第六夜:『蔵の中の遺言』
秋田の古い蔵には、時を止めた「執着」が眠っています。仏教には、この世に「自分だけのもの」などないという教えがありますが、人は死の間際まで物に固執します。今夜は、蒐集品に魂を飲み込まれた男の末路をお話しします。
男は、骨董と古道具の蒐集に一生を捧げた。
地方の旧家の没落を嗅ぎつけては、二束三文で歴史ある品々を買い叩き、自分の蔵に閉じ込める。彼にとっての至福は、埃っぽい蔵の中で、誰にも見せずにそれらを磨き上げることだけだった。
「これは俺のものだ。誰にも渡さない。死んでも手放すものか」
男が亡くなった後、都会から戻った遠縁の親族が蔵を片付けようとした。
扉を開けると、そこには異様な光景が広がっていた。
整理されているはずの骨董品が、まるで生き物のように蠢き、積み重なって一つの「巨大な繭」のようになっているのだ。
親族が不用意にその中の一点、古い茶碗を手に取った瞬間、蔵の空気が一変した。
「……それは、俺の、ものだ……」
壁や床、積み上がった箪笥の隙間から、男の声が響く。
見ると、蔵の中にある無数の「物」から、男の手足のような形をした影が伸び、親族を包囲していた。
男の執着は、あまりに強すぎた。
彼の魂は、彼が愛した「物」の一つひとつに細かく分裂して宿り、蔵そのものが彼の肉体と化していたのだ。
親族が逃げようとしたとき、蔵の重い扉が内側から閉ざされた。
男は「物」を失う恐怖から、自らが「物」を守る檻となり、その中に入り込むあらゆるものを、自分のコレクションの一部として飲み込んでいく。
数日後、蔵が開かれたとき、そこには新しい「骨董品」が一つ増えていた。
それは、恐怖に歪んだ表情を浮かべたまま石化した、若い男の姿をした置物だったという。
【住職解説】
物への執着が度を超すと、人は「物に使われ」、最期には「物に食われる」ようになります。物語の男は、自分の蒐集品を守ろうとするあまり、魂を細かく分裂させ、蔵そのものに取り込まれてしまいました。
仏教では、この世のものは一時的に借りているに過ぎないと教えます。「これは俺のものだ」と握る手は、同時に自分を縛る鎖です。貯金も評価も、墓場には持っていけません。執着を手放せないままでは、魂が立ち往生する危険があります。
あなたの手元にある品々や評価は、心を豊かにする「糧」ですか? それとも、魂を縛る「重り」ですか。今夜は、握りしめた執着を少しだけ緩めてお休みください。
※本稿は、著者が住職として経験してきた事象を背景に、仏教的教訓を伝えるために再構成した「フィクション」です。




