間奏:ハト/平野/塩の柱(その1)
さて。
と言うことで以上――いまお読み頂いた第一話から第七話まで――が、このお話の前半部分であり、樫山ヤスコと山岸まひろが出会い、言葉を交わし、想いを伝え、互いに愛を交わし合…………ってはまだいないが、彼らが互いを「恋人」と呼び、それを第三者にも伝えられるようにまでなった、ある夏の、奇妙な一週間の出来事である。
なので、これから私――このお話の作者であるところの私――は、物語の後半部分、如何にして山岸まひろが樫山ヤスコと離れ、冒頭に掲げたような、届く当てのない手紙を書くことになったのか、その顛末と、願わくば彼女 (あるいは彼)が、無事、恋人のもとへと戻るための寓話、フィクション、おとぎ話を書かなくてはならない――まるで、そう、かつてのアルファケンタウリの聖人、かの詩人ホスタージのように。
が、しかし、その問題の後半部分へと進む前に私は、ここで少しく歩みを止めて、いくつかの挿話、エピソード、新たな登場人物を、皆さまにご披露・ご紹介しておかねばならない――なぜならここからお話は、更なる奇妙な転調をくり返すことになるから。
と、言うことで。
先ずは最初のエピソード、ひとりの女性と、一羽のハトに関するお話を、書き始めることとしよう。
場所は、そう、樫山ヤスコと山岸まひろが暮らす、東京練馬区東石神井台からほど遠くない、東京都立石神井公園――その中央西寄り、石神井城址の石碑が建つ、あのあたりである。
*
『都立公園では、生態系保護の観点から、魚や鳥へのエサやりを禁止しております。皆様のご理解とご協力をお願い致します。』
と、自前のスマホでのぞいた都立公園のホームページには、そのような忠告・警告・ご協力のお願いが書かれていた。
そのため彼女――「いくつかの新たな登場人物」のひとり・小張千秋 (注1)――は、小脇に抱えたハト用のエサを見、ふたたび、改めてスマートフォンの画面を見直してから、また改めて、ハト用のエサを見た。彼女は言った。つぶやくように、
「じゃあ、なんで売ってるんですか?」
と、とても不満そうに。と言うのも、彼女が手にするこのハトのエサは、ここに来る途中、三宝寺池ほとりの売店で購入したものであったからである――子ども用の捕虫網と一緒に。
「こんどは一体なんですか?」
とここで、そんな彼女に声をかけるものがいた。背がたかく、肩幅もひろく、しっかり濃ゆいひげ面で、一見するとヤクザ――とまではいかないまでも、すくなくとも、堅気のご商売の方には見えない、強面の中年男性である。「まるで、小学生みたいなカッコして」
このときの小張千秋のスタイルは、青のクロップドパンツに虹の模様の紺のTシャツ、それにサスペンダーと茶色の分厚いブーツ姿で、そこに前述の捕虫網&ハトのエサ、肩には黒のトートバック (皇帝ペンギンイラスト付き)を持っていて、さすがに小学生は言い過ぎだろうが、ほぼほぼスッピン・ノーメイク&およそ色気からはほど遠い彼女の立ち居振る舞いなんかもあって、その実年齢はさておき、どこかの元気な青少年のように見えなくもなかった。
「ハトですよ、ハト」小張千秋は応えた。声の相手の方は向かず、前をジッと見据えたまま。そうして、わざと声のトーンを落とし、相手にもそうするよう促しながら、「やっと、見付かりました」
「ハト?」男は訊き返した。こちらも声のトーンを落としながら、小張の視線の先に目をやって、「どのハトです?」
彼らの10mほど向こうでは、池のほとりでクルック、クルック、二十羽ほどのハトが、当てもないまま集まっては、当てもないまま行ったり来たりをくり返していた。
「というか、ハトがどうかしたんですか?」続けて男は訊いた。「副署長の電話も無視して」
「実はそれが中国の――」小張千秋は言いかけて、「電話?」と男の方を振り返った。それから、「あれ?」とキョロキョロあたりを見回すと、「左武さんひとりですか?」と、そのひげ面男に向かって訊いた。「右京さんは?」
「あいつなら」と、ひげ面男・左武文雄は応えた。なんだか話が逸れそうだなあ、とか思いながら、「それこそ副署長につかまって会議の準備を手伝ってましたよ。小張さんへの愚痴を聞きながら」
それから男は、すこし間を置き考えると、「あと、俺たち別に、コンビとかじゃないですからね」と小張に注意を促した。「そこ、勘違いしないで下さいよ」――鳴らしたのは、俺の携帯でしょ? と。
ちなみに。
いま名前の出た「右京さん」こと右京海都は、たしかに左武文雄の同期で同僚、飲み仲間で、同じ課に所属はしているものの、特に実際、正式にコンビを組むよう指示されたこともなければ、命令されたこともない関係であった。が、
「でもてっきり、いっしょに来るものだとばかり」
そう小張も言うとおり、なんだかんだの腐れ縁もあってか、なぜだか結局、行動をともにすることが多く、その為、
「ひさびさに、左×右の活躍が見られると想ったのに……」
と小張だけでなく、交通課をはじめとした署内のお姉さま方の妄想をたくましくするペアでもあって、彼らをモデルとした同――って、あ、ほら、話が逸れてるよ、左武さん。戻さないと。
「あっ、ちくしょう、ほんとだ」と、ここで左武文雄。作者の忠告に従い、「で? 結局、本題はなんなんですか?」と話を元に戻してくれた。「男手が必要だからって来たんですけど」それからふたたび、ハトたちを見て、「要は、あそこのハトを捕まえればいいってことですか?」――ってか、どのハトですか?
「あ、いえ、すみません、左武さん」小張は応えた。先ほどの脱線はすっかり忘れたように、「ハトは私が捕まえますんで――」
と、彼女が続けようとした、そのとき、
カサッ
ガサガサガサッ
と、池のほとりの茂みの奥から、何者かの歩み出て来る音がした。そのため小張は、
「かくれて、かくれて、左武さん」とまた別の茂みに、自分と一緒に隠れるよう左武に指示を出した。「来ました、来ました、あのひとです」
ガサッ
ガサッ
カサガサガサッ
茂みの奥から出て来たのは、真新しい作業着、オリーブ色の作業着に身を包んだ、青く、ほそい、しかし目だけはギラついた、ひとりの、神経質そうな男だった。
(続く)
(注1)
こちらの女性は、樫山泰士製作のSFコメディ『川崎、生田、1969』並びに『エマとシグナレス』に登場した「小張千春」と、ほとんど同じ名、見た目、能力、キャラクターを有しており、なんなら社会的立場もほぼほぼ同じ女性なのだが、彼女たちはれっきとした別人・別人格であり、キャラ作りに困った作者が、「名前だけ変えて出しちゃえ」とキャラの使い回しをしているわけでもない。
というのも、あちらの彼女とこちらの彼女は、別の舞台、別の宇宙に住む、別の彼女たちであり、そうして、その「別の宇宙」が存在することが、物語の後半部分を描くためにはどうしても必要であり、ここではそれを、「小張千春」とは違う、「小張千秋」なる人物を登場させることで、うっすら示そうとしたワケである。




