25、大桃入刀!
テーブルの上の巨大桃と部長が対峙している。
部長が白くて猗麗な手をその桃の上に乗せ、包丁を割れ目の天辺に添えた。
みんな、その様子を固唾を飲んで凝視している。
「チョン君、そっち抑えようか…俺は、こっちだ。」
七海が気を効かせた。
大桃が、切れた途端、重みで下に敷いた皿から
転がり落ちそうな気がしたのだ。
部長も真剣な瞳をしている。
命を頂くのだ。
この神懸った果実に刃を入れるのだ。
もしかしたら、祟られるかも知れない。
そんな有り得ない妄想が
この大桃の前では真実の様に思われた。
シーンと、鎮まりかえった。空気の中で……
"サクッ"
と言う音が、みんなの数膜を揺きぶった。
その振動は直接、横隔膜に。
心端に、職時に伝達された。
「きゃ~〜~あ!」
「わわっ!何だい
ナクサ、女みたいな叫び声上げて!」
「私は、女だ!正真正銘、女だ!
…みたいとはなんだ!」
「そんな事はどうでもいい!
この緊張感の中で刃物を使ってるんだぞ。
七草!オマエも真剣になれ!」
「悪かった。つい...
肛門が何だかムズムズしてきたんだよ。
それで、包丁が皮一枚入ったあの瞬間の
"サクッって、音で「痛っ!」って
無意識に反応してしまったんだよ。
本当は痛くも痒くもなかったんだけどな。」
「ああ、私も何だか、穴回りがムズムズしてたよ。」
「ヨッシーまで何だぁ?とにかく、冷静になれ!
チョン君を見てみろ。
尻餅付いて動けくなってるじゃないか!」
「どうしたんだ!チョン君?」
「七草先輩が
突然、女の子みたいな叫び声を上げるから
部長さんがビックリして、のけぞった時に
包丁の剣先が俺の顔を直撃しそうになったんですよ。
ギリよける事が出来ましたけど
恐怖で腰が抜けてしまいましたよ。」
「いや、本当にギリだったな。
それにしてもマトリックスの
あの名場面を彷彿させたな!」
「ああ、イナバウワー…してたな。」
「何なんですか?どっちも、わかんないですよ!」
「しかし、よくあんなの出来たな。
部長か、短亀ちゃんなら、やれるだろうけど...」
「だ、か、らぁ、短亀ですって!
俺が自力で、あんな事出来る訳ないじゃないですか!
真横には居ましたけど…
その瞬間、俺の体を後ろから抱きしめて
弓なりになったんです。
おかげで命拾いですよ。」
「さすが、短亀ちゃんの神技が、また出たな!」
「いえ!危険な目に遭っている人を助けるのは
人として当然の事です。大切な人なら、尚更です。
それが、たとえ、七草先輩であってもです。」
「短亀ちゃん!なんかトゲがあるね?」
「だって!七草先輩があんなバカ声だすから
チョン君が、あんな危ない目にあったんですよ。
腰まで抜かしてしまって...」
「ちょっと、待ちな!短亀ちゃん。
アンタ勘違いしてるよ。
チョン君が腰を抜かしたのは
アンタの技のせいだろ!
きっかけは、私かもしれないけど...
直接手を下したのはアンタさ。
アンタみたいに武道の心得がある者ならイイけど…
普通に、なまくらな生活してるモンが
アンナものに耐えられる訳ないだろ!
あそこまで仰け反って骨も筋も筋肉も
さぞかし悲鳴を上げた事だろうよ。」
「ええ、そっ、そんな…私のせい…..
私が、チョン君を下半身付随にしてしまったの...
チョンく~ん!ごめんなさ~い。許して~~!
...って、そんな訳ないでしょ!
もう、早く食べたいのに...ハウス、ハウス!
七草先輩は、切り終わるまで
そこの角席に座っててください!」
「はーーい!」
包丁が半分程入ったところで
しみ出た果汁が大皿から、溢れ出しそうになった。
「困ったなぁ。この大皿...
結構、深さあるんだけどな。
何か、大きめのスプーンとか、なかったか?」
七海の問いに部長が答えた。
「いえ。コーヒー用のスプーンしかありませんわ!」
「この量だ。それじゃあ、ラチがあかんな。
...って、七草!何やってんだっ!」
七草は紙箱ジュースに付いていたストローを咥えて
大皿に溜まった濃厚な果汁を
思いっ切り吸い込み飲みこんだ。
「うんめぇーっ!ネクターの百倍うめーぞ!」
七草が満面の笑みでそう言うと
ヨッシーの瞳もキラキラ輝いた。
「マジかっ!それは相当なもんだ。
アチラも半端なく美味いのに…」
「バカ!感心してる場合か!やめろ!やめろーー!
一人だけウマイい思いしてんじゃねーぞーっ!」
また、果汁を吸おうとした七草を七海が制した。
すると、七草が発言した。
「じゃあ、みんなで、すすろうぜ!
一滴も、こぼしちゃなんねーど!」
変な言い回しにヨッシーがツッコンだ。
「何だ?どこの方言だ!」
「少し、お行儀が、悪いですけど。
それが一番効率が良さそうですね。
二人づつ頂こうかしら。
ハイ!ストロー!ちゃんと有りますから。
後の人の事も考えて飲んで下さいね。
七草さんは、もうよろしいですね。
たっぷり頂いたようですので…」
「そんな~部長~。
もう少しだけ~お願いしますぅ〜」
七草は部長に、すがりついた。
「もう、すぐ切り終えますから少し我慢して下さい。折角の果実を食べる前に
お腹一杯になってしまいますよ。」
「そだな!わかった。」
しかし、あっさり納得した。
「じゃ、美味しい果汁頂きましたね。
それでは続きなんですけど
ここからは私だけでは力不足なので
七海くんお手伝いお願いできますか?
ここに手を添えて一緒にお願いします。」
「ああ、わかった。じゃあ、こっちは短亀ちゃん。
抑えてくれるかな。」
「チョン君と二人で支えるんですね。最高ですっ!」
「短亀ちゃんのゾッコン節だな。」
「ちょっと、待てよ!七海!部長!待ってろ。
用意するから。」
「何を?もう、切るだけだぞ!」
「いいからっ!ヨッシー!動画撮れ!」
「あっ、ああ~そうだな。残しとくか!」
「OK!ミュージック!スタート!」
パパパパーン♪パパパパーン♪パパパパーン♪
パーンパアパ♪パアパアパアパア♪
パァパアパーパーパーーン♪
七草のスマホから管楽器の音色が華々しく鳴った。
結婚行進曲だ。
「えっ⁉︎ そんな、うそ!
七草さん!これって!」
「七草!これは?」
「ケーキならぬ大桃入力だ。
いつかは、その日が来るんだろ。
これは、予行練習だ。
思いっ切り行っちまえーっ!」
「七草さん!」
「七草!ありがとう!」
そう言いながら二人は互いに手を取り
桃太郎姫を真っ二つに切り分けた。
果汁が、また大皿に溢れテーブルに流れた。
部長と七海の眼にも涙が、滝のように流れていた。
それを見ていた、みんなも、もらい泣きした。
その後、みんな、笑い泣きになった。
続く




