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『死ぬほど愛されたい』と願ったら、最強の公爵家に転生して家族の愛が重すぎます!〜赤ちゃん令嬢は『慈愛の眼』で今日もデレを解析中〜  作者: 五十嵐紫
第3章:初めての言葉は、魔法の引き金

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初めての『イヤ!』で、世界が凍りついた?

「言霊」の力が覚醒し、私の発言一つで世界が書き換えられることが判明した今日この頃。


公爵邸は、かつてないほどの緊張感に包まれていました。


(……ねぇ、システムさん。この空気感、何かに似てると思わない?)


私が心の中で問いかけると、相棒はいつもの無機質な、それでいてどこかノリのいい声で返してきます。


《解。これは、大規模システムのリリース直前、重大なバグが一つも許されない状況における『エンジニアたちの殺気』に酷似しています。》


(ああ……それだ。嫌なことを思い出させないでよ)


前世のトラウマが蘇りそうになりますが、今の私は公爵令嬢。


目の前に並んでいるのは、デスマーチに疲弊した同僚ではなく、私の機嫌を損ねまいと必死な『最強の家族』たちです。


事件は、お昼の下ごしらえが済んだ頃に起こりました。


穏やかな日差しが差し込むダイニング。


私の目の前には、パパが「世界で最も健康に良い」と豪語する、緑色に輝く不思議なスープが置かれていたのです。


「さあ、レティシア。これは北の最果てにある『精霊の森』でしか採れない薬草を、ドラゴンの残り火でじっくり煮込んだ特製スープだ。一口飲めば、魔力回路がさらに強固になり、肌は真珠のように輝くと言われているぞ!」


パパは、まるで聖杯でも捧げるかのような敬虔な顔で、スプーンを差し出してきました。


しかし、私の解析スキルは容赦ない事実を告げます。


《解析。対象:精霊薬草の濃縮スープ。……栄養価:計測不能。……味:強烈な苦味、えぐ味、および『土の味』がします。……結論:味覚デバッグにおいて『致命的なエラー』が発生する可能性が高いです。》


(……パパ。健康に良くても、泥みたいな味のスープは飲みたくないよ)


私はスプーンから漂う、何とも言えないスパイシーかつドロっとした香りに、顔をしかめました。


前世で、栄養バランスだけを考えて飲んでいた、あの不味い青汁を思い出したのです。


「レティシア? どうしたんだい? ほら、あーんして」


パパの期待に満ちた瞳。


お兄様も、


「レティシア、これは僕が計算して調合比率を決めたんだ。きっと君の進化に役立つよ」


と、眼鏡をキラリと光らせています。


けれど、無理なものは無理なのです。


私は、自分の意志をはっきりと伝えるために、ついに「その言葉」を口にしました。


「……いやっ!」


その瞬間――。


《警告。固有スキル【言霊のロゴス】により、最上位の『拒絶命令キャンセル』が発動。……事象の否定を開始します。》


ピキィィィィィィィィィィィィン!!


凄まじい音と共に、私の視界から「色」が消えました。


……いえ、正確には、私の目の前にあるスープ、パパ、お兄様、そして部屋の半分が、一瞬にして「氷漬け」になったのです。


単なる氷ではありません。


それは、存在そのものの時間を停止させる「絶対零度の静止」でした。


(……えっ、えええええええええっ!?)


「…………っ」


パパが、スプーンを差し出したポーズのまま、カチンコチンに固まっています。


彼の鼻から出た吐息すら、空中でクリスタルのように固まっていました。


お兄様も、魔導書を開こうとした瞬間のまま、美しい彫像のようになっています。


《報告。個体名:レティシアの拒絶反応が、周囲の因果律に干渉。……『嫌なもの』の存在を凍結させ、世界の進行を一時停止させました。……注釈:これが巷で噂される『イヤイヤ期』の第一歩(物理)です。》


(物理すぎて笑えないよ!! パパとお兄様を今すぐ解凍して!)


私は焦って、凍りついたパパの頬に手を触れました。


すると、私の手から溢れ出た魔力が氷を融かし、二人の時間が再び動き出します。


「はっ……!? 今、私は……宇宙の果てを見たような……?」


パパがガタガタと震えながら正気に戻りました。


スプーンに乗っていたスープは、私の「イヤ!」という言霊によって、文字通り塵となって消滅していました。


「父上、今のは……レティシアの『拒絶』が、概念的な魔法として発現したものです。彼女が『嫌だ』と言えば、この世界のことわりすらも停止してしまう……」


お兄様が、青白い顔をしながらも、震える手で手帳に「レティシアのイヤ:世界停止ザ・ワールドに匹敵する神権」と書き込んでいます。


「お、おお……。すまない、レティシア! パパが悪かった! お前が嫌がるものを無理強いするなんて、パパは親失格だ! 今すぐこのスープを作った料理人を……いや、不味い薬草を生やしている精霊の森ごと、私が更地にしてこよう!!」


「パパ、だめ! だめえええ!」


私は慌ててパパの袖を掴みました。


一言の「イヤ」で世界を凍らせ、さらにパパが森を滅ぼしに行く。


赤ん坊のわがままが、どうしてこうも「世界の終焉ラグナロク」に直結してしまうのでしょうか。


「……あら、大騒ぎね。レティシア、どうしたの?」


そこへ、騒ぎを聞きつけた母様のルナが登場しました。


彼女は、凍りついたままの部屋の壁(私の魔力の残滓)を見て、ふふっと楽しげに笑いました。


「まあ、レティシアったら。もう自分の意志で世界を否定できるようになったのね。成長が早くて、お母様は嬉しいわ」


(お母様、ポジティブすぎるよ……!)


お母様は、パパが持っていた空のスプーンを優雅に取り上げると、私の頭を優しく撫でました。


「レティシア、不味いものは食べなくていいのですよ。その代わり、お母様が魔法でお砂糖をたっぷり入れた特製の苺ムースを作って差し上げましょう。……ただし、虫歯になったらお兄様が魔法で治療デバッグすることになりますけれど」


「お任せください、母上。レティシアの歯一本一本に、二十四時間体制でナノサイズの防護結界を張っておきます」


お兄様の回答が相変わらず狂気(愛)に満ちていて、私は苦笑いするしかありません。


(……ふぅ。一言の『イヤ』でこれなら、今後はもっと言葉を選ばなきゃ。……あ、でも)


私は、ようやく解凍されて涙目で私を見つめるパパを見て、少しだけ申し訳なくなりました。


パパは私のことが大好きで、私の健康を思って、あの不味いスープを用意してくれたのです。


私は、パパの鼻先にちょんと触れて、小さな声で言いました。


「ぱぱ……ごめんね。しゅきよ」


その瞬間――。


ドォォォォォォォォォォン!!!


王都の空に、またしても黄金の衝撃波が広がりました。


《警告。個体名:アラリックの精神障壁が完全に崩壊。……溢れ出た『親馬鹿オーラ』が物理的な防壁(絶対防御)となり、公爵邸を包囲しました。現在、この屋敷は神の領域に等しい防御力を有しています。》


「う……うお……うおおおおおおお……っ!! レティシアが……私のことを……『好き』と……!! あああああ、私は今、神になった! いや、神を超えたぞ!!」


パパはその場に突っ伏し、絨毯を涙で濡らしながら悶絶し始めました。


彼から漏れ出る魔力があまりに強すぎて、部屋の家具がガタガタと浮き上がっています。


「父上、見苦しいですよ。レティシアが引いているではありませんか」


冷ややかなお兄様の声。


しかし、彼の手帳を持つ手も、感動で小刻みに震えています。


「レティシアの『しゅき』:対象を不老不死、および無敵状態にする至高の祝福」


とメモされているのが見えました。


(……待って。私の「好き」って、そんなチート付与魔法だったの!?)


「あらあら、朝から賑やかですわね」


母様のルナが、お盆に乗せた特製ミルクを持って現れました。


彼女は、悶絶するパパを優雅に踏みつけ……もとい、避けながら、私の前にしゃがみました。


「さあ、レティシア。美味しいミルクですよ。お口に合うかしら?」


母様が差し出したのは、魔導ギルドが総力を挙げて精製したという、究極の栄養素を含むミルクです。


私はそれを一口飲み、「おいちい!」と声を上げました。


すると――。


《通知。個体名:ルナの調合したミルクに『神格』が付与されました。……これを飲んだあなたは、一時間だけ大天使の翼が生えます。》


(……えっ、翼!?)


私の背中から、ふわっ、と白銀の光り輝く翼が生えてきました。


私は自分の意思とは無関係に、ふわふわと部屋の中を浮き上がり始めます。


「……っ! レティシアが……天使になった……!」


「いえ、母上。もともと天使でしたが、ついに実体化したのです」


「……ああ、神よ、感謝する。レティシアを、レティシアを我が家に遣わしてくれて……!!」


家族三人が、浮遊する私を見上げて、同時に祈りのポーズを取りました。


その光景は、もはや宗教画のようです。


(違うの、みんな! これ、ただのミルクの感想なの! お兄様、手帳に『レティシアは言葉で自らを進化させる』って書かないで!)


私は天使の翼をパタパタさせながら、天井近くでため息をつきました。


前世では、言葉を尽くしても伝わらないことばかりでした。


修正依頼をしてもスルーされ、感謝の言葉さえも業務のノイズに消えていった。


けれど、ここでは。


私の「綺麗」が花を咲かせ、私の「好き」が人を無敵にし、私の「美味しい」が奇跡を起こす。


(……この『言霊』の力。使い道を間違えたら世界が滅んじゃうけど、みんながこんなに幸せそうなら……少しずつ、練習していこうかな)


私は、黄金の花が咲き乱れ、パパが泣き崩れ、お兄様が神格化を記録し、母様が優雅に微笑むカオスな部屋の中で、


「次はなんて言おうかな」


と、少しだけイタズラな気分で未来を想像するのでした。

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