言葉に宿る『言霊』の力
王都が黄金の光に包まれた「第一声記念日」から数日。
公爵邸は、依然としてお祭り騒ぎの余韻の中にありました。
というより、家族のテンションが「レティシアが喋った」という事実によって、沸点を超えたまま固定されてしまったのです。
私が「パパ」という禁断の起動コマンド(?)を唱えてからというもの、公爵邸のセキュリティレベルは「対魔王決戦」並みに引き上げられていました。
それもそのはず。
私の発する何気ない一言が、この世界の物理法則を軽々と上書きしてしまうことが判明したからです。
(……ねぇ、システムさん。今の状況をSE用語で説明してくれる?)
私がゆりかごの中で、山積みにされた献上品(最高級の魔導書や宝石付きのがらがら)を眺めながら尋ねると、脳内の相棒は淡々と答えました。
《解。現在の状態は『音声入力による現実改変プロセスの常時実行』です。個体名:レティシアの発言は、世界の根幹システムに対する『特権命令』として処理されています。》
(……要するに、私が「お腹空いた」って言えば、天からマナが降ってくるレベルってことね)
恐ろしい。
前世で「仕様書通りに動かない!」と嘆いていた日々が嘘のようです。
今の私は、口を開くだけで世界というプログラムを書き換えてしまう「歩くバグ」……いいえ、神様のような存在になってしまったらしいのです。
「レティシア、おはよう。今日の君も、世界で一番……いや、全宇宙で一番尊いよ」
扉が静かに開き、お兄様のシエルが入ってきました。
彼の手には、何やら分厚い手帳が握られています。
「お……おにー……たま」
私が頑張って呼んでみると、お兄様は「うっ……!」と胸を押さえてその場に崩れ落ちました。
「……今、君が僕を呼んでくれたおかげで、僕の魔力回路が浄化され、最大出力が1.5倍に跳ね上がったよ。レティシア、君の声は最高の魔力触媒だ」
(お兄様、いちいち分析が重いのよ……)
お兄様は震える手で手帳を開きました。
そこには「レティシア語録:事象変化観測記録」と恐ろしいタイトルが書かれています。
「さあ、レティシア。今日は言葉の練習をしようか。まずは……そうだな、この枯れかかった観葉植物を見て、何か感じたことを言ってみてくれるかい?」
お兄様が指差したのは、部屋の隅にある少し元気のない植木鉢でした。
おそらく、私の「力」の検証をしようとしているのでしょう。
(うーん、枯れちゃってるのはかわいそうね。……あ、「綺麗」って言えば元気になるかな?)
私は、その茶色くなった葉っぱに手を伸ばし、優しく微笑みかけました。
「きれい……!」
その瞬間――。
《通知。固有スキル【言霊の法】が自動発動。……対象の『生命ログ』を復元し、存在のランクを昇華させます。》
枯れかけていた植物が、まるで時間を巻き戻したかのように、一瞬で生き生きとした姿へ変わっていきます。
茶色かった葉は鮮やかな緑へ。
細かった茎は力強く伸び、やがて植物全体から神々しい光が溢れ出しました。
(……えっ? ちょっと待って。私、ただ「きれい」って言っただけなんだけど?)
《報告。対象の生命活動が完全回復しました。さらに、存在ランクが上昇しています。》
「……素晴らしい」
お兄様は震える声で呟きました。
「レティシア。君の言葉には、本当に世界を書き換える力があるんだね……」
私は目の前の植物を眺めながら、少しだけ考えました。
(じゃあ……ほかの言葉なら、どうなるのかな?)
私は、お兄様の顔を見上げます。
「……すき」
「…………」
お兄様が固まりました。
次の瞬間、彼の魔力が一気に膨れ上がります。
《警告。対象:シエル・ド・グランヴェル。『幸福値』が異常上昇しています。》
「……レティシア……」
お兄様は、両手で顔を覆いました。
「今の言葉を、もう一度……いや、やっぱり駄目だ。これ以上聞いたら僕の魔力が耐えられない……!」
(お兄様、言葉一つで魔力が暴走するってどういう仕組みなのよ……)
しかし、私の言霊の力は、家族を喜ばせるだけではありませんでした。
何気ない言葉が、周囲の物質や魔力にまで影響を与える。
「きれい」と言えば花が蘇る。
「好き」と言えば、相手の力が増幅される。
その事実に気づいた私は、少しだけ実験してみたくなりました。
(……もっと試してみたい)
その時。
「あらあら、朝から賑やかですわね」
母様のルナが、お盆に乗せた特製ミルクを持って現れました。
彼女は、悶絶するパパを優雅に踏みつけ……もとい、避けながら、私の前にしゃがみました。
「さあ、レティシア。美味しいミルクですよ。お口に合うかしら?」
母様が差し出したのは、魔導ギルドが総力を挙げて精製したという、究極の栄養素を含むミルクです。
私はそれを一口飲み、「おいちい!」と声を上げました。
すると――。
《通知。個体名:ルナの調合したミルクに『神格』が付与されました。……これを飲んだあなたは、一時間だけ大天使の翼が生えます。》
(……えっ、翼!?)
私の背中から、ふわっ、と白銀の光り輝く翼が生えてきました。
私は自分の意思とは無関係に、ふわふわと部屋の中を浮き上がり始めます。
「……っ! レティシアが……天使になった……!」
「いえ、母上。もともと天使でしたが、ついに実体化したのです」
「……ああ、神よ、感謝する。レティシアを、レティシアを我が家に遣わしてくれて……!!」
家族三人が、浮遊する私を見上げて、同時に祈りのポーズを取りました。
その光景は、もはや宗教画のようです。
(違うの、みんな! これ、ただのミルクの感想なの! お兄様、手帳に『レティシアは言葉で自らを進化させる』って書かないで!)
私は天使の翼をパタパタさせながら、天井近くでため息をつきました。
前世では、言葉を尽くしても伝わらないことばかりでした。
修正依頼をしてもスルーされ、感謝の言葉さえも業務のノイズに消えていった。
けれど、ここでは。
私の「綺麗」が花を咲かせ、私の「好き」が人を無敵にし、私の「美味しい」が奇跡を起こす。
(……この『言霊』の力。使い道を間違えたら世界が滅んじゃうけど、みんながこんなに幸せそうなら……少しずつ、練習していこうかな)
私は、黄金の花が咲き乱れ、パパが泣き崩れ、お兄様が神格化を記録し、母様が優雅に微笑むカオスな部屋の中で、
「次はなんて言おうかな」
と、少しだけイタズラな気分で未来を想像するのでした。
もちろん、次に「かっこいい」と言われたパパが、勢い余って王宮を黄金に変えてしまうのは、また数時間後の出来事なのですが。




