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時は少々遡って、昨晩――
「………」
普段より数時間入浴を終え、さっぱりした寝間着姿の百合亜はベッドに横たわった。
変わり者のお嬢である彼女は、スパイ活動まがいのことが出来て、興奮冷めやらぬ状態というか、これまでにないような爽快な気分だったがひとつ胸の痛むことがあった。
侍女の十祈に対して、である。
『随分、遅うございましたね、お嬢様。このような時間までお勤めでございますか?』
日付が変わる頃にそっと勝手口から入ったつもりだったが、まだ就寝せずに出迎えてくれた十祈から掛けられた言葉がこれだった。
『え、ええ……』
と、返したところ『嫁入り前のお嬢さまがこのような時間まで外出とは、感心いたしませんわ。いくらお仕事とはいえ』という発言とともに向けられた十祈の見透かすような視線に百合亜は息を呑む。
『ご、ごめんなさい……少し、嫌なことがあって……気晴らしに外を歩き回っていたの』
『こんな時間まで、でございますか?』
『え、ええ……』
『……ああ、もしやお嬢様、あの青年実業家の方との逢瀬だったのではないですか?』
『え――』
あの青年実業家とは、種子島千蔵と名乗った婚約者候補=レオンのことだが、百合亜の帰宅がここまで遅くなった理由は逢瀬でも逢引でもない――いや、彼に関することではあるのだが、そういう頬を染めるような『ウットリなイベント』とは無縁だった。
『あ、その……』
『まあ、それならそうだと、この十祈には正直におっしゃってくださってようございましたのに。まあ、婚前……しかも、婚約者とまではいかないお相手で旦那様のご意志には背くやもしれませんが、既成事実をお作りになられるのも手、でございますわ』
『え……?』
どうやら、千蔵に嫁がせる――というか、婿養子とするつもりなのかはともかく、相当~~に彼を推しているらしい。
いや、百合亜の嫁ぎ先候補として有力だった油小路というヒヒジジイと天秤に掛けた結果、秒で千蔵に傾いたというのが正解なのだろうが『既成事実をお作りになられる』とはまた、過激な発言である。
その発言に驚くと同時に、彼女には千蔵と結ばれることに関しては、味方である、ということは間違いない。
そこに関しては心強いのは確かではある……が。
――千蔵さまとはお付き合いらしいお付き合いはまだできていないけれど……。
見合い以降、約束を取り付けてはあるが、まだ逢引きはしていない。
だが、千蔵とはうまくいっているような手ごたえはあり、こちらが千蔵を想うように、あちらもまた自分を想ってくれているような気がしている。
心が痛むというのは、十祈に黙って危険なことに首を突っ込んでしまったということだ。
なんでも話して欲しいという彼女に対して、秘密を持ってしまったこともまた、心苦しい。
――千蔵さまに関しても堅気の方、というわけではなさそうだし。
彼の行っていることを知ってもなお、推してくれるかは分からない。
「だからこそ、これはわたしの胸の内にしまうことだわ」
敢えて青年実業家として、西園寺家を救うために現れた救世主、そういう認識でいてもらわなければ困る。
「十祈さん、ごめんなさい。真実を知っても千蔵さまを受け入れてもらえると思えない。だから……」
自分ひとりで彼と向きあう――
そう心に誓い、百合亜は目を閉じた。




