
禍々しかった黒い装丁は、雪のような白銀へと変色し、本全体から暖かな陽光のような輝きが溢れ出しました。
「な……!? 封印が……浄化されただと……!?」
国王が立ち上がり、驚愕で声を震わせます。
魔導書は私の手の中でおとなしく収まり、まるで「ご主人様、システムアップデートありがとうございます」と言わんばかりに、パタパタとページをめくって風を送ってきました。
「わぅーん!」
足元で待機していたルゥが、尻尾を振りながら魔導書を鼻先で突きます。どうやらルゥには、この本が「美味しいおやつ」程度にしか見えていないようです。
「……父上、見ましたか。レティシアは、英雄でも封じられなかった『呪いの原典』を、一瞬で『育児用絵本』に書き換えてしまいましたよ」
お兄様のシエルが、誇らしげに(そして若干呆れたように)肩をすくめました。
「お、おお……。これがグランヴェルの奇跡か。……テラニウスよ、私は今、歴史が変わる瞬間に立ち会っているのかもしれぬな……」
国王は、もはや政治的な駆け引きなど忘れたように、私の前で深く頭を下げました。
(……ふぅ。とりあえず、広域爆発は防げたみたいね)
《報告。魔導書のデバッグに成功しました。……付随効果:この本は今後、あなたの発する言葉を自動で記録し、周囲の魔法事象を最適化する『外部メモリー(外部演算機)』として機能します。》
(便利ね。日記帳代わりに使えるかしら)
しかし、安堵したのも束の間。
私の「システム」が、会場の隅にいる「ある人物」に赤いマーカーを立てました。
《警告。不自然な『観測者』を感知。……会場の柱の陰、給仕に擬態している個体から、魔導書の汚染源と同一のシグネチャ(魔力波形)を確認しました。》
(……! 今の本を、わざと陛下に渡させた『バグの作成者』がいるってこと?)
私は、パパの肩越しにその方向をじっと見つめました。
そこには、平凡な給仕の服を着た一人の男が立っていました。彼は私の視線に気づくと、薄気味悪い笑みを浮かべ、空間の歪みの中へと溶けるように消えていきました。
個体名:???(解析不能)
称号:【深淵のエンジニア】【世界のバグ】
状態:『面白い……。この世界のコードを書き換える者が、もう一人いるとはな』
(……管理者権限を持つのは、私だけじゃないの?)
背筋に冷たいものが走りました。
どうやら、この世界は私が思っていたよりも、ずっと「複雑な仕様」で動いているようです。
「レティシア? どうしたんだい、そんな怖い顔をして」
パパが心配そうに覗き込んできます。私はすぐにいつもの「可愛い赤ちゃん」の顔を作り、パパの頬を両手で包みました。
「……ううん、ぱぱ。おなかすいた!」
「おお、そうか! 今すぐ王宮中の最高級デザートをここに集めさせよう! 陛下、よろしいですね!?」
「あ、ああ……。公爵、好きにするがよい……」
会場は再び、パパの親馬鹿爆走と、私の可愛さに中てられた貴族たちの歓声に包まれました。
けれど、私は知っています。
この華やかな夜会の裏側で、確実に「致命的なエラー」が動き出していることを。
前世の私は、バグを見つけたら一人で徹夜して直すしかありませんでした。
けれど、今の私には。
世界最強のパパ、超天才のお兄様、もふもふの相棒、そして新しく手に入れた「白銀の魔導書」がある。
(……かかってきなさい、バグ。誰が作ったコードだろうと、私が全部綺麗に『クリーンアップ』してあげるわ!)
私は、新しく相棒になった白い魔導書をルゥの背中に乗せながら、迫りくる「世界のバグ」との戦いに向けて、静かに……いえ、賑やかに闘志を燃やすのでした。
もちろん、この日の帰り道。パパとお兄様が「レティシアを狙う不届きな視線があった」と激怒し、王宮の全職員に対して「三代前までの家系調査」と「魔力指紋の強制登録」を開始するという、超強引なセキュリティアップデートを敢行するのは、また別の物語です。




