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彩はどういう気持ちなのだろう。
彩の母親と話してから、彩の気持ちを考えていた。
それまでは、彩がオオカミだから自分はどうするのかと考えていたが、彩の気持ちを考えていなかった。
僕は学校にいる間もその事ばかり考えていた。
「駿何ぼうっとしてるんだ」
授業中に担任の村上先生に指摘された。
授業中でもおかまいなしに物思いに耽っていたようだ。
クラスメイトはクスクス笑っている。
いつもは恥ずかしいと思うところだが、今はそんな事を思う余裕はない。
いや、余裕はないのだろうか。
そもそも僕にとって彼女はどういう存在であったのか。
友達ではあるけど、それ以上ではない。
けど、ここにいるクラスメイトの誰よりも彼女の事を考えている。
そして、彼女の秘密を知っているのもクラスメイトの中では僕だけであろう。
親友?
親友より深いのか?
何故僕に声をかけてきたのか?
考えれば考えるほど混乱してくる。
そして授業の終わりに自分のところに来るように村上先生に言われた。
少なからず彼女の事であろう。
村上先生は知っているのであろうか。
放課後僕と村上先生は生徒指導室で向かい合っていた。
以前彩の家に行くと言われた時のように。
「お前、あの時何があった?あの時から授業中もぼおっとして」
ごもっともな指摘に「すいません」としか答えようがなかった。
「別に謝って欲しいわけではない。彼女との間に何があったのか。それを知りたいんだ。あれからも相変わらず、学校には来れていないしな」
僕は逡巡していた。
彩の事を話しても良いのか、僕だけでは決断出来そうもない。
僕は少しの間何も話せなかった。
村上先生も無理に口を割らせようとはせず、ただ待っていた。
そして、先に口を開いたのは村上先生で思わぬ言葉を口にした。
「お前がそんなに黙っているのは、彼女の秘密を知っているからか」
少し俯き加減だった僕は咄嗟に顔を上げ、村上先生の顔を見た。
村上先生も彩のオオカミの事を知っているのか、知らずに言っているのか、見定めるかのように。
「担任である俺が分かっていないとでも思ったか。彼女の秘密は彼女の家族と俺しか知らないことだが、正直お前が彼女と親しくしているのを見て、良いチャンスだと思ったんだ」
僕にはそのチャンスがどういうことか分からなかった。
「お前の年齢ではまだわからないのも無理はないが、一つ死というものを考えてみたらどうだ」
「死?」
「そうだ。知っていると思うが彼女は後数年の命だ。彼女の気持ちは当事者にしか分からないのかもしれない。だけどな、分からないからといって逃げていては、彼女のそばによりそってられるのは誰なんだって話にならないか」
村上先生の言おうとすることが少しは検討が付き始めるも、僕から言ってしまうと、自分にかかる責任というものを背負わなければならないという覚悟が出来ていなかった。
僕の思っていることを見越してか村上先生は続けて言った。
「彼女にだって自分の気持ちが分かる人がいないことは分かっている。もう何年も苦しんでいたんだろう。でもな、それでもお前に自分の秘密を告白したのは何故か。考える事は出来るともうがな。全てを背負い込む必要は無いんだ。必死に考え、彼女のために何が出来るか、そしてこれからの事を、わかないながらも彼女と一緒に考える。彼女はそういうことを望んでいるんじゃないのか」
僕は村上先生の言葉に奮い立つ思いがした。
それと同時に恥ずかしさもあった。
責任の重さがどうとかではなく、彼女のために何が出来るか、彼女が何を望んでいるのか考える。
そこから始めれば良いじゃないか。
村上先生の言う通り彼女はそういうことを望んでいるんだろう。
「俺も何年も教師を続けてきたが、もちろん彼女のように満月を見るとオオカミになってしまうという生徒は初めてだ。そもそも余命幾年もない生徒を受け持つのも初めてだしな。俺も分からないことだらけだが、彼女の担任になってから、死というものを考えさせられてきた。もちろん結論なんてそう簡単に出るもんじゃないが、考え続ける。だから、お前もお前なりに考え続け、彼女に寄り添ってあげてほしい」
僕はこぶしを握り必死に悔いた。
僕は今まで何をしていたのだろう。
彼女が秘密を告白した時何も言えずに帰った時のことを思い出すと自分を殴りたくなる。
村上先生に頬を張られた気分だった。
インターフォンを鳴らすと見覚えのある声が聞こえてきた。
「どちらさまですか」
彩の母親である。
僕は以前のようにおどおどせずに答えた。
「彩さんのクラスメイトの駿です」
インターフォン越しに一瞬息を呑む音がしたような気がした。
僕がまたくるとは思っていなかったのであろう。
前のように居間に通された僕は彩の母親と向かい合い、早速彩に合わせてほしいと頭を下げた。
すると、彩の母親は微笑みながら「ありがとね」と言って頭を下げ始めた。
「前、すごい表情で出て行ったじゃない。彩に何があったか聞いても、何も答えないし。それどころかあれ以来彩はご飯とお風呂の時以外、部屋から出てこないの。私も彩にオオカミの事を聞いたのだろうと分かっていたから、駿君と喧嘩でもしたのかと思ったの。もしかしたらもう来ないのかと思ってた。だけど、今の駿君の表情を見たら安心した」
すると彩の母親は頭を深々と下げ「ありがとう」と言うのであった。
僕はそんな彩の母親を見ていてもたってもいられず、自分の気持ちを話した。
「正直、彩さんから満月を見たらオオカミになる、余命は数年しかないと言われたときは、何と言ったら良いか分かりませんでした。最初はからかわれているんだろうと思ったのですが、彩さんの顔を見たら冗談でもなんでもないと分かりました。彩さんがそんな大事なことを僕に告白してくれたのに、僕は逃げました。何も言わずに帰ってしまったのです。それが前回の事です。あの後、村上先生と話している内に、自分のことで一杯の自分自身に腹が立ってきました。彩さんは淋しいんだと、寄り添ってくれる人がほしいのだということが分からなかったのです。僕は医者でも博士でもないから、満月を見てもオオカミにならないようにするとか余命を延ばすなんてこと無理だというのは彼女も分かっています。なのに僕は、訳が分からなくなって、死をまじかにした人に何が出来るか考える事を放棄していました」
「でも今は、心の整理はついているんだね」
「はい、もう逃げません。彼女のために何が出来るのか、考えて考えて、そして少しでも寄り添ってあげるつもりです」
彩の母親は微笑み続けながら話した。
「駿君みたいな子が彩の友達で良かった。でもこれだけは言っておきたいの。駿君が背負いすぎることは無いからね。さっき駿君が言っていたから分かってると思うけど、それでなくても満月を見るとオオカミになるという普通の人では考えられない状況で、さらに余命が数年となって彩の心は情緒不安定なところがあるのよ。だから、駿君がどうしても耐えられなくなったら、彩と距離を置いても良いから。だけど距離は置いても考えていてほしいの。彩の事を。物理的には離れても心はいつまでも寄り添っていてあげてね」
この彩の母親の言葉が最後までそして永遠に僕の心に残ることとなった。




