魔力測定?いいえ、システム負荷テストです
私が二歳という、前世ならようやく言葉を繋げ始める時期を迎えた頃。
テラニウス王国には、貴族の子弟が避けては通れない「魔力適性儀式」という名の恒例行事がありました。
(……ねぇ、システムさん。これって要するに、ハードウェアのスペック診断よね?)
私は、王立魔導アカデミーへと向かう豪華な馬車の中で、膝の上のルゥを撫でながら尋ねました。
《解。肯定します。……対象の魔力保有量、および属性適性を測定し、国家のリソース(教育・軍事)を最適化するためのベンチマークテストです。》
(なるほどね。でも、私のスペックを正直に出したら、計測機器が物理的に「爆死」する気がするんだけど……)
「レティシア、顔色が悪いぞ。もしや緊張しているのか? 大丈夫だ、お前の魔力なぞ測定するまでもない。このパパが保証する、お前は世界で最も尊く、美しい『愛の魔力』の持ち主だ!」
パパ(アラリック公爵)が、私の手を握りしめて鼻息荒く宣言します。彼の背後には、最新の魔導論文を読み耽っているお兄様が控えていました。
「父上、レティシアが緊張しているのは測定そのものではなく、この儀式がいかに『非効率』であるかを見抜いているからですよ。……レティシア、安心して。もし測定器が君の魔力を正しく評価できなかったら、僕がその場で測定理論を一から書き換えてあげるからね」
(お兄様、それはそれで試験会場がパニックになるからやめてほしいな……)
「わぅん!」
ルゥが「俺がついてるぞ」と言わんばかりに胸を張りますが、君の存在自体がすでに測定不能なエラー要因なのよ。
王立魔導アカデミーの講堂に到着すると、そこには多くの貴族親子が集まっていました。
中央には、高さ三メートルを超える巨大な「魔導水晶・オリジン」が鎮座しています。これに触れることで、属性が色で、魔力量が光の強さで表示される仕組みです。
「……あ、レティシア様だ!」
「城下町に奇跡を起こしたという、伝説の……」
周囲がざわつきます。前回のハンスさんの屋台の件以来、私は一部で「歩くパワースポット」として崇拝され始めていました。
「……ふん。ようやく来たか、レティシア」
人混みを割って現れたのは、ユリウス王子でした。彼は相変わらずの自信満々な表情ですが、その視線は私の腕の中のルゥに釘付けです。
「ユリウス様。今日は殿下の測定日でもありましたね」
「ああ。僕は先ほど終えたが……属性は『全属性適性』、魔力量は『SSSランク』だった。アカデミー創立以来の記録だそうだよ」
ユリウスが少しだけ誇らしげに言いました。確かに、七歳でその数値は異常です。まさに天才王子。
「すごいですね! さすがユリウス様です」
「……っ。ま、まあ、君の『先生』になる身としては、これくらい当然だ。さあ、次は君の番だぞ。……壊さないように気をつけるんだな」
ユリウスはぶっきらぼうに言いながらも、心配そうに測定器を見上げました。彼は知っているのです。私の「言霊」が、この世界の理を容易くオーバーライドすることを。
「次、グランヴェル公爵家、レティシア・ド・グランヴェル嬢。前へ」
試験官の呼び出しに応じ、私はパパの手を借りて壇上へ上がりました。
目の前には、深淵のような紺色の光を湛えた巨大な水晶。
(……さて、システムさん。どうしましょうか? 手加減して『測定不能』くらいに抑えておく?)
《提案。現在のあなたの魔力密度で触れた場合、手加減の如何に関わらず、測定器のバッファがオーバーフローします。……回避策として、魔力を『出力』するのではなく、水晶側のシステムを『調整』することを推奨します。》
(調整? ああ、なるほど。測定器側の『受け皿』を大きくしてあげればいいのね)
私は、小さな手のひらを冷たい水晶に添えました。
そして、心の中でそっと「最適化」を唱えます。
「……みんなと、おんなじ。仲良くしてね」
私が呟いた瞬間。
《実行。固有スキル【言霊の法】発動。……対象:魔導水晶・オリジン。……処理:内部演算エンジンの並列化、および表示リミッターの解除を実行。……測定開始。》
水晶の奥底から、かつて誰も見たことがないような「色」が生まれました。
それは赤でも青でもなく、全属性が完全に融合した「透明な白銀」。
そして、光の強さは講堂の屋根を透過し、天に届く柱となりました。
「な……ななな、なんだ!? 水晶が……白銀に!? しかも、数値が表示されない!?」
試験官が絶叫します。
通常、魔力量は水晶に浮かび上がる数字で示されますが、そこにはただ一つの英単語が表示されていました。
【 ∞ (Infinity) 】
「イ……インフィニティ……!? 無限だと!? バカな、測定不能ではなく、存在そのものが魔力の源泉だというのか!」
講堂中が静まり返り、次の瞬間、割れんばかりの歓声が響き渡りました。
しかし、異変はそれだけでは終わりませんでした。
私の「仲良くしてね」という言葉。それが水晶の精霊に届きすぎてしまったようです。
パキィィィィン!!
「あ……」
巨大な水晶が、内側から弾けました。……いえ、壊れたのではありません。
水晶の破片一つ一つが、美しい「光の蝶」へと変化し、講堂内を舞い始めたのです。
《報告。個体名:レティシアの言霊により、無機物であった測定器が『魔導生命体』へと進化しました。……現在、彼らはあなたを『マザー(母機)』として認識し、忠誠を誓っています。》
(……えっ。測定器が、私の部下になったの?)
舞い踊る蝶たちは、私の周囲に集まり、小さな光の王冠を私の頭上に形作りました。
それは、誰の目にも「天から選ばれた者」の証明にしか見えません。
「……はは、ははは! さすがだ、レティシア! 測定器すらも一瞬で従僕に変えてしまうとは! これで王宮の連中も、お前を単なる子供とは呼べまい!」
パパが狂喜乱舞し、お兄様は「蝶の軌道から導き出される新世代の魔力演算式」を猛烈な勢いでメモしています。
ユリウス王子にいたっては、開いた口が塞がらないという様子で私と蝶たちを交互に見ていました。
「……レティシア。君、……やっぱり、加減という言葉を知らないだろう」
「あぅ……なかよし、しただけ……」
私が困ったように微笑むと、光の蝶たちが一斉に鱗粉を振りまきました。
その粉を浴びた聴衆たちは、「魔力が回復した!」「長年の頭痛が消えた!」と次々に祈りを捧げ始めます。
こうして、私の二歳の適性儀式は、「国家宝物の破損」と「新種の魔導生命体の創造」、そして「数千人の同時治癒」という伝説を残して終了しました。
前世でのスペック診断は、自分の限界を知らされる残酷なものでした。
「お前の代わりはいくらでもいる」という無機質な評価。
けれど、今の私。
私の力は、数字では計れない。
私の言葉は、システムの限界さえも超えて、新しい命を生み出していく。
(……ま、ちょっとやりすぎちゃったけど。蝶々さんたち、可愛いからいいわよね)
私は、頭上の光の王冠をルゥに自慢しながら、また一歩、この世界の「管理者権限」に近づいてしまうのでした。
もちろん、この直後、王立アカデミーの学長が「我が校の歴史を物理的に書き換えた責任を取って、今すぐ名誉教授になってください!」と泣きつきながらパパに蹴り飛ばされるのは、いつものお約束です。




