表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『現役僧侶が見た令和の地獄――怪談は今も生きている』  作者: 蒼龍 堅明


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/10

第五夜:『指先の抜舌(ばつぜつ)』

私たちは、歴史上もっとも「言葉」を安売りしている時代に生きています。

指先ひとつで世界中に声を届けられる特権。しかしその便利さと引き換えに、私たちは言葉に宿る「霊力れいりょく」への畏怖を忘れてしまったのではないでしょうか。


古来、日本には「言霊ことだま」という信仰がありました。発した言葉は現実となり、自分自身に還ってくるという考えです。

『沙石集』に記された、他者を嘲笑い自滅していった人々の姿は、現代のSNSという鏡に映し出される私たちの姿そのものかもしれません。


今夜お届けするのは、匿名の闇に隠れて言葉の刃を振り回した女が、自らの「口」に裏切られる物語。

画面をスクロールするその指を、少しだけ止めてお読みください。

女の娯楽は、画面の向こう側にいる「誰か」を引きずり下ろすことだった。

SNSに流れてくる他人の幸福そうな写真や、些細な失敗を見つけては、匿名のアカウントから冷酷な言葉を投げつける。

「死ねばいいのに」「消えろ」「目障り」。

放たれた言葉は、彼女の手を離れた瞬間に鋭いつぶてとなり、顔も見えぬ相手の心を切り裂く。彼女にとって、それはただのストレス解消であり、文字という記号を消費するだけの、無害な遊びのつもりだった。


だが、ある夜から異変が起きる。

深夜、投稿ボタンを押すたびに、自分の口の中に「鉄の味」が広がるようになったのだ。

鏡を見れば、舌の表面に身に覚えのない小さな傷が無数に刻まれている。

最初は口内炎かと思った。しかし、誹謗中傷の言葉が過激になればなるほど、傷は深く、えぐれるように広がっていく。


やがて、彼女は一言も発することができなくなった。

痛みに耐えかねて救急車を呼ぼうとしたが、スマートフォンの画面を操作しようとした指先が、まるで凍りついたように動かない。

それどころか、画面から透明な「細い糸」が無数に伸び、彼女の指に、腕に、そして無理やり開かされた口の中へと這い入ってきた。


翌朝、女は自室のパソコンの前で息絶えていた。

第一発見者が悲鳴を上げたのは、その死体の口元があまりに凄惨だったからだ。

女の口からは、本人のものとは思えない「何千人分もの舌」が、溢れんばかりに詰め込まれていた。

そして彼女自身の舌は、根元から綺麗に消失していた。

まるで、自分が他人に浴びせた言葉の数だけ、誰かの苦しみを無理やり喉の奥まで押し通され、引き換えに自分の「声を出す権利」を奪い去られたかのように。

【住職解説】


言葉は一度口に出せば、あるいは画面に放てば、二度と取り消せない「業」となります。物語の女は、匿名の言葉を単なる記号と扱い、他者を傷つけました。その結果、精神的な孤立と自らの痛みとして還ってきたのです。


仏教では、人間の行いは「身・口・意」の三業に分けられ、特に「口(言葉)」の業は深く影響します。放った言葉は他者の心に刻まれ、また自分自身をも傷つけます。言葉は命を養う薬にもなり、命を奪う刃にもなります。


今、あなたが指先で打ち込もうとしている言葉は、誰かの心を温める灯火でしょうか。それとも、自分を蝕む鉄塊でしょうか。画面の向こうにいる相手の心に思いを馳せ、言葉を「供養」する心を持つことこそ大切です。


※本稿は、著者が住職として経験してきた事象を背景に、仏教的教訓を伝えるために再構成した「フィクション」です。


次のお話しは火曜日の夜にお届けします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ