初めての魔法訓練?杖を振る前に世界が変わる
一歳という節目を迎え、グランヴェル公爵家ではある重大な会議が執り行なわれていました。
題して、「レティシアお嬢様の英才教育・初級プログラム策定会議」。
(……ねぇ、システムさん。目の前に並んでいる、この物騒な人たちは誰?)
私がリビングの特等席(最高級シルクのクッション)に座りながら尋ねると、システムボイスが冷静にプロファイルを展開します。
《解。対象をスキャンします。》
《右:王立魔導アカデミー名誉総帥、エリオット。……二つ名:『深淵を覗く者』。》
《左:精霊の里の長老、フェアリリス。……二つ名:『万物の息吹を知る者』。》
《中央:……あなたの父、アラリック公爵。二つ名:『重度の親馬鹿』。》
(最後の一人だけ、属性が違いすぎる気がするんだけど!)
パパの鼻息は相変わらず荒く、目の前の伝説級の魔導師たちを睨みつけています。
「いいか、エリオット。フェアリリス。レティシアは我が公爵家の最高傑作だ。その溢れんばかりの才能を伸ばすのが貴公らの役目だが、万が一にも、レティシアの指先に『ささくれ』一つ作ってみろ。その瞬間、この国から魔導の概念を消去してやる」
「お、仰せのままに、アラリック様……」
「精霊の加護にかけて、お守りいたしますわ……」
伝説の魔導師たちが、一歳の赤ん坊(私)を前にしてガタガタと震えています。
お兄様のシエルはといえば、すでに私の横で「レティシア専用・超高密度魔力吸収型杖(試作一号)」を自慢げに掲げていました。
「レティシア、見て。この杖は、遥か東の果てに棲む神龍の角を削り出し、僕の魔力を凝縮した魔石を埋め込んだものだよ。これを使えば、君がくしゃみをしただけで山一つを消滅させる程度の魔法なら、安全に『中規模の爆発』程度に抑えられるはずだ」
(……お兄様、それ『安全』の基準がバグってるよ!?)
《報告。個体名:シエルが作成した杖を確認。……性能:一振りで銀河の法則を歪める『アーティファクト』です。……判定:乳児の玩具としては不適切です。》
(だよね!? 絶対いらないよそんなの!)
私は「イヤッ!」と首を振り、お兄様の差し出した物騒な杖を遠ざけました。
すると、魔導アカデミー総帥のエリオットが、震える手で小さな「初心者用の杖」を差し出してきました。
「お、お嬢様……。まずは、この普通の杖を持って、小さな火を灯すイメージをしてみてください。魔法の基礎は『発光』からですな。……さあ、復唱してみてください。『ぴかぴか』、と」
エリオットは、私が「言霊」の持ち主であることを理解していました。だからこそ、あえて最も単純で、最も無害な言葉を選んだのでしょう。
私は、彼の期待に応えるべく、小さな人差し指を空に向かって突き出しました。
杖なんて、必要ありません。前世のSEが培った「最短コードで最大の出力を出す」という最適化思考をフル回転させます。
(火を灯す……。でも、ただの火じゃつまらないわね。もっと、みんなが明るい気持ちになれるような、温かい光がいいわ)
私は、システムさんを通じて「太陽の魔力組成」と「聖属性の治癒波動」をミックスし、一つの単語に凝縮しました。
「ぴか……ぴかぁ!」
その瞬間——。
《警告。固有スキル【言霊の法】により、新魔法『聖域の超新星』が生成されました。……対象:テラニウス王国全土。》
カッッッッッ!!!
公爵邸の天井を突き抜け、王都の空に「二つ目の太陽」が出現しました。
それは眩しいけれど決して熱くなく、浴びるだけで体の重みが消え、心が幸福感で満たされる不思議な光でした。
「な……な、なんという……! 詠唱の破棄どころか、概念そのものを生み出したというのか……!?」
総帥エリオットが、腰を抜かしてその場にへたり込みました。
王都の街中では、光を浴びた人々の歓声が上がっています。
「神様だ!」「目が見えるようになったぞ!」「今日のご飯が美味しく感じる!」
(……あ、あれ? ちょっと光を盛りすぎちゃったかな?)
「……ふふ、ふはははは! 見たか! これが私のレティシアだ! 初級魔法を教えろと言ったのに、彼女は『福音』をもたらしたぞ! エリオット、貴様にもう教えることなど何もないな!」
「は……ははっ……。仰る通りです……。わたくしのような凡才が、レティシア様を教えるなど、太陽に向かって懐中電灯を照らすようなもの……。レティシア様、どうか、どうかこの老いぼれを一番弟子にしてくださいッ!!」
魔導アカデミーのトップが、私の足元に額を擦り付けて号泣し始めました。
精霊の長老フェアリリスまでもが、「精霊たちが……王都中の精霊たちが、お嬢様を女王と認めて狂喜乱舞しておりますわ……!」と、感極まって祈りのポーズをとっています。
「父上、困りますね。レティシアの才能が公になりすぎると、また王家が彼女を囲い込もうと画策します。……よし、今すぐ王都に『認知阻害結界』を張り巡らせて、今の光は『お兄様が実験に失敗しただけ』というデマを流しましょう」
(お兄様、自分の名誉を犠牲にしてまで私を守ろうとしないで! それと、デマの規模が大きすぎるから!)
私は、騒ぎまくる大人たちを尻目に、空に浮かんだ自作の「光の玉」をパチン、と指を鳴らして消しました。
すると、空からは光の破片がキラキラとダイヤモンドダストのように降り注ぎ、公爵邸の庭の木々が一瞬で黄金の実をつけました。
《通知。個体名:レティシアの魔力制御レベルが上昇。……『創造』と『破壊』の均衡をマスターしました。……称号:【未踏の導師】を獲得しました。》
(一歳で『導師』になっちゃったよ。……人生(二回目)の進捗が早すぎない?)
私は、興奮して私を抱き上げようとするパパと、必死に弟子入りを志願する総帥、そして「妹の聖域化」を記録し続けるお兄様に囲まれながら、ふと思いました。
前世では、新しい技術を覚えるたびに「これでもっと仕事ができる」と喜んでいました。けれど、その力は常に誰かに搾取されるためのものでした。
でも、この世界では。
私の力は、私を愛してくれる人を守るためにあり、みんなを笑顔にするためにある。
(……魔法って、素敵ね。これなら、もっともっと勉強しちゃおうかな!)
私がニパッと無邪気に笑うと、その笑顔のあまりの神々しさに、総帥エリオットが再び尊死(気絶)し、パパが「救急隊だ! いや、レティシアに触れるな、不浄だ!」と叫び、公爵邸はまたしてもカオスな喜劇へと突入していくのでした。
魔法訓練は一秒で終わりましたが、私の「伝説」は、まだ始まったばかり。
次はどんな言葉で、世界をひっくり返してやろうかしら。
私は、パパの広い胸の中で、心地よい疲れと共にウトウトしながら、未来のデバッグ……もとい、冒険に胸を躍らせるのでした。




