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第三話:塔とペンギン(その4)

 さて。


 と、それから一時間ほどがして、エアコンの修理業者を見送ってからヤスコは、なぜだかそのまま、駅ちかくにあるタワーマンションへと向かうことになった。まひろと一緒に。しかもなぜだか、ニアとジアの杏奈姉妹も連れて。


「ほんと、ゴメンなさいね」と樫山ヤスコは言った。まえを歩くニアには聞こえないよう注意して、小声で、まひろに、「ニアちゃんちょっと、想い付いたら頑固って言うか、止まらないところあって」


「あ、いえ、こちらこそ。実は助かってたりします」と、山岸まひろは応えた。こちらもヤスコに合わせた低い声で、「結局、見ておかないわけにはいかないので」


 すると、この時まひろは、このセリフを、声のトーンを下げた分、ヤスコの方に肩を近づけながら言ったのだが、ヤスコの日傘に当たりそうなその様子に、ヤスコは、ついそのまま、まひろの手を握ってしまいそうになった。


 がしかし、昨日の雨の中でならまだしも、今日のような暑い、晴れ渡った、敢えて言えば健康的な路上で、それをすることは、なにかしら正しくないことのように彼女には想えたし、それにいま、こうやって顔を近づけて話しているだけでも、


「あー、こら、山岸」とこちらに気付いた杏奈ニアに言われてしまう始末である。「もっと離れて歩きなさいよ、お姉さまから」


 手をつないでいるところでも見られたら、なにを言われるか分かったものではない。


「いいから、まえを向いて歩け、ニア」と、彼女の姉の杏奈ジアが言った。ニアの横に立ち、一瞬こちらに謝るようにしてから、「こっちであってますよね? 山岸さん」


「あ、はい、次の角を左です」


 今日の杏奈姉妹は、白黒色違いだがおそろいの、ほっそりとした夏服を着て、足には、こちらもまた白黒色違いだがおそろいのサンダルを履いていた。


 そんな彼女たちは、その人形のような顔立ちもあってか、子ども時代は過ぎているものの、“女性”というにはまだ少しはやい印象を周囲に――と言うかヤスコに――与え、そのことが余計に、ヤスコがまひろの手をつなごうとしたこと、もっと言えば、ニアたちが登場するまでに彼女が考えていたことを「なにかしら正しくないこと」のように想わせてもいた――のだが、それはさておきここで、


「うっわ! たっかーいッ」と、突然ニアが叫んだ。先ほどの「子ども時代は云々」を前言撤回させるような無邪気な声で、「ほんとにここに住むの? 山岸」


 彼女が見上げているのは、この数年前に完成したばかりの、大型高層マンションだった。


「まだ決まってはいませんよ」まひろは応えた。肩のカバンからスマートフォンを取り出して、「兄から一度見て来いって言われているだけで――」


 それで先日、この駅まで来たのだが、そこのホームでヤスコと出会ってしまい、


「その……、いきおい追いかけてしまって」


 結局見るのを忘れてしまい、昨日もういちど行くよう言われていたのだが、


「どうしても気が乗らなくて、祖母の家まで行ってたら」


 第一話のラストに繋がった――と言うことらしかった。


「でもでも、お家賃かからないってことなんでしょ?」と、エレベーターに乗り込みながらニアは言った。「そのナントカってお兄さんのマンションってことは――何階?」


「あ、すみません、29階です」まひろは応えた。ロビーに座る年配のコンシェルジュに会釈しながら、「正確には、兄の会社のですけどね」


「29階ね」とニア。29階のボタンを探しつつ、「うっわ、最上階じゃん」


「あ、ホントだ」


「“あ、ホントだ”じゃないわよ、このくされブルジョワが」


「あ、おいこら、ニア」と、ここでジア。妹をたしなめるように、「言葉づかい」


「だってさあ、ジア」


「いいから。我々は山岸さんのついでで入れて貰えてるんだぞ」


「はいはい」と、軽い感じでニア。エレベーターの階数表示をながめながら、「でも、どのみち、お金かからないのは確かなんでしょ?」そうまひろに訊いた。「だったら、一択じゃない? 住むの」


 が、この質問にまひろは、彼女の左目、夜のベッドで、うまく閉じれなくなってしまう自身の左目のことを想い出しながら、


「ええ、まあ、それは」とだけ応えた。出来るだけ明るい調子になるように、「それでもちょっと、なんだか気が乗らないのは、気が乗らないんですよね」



(続く)

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