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あれから数週間が過ぎた。
彩の思わぬ告白に僕はどうしていいか分からなかった。
この数週間彩とは一度も会っていない。
電話もしていない。
だから、彩が今元気にしているのか、彩の家庭は父親が突然亡くなり大丈夫なのであろうか分からなかった。
彩は学校にも来ていないようであった。
どうしても会いたくないというわけでもない。
でも何となく会わないだけ。
元々僕から会いたいと彩に迫ったわけでもないし、ましてや付き合っているわけでもない。
だから、このまま彩と会う前に戻るだけだ。
だけど、何だろう。
この心にぽっかりと空いたような感覚は。
僕は彩の事をどう思っていたのであろうか。
僕はこの時、始めて彩の事を真剣に考えていた。
前までは、あって当たり前。
それは彩が僕に話しかけてくれたし、会いに来てくれてから。
でも今は。
彩は僕に会いたがっているのだろうか。
部屋の前で僕に抱きつき『会いたかった』という言葉は彩にとってどのくらいの重さであったのだろうか。
彩は元来、僕が戸惑う事をどんどん言うタイプではあった。
まるでそれで僕があたふたするのを楽しんでいるかのように。
だけど、そんなあたふたも楽しんでいる僕がいた。
彩が満月を見ると身体がオオカミになると告白した時に、ちゃんと細かいところまで聞いておけばよかった。
身体はオオカミになるが頭の中はどうなんだろう。
頭の中まで彩ではなくなってしまうのか。
一度オオカミになったらいつ人の姿に戻るのだろう。
僕は後悔していた。
何故もっと親身になって話を聞いてあげなかったのだろう。
確かに、身体がオオカミになるなんて言われて「はい、そうですか」とはならないかもしれない。
だけど、オオカミとかの前に彩という一人の人間の話しをもっと聞くべきではなかったのではないか。
『会いたかった』と言った彩の本心では、僕にすべて打ち明けて、それでも尚、一緒にいてほしかったのではないか。
彩はここまで何人の人に本当のことを話したのだろうか。
僕は後悔の思いが日に日に強くなっていった。
そして、ある日彩のお母さんが僕の家を訪ねて来たのであった。
僕と彩のお母さんは今のテーブル席で向かい合う形で椅子に座っていた。
最初彩のお母さんが訪ねて来た時には驚いたが、今は僕の心も彩の母親と話す準備が出来ていた。
しかし、彩の母親がどういった話をしたいのか皆目見当がつかなかったので彩の母親が話し始めるのを待っていた。
すると、うつむき加減だった彩の母親が唐突に話し始めた。
「彩から話は聞いているよね」
僕は黙って頷いた。
「駿君が来てくれた時、私安心したんだ。彩っていつも自分から仲間に入ろうとせずに、友達を作ることから逃げていたから」
「そうなんですか?」
彩のこれまでの僕に対する態度を見ていると、とてもそうは思えなかった。
「前も言ったかもしれないけど、あまり仲良くしすぎると駄目なんだって彩はずっと言っているのね」
確かに前回彩の家に行ったときに同じ話は聞いていた。
「だけど、そんな事は全然ないのよ」
僕は何を言いたいのか今一理解できず「どういうことですか」と問うた。
「私達が満月を見るとオオカミになるっていうのは事実かもしれないけど、逆を考えれば満月の夜以外は人間の姿でいられるという事なの。それに身体はオオカミになってしまうけど頭の中は人間のままなのよ」
そうなると彩の母親の言う通り、そこまで彩が人と仲良くするのを拒む理由が分からなくなる。
「でもね、ただ一つ私達には大きな問題があってね。そっちの方が彩の心に影響を及ぼしているのかもしれないの」
僕はこれから聞く事は、恐らく彩との今後の事を左右する事だと思い、背筋を直し、聞く態勢を取った。
「それはね、私達は後二年で死んでしまうの」
――死。
駿にはそれがどういうことか理解できなかった。
彩が言っていたことは本当だったんだ。
彩と会ったばかりの頃、彩のスマホで見せられた文字『私もうすぐ死ぬの』
あれは本当だったんだ。
その時から、彩は思い悩んでいたのかもしれない。
だけど、僕の周りではまだそういう経験が無かった。
祖父祖母も元気だし、曾祖父も曾祖母も僕が生まれる前に亡くなっていた。
人が亡くなるということがどういうことなのか。
まるで想像もつかなかった。
それが僕の心にどのような影響を及ぼすのか。
きっと彩の事だから、僕や友達の悲しむ所を見たくなくて、その言葉を聞きたくなくて深い仲になるということに抵抗があったのだろう。
「でもね、私は彩には親友と呼べる仲間を作ってほしいし、彼氏も作ってほしい。だって、一度きりの人生だもん。身体がオオカミになるなんてことは彩が望んだことではないし、その事で彩が苦しむのは親として失格かもしれないけど、とても耐えられない」
僕の目からは涙が溢れていた。
本当につらいのは彩なのに僕は……。
正直、この場で涙を流したいのは目の前にいる彩の母親なのに、彩の母親は強いしっかりとした態度で僕に接している。
僕の弱さに、そして、本当の意味で彩の事を考えてあげられなかった自分自身の頬を引っ叩きたかった。
「もしも、駿君が彩の事を少しでも大事に思ってくれているのであれば、もう一度考えてほしいの。このままだと彩は残りの二年をただただ過ごすだけになってしまうの」
その後の事を僕はあまり覚えていない。
頭が真っ白になってしまっていた。
覚えているのは玄関の扉を開けるときに「どうかお願いします」と頭を下げる彩の母親の姿だけであった。




