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間奏:ハト/平野/塩の柱(その2)

「来ました、来ました、あのひとです」


 と小張千秋は言い、彼女と左武文雄の前には、ひとりの、青く、細長い、神経質そうな男が、茂みの陰から現れ出て来たところだった。


「あいつが?」左武は訊いた。大きな身体を、ちいさな茂みに隠したまま、「たしかに。堅気にしては雰囲気がおかしいですが」――あいつが、どうかしたんですか?


 小張は答えた。左武の半分くらいのちいさな身体を、さらに小さく縮こませながら、「あのひとの名前は、吉川一夫です」


「吉川?」ふたたび左武は訊いた。にぶい頭をフル回転させつつ、「なにかの関係者でしたっけ?」


「いえ、」小張は答えた。ふたたび、「たぶん、ご存知ないと想います」と言って、手元のスマートフォンをペシパシペシパシ操作しながら、「彼は昨年、中国四川省のとある古戦場跡から、重さ8kgの王の金印、そのほか数十点の発掘品を盗んだとして、容疑を掛けられている人物なんです。中国の警察当局から」


「は?」左武文雄は訊き返した。どうも自分のまっ白な脳細胞では、情報過多が過ぎるようである。「すみません、小張さん。もういちど言ってもらえますか?」


 話はこうだ。


     *


 いま、小張たちの目の前に現れた男の名前は吉川一夫。中国四川省のとある古戦場跡から重さ8kgの金印と、その他数十点の発掘品を盗んだとして、中国の警察当局に容疑を掛けられている――のは、いま小張が語ったとおりである。そうして、


「これが、発掘直後の、その金印なんですけどね」と続けて小張。左武にスマホの画面を見せながら、「その国の王様の世継ぎだか太子だかを示す内容が彫り込まれているものだそうです」


「ふーん?」と左武、「じゃあ」と言って、差出されたスマホの画面をのぞき込むと、「あの男は、そーゆーお宝盗んでは、高値で売るとか、そういうシノギをしてるんですか?」


「はい。どうもそういう人らしいです」小張は応えた。「ああ見えて、実は名うてのブローカーだそうですから」問題の金印は、金そのものの価値もさることながら、歴史的価値はその比ではなく、「きっと、どこかの好事家に、私たちの給料数千年分くらいのお値段で売るつもりなんでしょうね」


 が、しかし、問題は中国政府である。自国の歴史的名品を国外に持ち出されるのはもちろん、どこぞの成金の手に渡すなどとは問答無用、言語道断であり、


「おかげで、中国警察も、自身の名誉が威信が権勢がとばかりに、犯人を捕まえ、血 (*検閲ガ入リマシタ)にしようと、血眼になっているそうでして」その賢明かつ懸命なる捜査の結果、「あの吉川一夫さんが犯人だという目星は、結構初期の段階で付いていたようなんですね。そこで、」


 中国警察お得意の (偏見)、電話盗聴、メール盗読、各種SNS記録の違法ダウンロード及びお抱えハッカー集団による吉川個人のPCハッキング等々までやらかしたのだが、


「何故か、問題の金印のみならず、彼がこれまで手掛けたであろう盗品の隠し場所やそれらの搬送ルート、さらには、それらの売り買いの記録や相手、営業の痕跡すらも掴めなかった、と。で、」


 そんな話が、中国警察の知り合いから、日本の吉川の拠点・練馬区大泉町のすぐそばで勤務している小張の耳にも流れて来て、


「「なんか想い付くことない?」って訊かれたので、送ってもらえる情報を送ってもらって、色々考えられることを考えていたんですけどね」と、ここで小張。ふたたびスマホをペシパシやると、「地っ図のアプリは……? どこだっ……?」としばし、そちらをさ迷った後、「ああ、あったあった」とふたたび、左武にスマホの画面を向けた。


「なんですか? これ」と左武文雄は訊いた。どうやら、練馬区周辺の地図のようだが、「この青い線は?」


「その知り合いから送ってもらった、吉川さんのスマホの位置データ記録です」小張は答えた。大変うれしそうに、「なにか気付きません?」


 と、突然訊かれてもそんなすぐに答えなど出るはずもない左武だが、つまりどうやら、この地図の太い青線が、この三ヶ月間、吉川がよく通っていたルートで、細い線は、ちょっとしか通らなかったルート――らしいのだが、


「うーん?」と、口をひねらせながらの左武。基本、同じようなルートばかりを歩いているように見えるし……、「通ってる場所も、普通の公園や住宅地ばかりですよね?」――これで、なにか分かるんですか?


 するとここで小張は、すこし面倒なクロスワードパズルを解いた小学生のようにほくそ笑むと、「ハトです、ハト」と言った。うれしそうに。「ハトなんです、共通点は」


「ハト?」と左武は訊き返し、


「あっ」と小張は叫んだ。小さく、「吉川さんが動き出しましたよ」


 周囲に人影がないことを確認した吉川一夫が、一羽のハト――彼の作業着と同じ、オリーブ色の通信筒をつけた白いハト――に近付き始めたのである。


     *


 さて。


 小張千秋も言うとおり、吉川一夫のお散歩ルート、そこに共通していたのは、「ハト」であった。

そう。


 それはつまり、森や公園、駅前広場や緑の残る住宅街など、「ハトがよく集まる場所」を彼が選んで出向いていた、ということなのだが――、


     *


「それじゃあこういうことですか?」左武文雄は訊いた。問題の吉川一夫の右手を、うしろ手につかみ上げながら、「伝書バトが、こいつの連絡手段だった?」と同時に、彼の左肩を押さえ、立ったまま動けないようにして、「この令和の時代に?」――確かにそれなら、盗聴やハッキングでデータは見付けられないワケだが、


「こッ、ここッ、ねッ、練馬区はッ」小張千秋は応えた。問題のハトの頭を、子供用の捕虫網で押さえながら、「いッ、いにしえッ、のッ、しょッ、昭和ハトブームの時代からぁーっととっとッとぉッ!」と、おっかなびっくりへっぴり腰で、ハトの足に付けられた通信筒に手を伸ばそうとするが、「でッ、伝書バト愛好家ッ、の多いッ、とッ、土地柄らららら――すみませーん、左武さーん、代わりに取ってくださーい」


 と結局、左武にヘルプを求めることになる。よほどハト目ハト科特有の、あの何を考えているのか分からぬつぶらな瞳が怖かったのだろうが、


「ダメですよ、こいつ押さえてないといけないんですから」と左武も言うとおり、「言われてたら手錠なりロープなり持って来てましたけどね」彼は吉川を確保しておくのに手一杯である。「なんとかひとりで頑張って下さいよ」


「えーっ」と小張。結局、彼女ひとりで問題の通信筒――盗難品売買に関する各種データが入っているであろうオリーブ色の容器――をハトから取り外さないといけないのだが、「だってー、こいつー、すっごくー、にらんで来るんですよー」


 と彼女は続け、捕虫網を持つ手がゆるんだ、その瞬間、


 バサッ

 バサバサバサッ

 バサバサバサァッ


 と問題のハトは、しろい翼をひろげ、空高く舞い飛んで行くのであった――そう。まるで、いつかの天使のように。そうして、


「あーあ、行っちゃったー」と小張が空を見上げた瞬間、そこに、


 ポトン。


 と、問題の通信筒が空から、まるでオリーブの小枝のように空から、小張の頭上へと、落ちて来たのであった。


「あれ?」と小張千秋はつぶやいた。「落としてくれた? ……んですかね?」



(続く)

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