【34】ご心配をお掛けしました
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ぱちり。
目を開けると視界は真っ白だった。あれ?デジャブ?
しかし、ゆっくりと視線を巡らせるとそこは見知らぬ場所でも、数日お世話になった学院の医務室でもないことが分かった。
「ーーーー私の……部屋だわ」
見慣れたベッドに見慣れた家具。長年使用している、白とロイヤルブルーを基調とした落ち着いた公爵家の自室だ。
ーー戻ってきたの??
アリスは必死に記憶を手繰り寄せた。
いつから気を失ってた?どれくらい経った?エミリア様は、みんなはーー?
頭に手をあてながらぐるぐると思考を巡らせる。
生憎憶えていたのは、ロウレンに言われた通りに首飾りに魔力を流したところまでだった。
ーーあぁ、そうか。
「エミリア様が、みんなが、何とかしてくれたのね……」
自分がここにいるということは、そういうことなのだろう。
その考えに至って漸く、アリスの身体から力が抜けた。ずっと気を張り詰めていたのだ。少し深呼吸をしよう。あぁでもその前に目が覚めたことを伝えて、話を聞きたい。そのままにしておくには気になることが多すぎた。
アリスはさっとベッドから降りると……
そのまま床に崩れ落ちた。
ーーーーえ?
床に手をついて茫然とする。え、力入らなすぎじゃない?
ベッドに戻ろうにも、立つことができなかった。どうにも動けず、崩れ落ちたまま少し時間が経過する。
いっそこのままここで眠ってしまおうか。いや、流石によろしくないだろう。何度か葛藤していると、控えめにノックされた後、ゆっくりと扉が開いた。
「あ」
「ーーっ?!!?!」
アリスの間の抜けた声と、侍女ミアの声にならない絶叫が重なる。なんだか久しぶりに顔を見た気がするな。それもそうか。アリスは殿下の件があってから医務室にいたので公爵家に帰っていない。さぞ心配をかけたことだろう。
「お、おおお……お嬢様っ!!お目覚めになられたのですね……!あぁよかった!!ではなくて!あぁそんな、床に……!すぐに人を呼んで参ります!!」
突然のミアの絶叫に目を丸くしてかたまるアリス。いつも冷静な彼女がこんなに動揺したところを見たことがない。
ミアはアリスの元へ走り寄ってきたのを飛んで戻っていった。ーーと思ったらすぐにまた慌ただしい音がする。今度はなんだろう。
「あぁソラルド様!お待ちください!今侍従を呼んで参りますので……!」
ーーーーえ?
ミアの声が近づいて来たと思ったら一瞬のノックの後、また扉が開かれる。
目に飛び込んできたのは金髪青眼の美青年だった。
「お、お兄様……」
アリスは床に崩れ落ちたまま兄を見た。内心冷や汗だ。
公爵家長男という立場から、公爵である父の補佐をしている兄は、あまり屋敷で見ない忙しい人だった。公爵家の領地と王都を行き来しているらしい。
彼が学院にいた頃は、成績は常にトップで優秀すぎるが故に一年を余して卒業してしまったという。
小さい頃は弟も含めよく遊んでもらった記憶がある。家族に対しては殊更優しい兄のイメージだが、いかんせん会うのは久々だ。緊張するのも無理はない。
久々の再会がこれとか!どうしよう!今更取り繕えるものでもない。
恐る恐る兄の表情を窺うと、その顔は珍しく硬まっていた。あぁどうしよう。流石に寝起きすぎるし服も着替えていないし髪もぼさぼさだ。
アリスが戸惑っているとソラルドは我に返ったのか、すっとアリスの方へと歩き出した。そしてあっという間に側に寄ると、ふわりと抱き上げそっとベッドに降ろす。後ろの方でミアがわたわたとしているのが見えた。主の手を煩わせてしまったのを気にしているようだ。
「えっ、あ、あの……お兄様、ありがとうございます」
突然の行動に焦りつつもきちんとお礼を述べるアリスに、ソラルドは綺麗な笑みを浮かべた。
「目が覚めたんだね。よかった、心配したよ」
青い瞳に安堵の色を浮かべた彼は、そっとアリスの頭を撫でた。
「ご……ご心配をお掛けしました。
ーーお兄様はお元気でしたか??」
ちらりと兄の表情を窺ってみる。
「そうだね、特に問題はなかったけれど……。
ーー私の妹が意識不明のまま目を覚さないと聞いた時は気が狂いそうだったよ」
それはもう本当に申し訳ございません……としゅんとするアリスに、またソラルドは冗談だと笑った。
あれ、この忙しい兄はいつから公爵家にいるのだろう。
「あの……公務の方は、大丈夫なのですか?」
恐る恐るアリスが問いかけると、ソラルドは「あぁ、」と思い出したような顔をし、にこりと笑った。
「アリスが気にするようなことは何もないよ。私には優秀な部下がいるからね」
あぁ、部下の方ごめんなさい。この兄の部下というのだからさぞ優秀なのだろうが、兄はさらに上をいく。つまり兄の代わりは、いないということだ。きっと今頃大変な思いをしていることだろう。
アリスが内心で謝罪をしていると、ソラルドがミアに指示を出し、その場を下がらせていた。
「ーーお前の目覚めを待つ者は多いからね。今のうちに知らせておこう」
あぁそうなのだ。きっといろんな人に心配をかけていることだろう。それにあの後どうなったのか知りたい。
「あの……お兄様、私はどれ程眠っていたのでしょうか?」
恐る恐る尋ねてみる。また3日も眠っていたのだろうか。ミアや兄の心配具合を見ると、それくらい経っている気もする。申し訳ない。
ソラルドは顎に手をやると少し考え、アリスを見た。
「ーーひと月、かな」
ーーーーえ??
一ヶ月も眠っていたの?!それは身体も動かないわ……。改めてミアや兄の反応に納得する。
驚くアリスを余所にソラルドは手を翳した。
「うん、魔力も戻ってきているね。
お前のそれは魔力を限界まで使用したことによる代償だろう。私が来た時はかなり危険な状態だったんだ」
そりゃあ限界まで首飾りに魔力を、という話でしたからね。でもおかしいな、ギリギリの線は見極めたと思ったのに。なんでここまで使い果たしてしまったのか……。
「ーー元来魔力量が人よりも数倍は多いとされる我がレイウェル家の人間が、そこまでする事態とは余程のことがあったんだろうね?」
にこり、と先程までとは違う笑みを浮かべる兄に、そっと目を逸らすアリス。背後に黒い何かが見えますわよお兄様。
「例えばそうーーこの国の平穏を揺るがすほどの何か……とかね」
まあ逆賊とヤり合ってましたからね。一歩間違えば魔物の大群がこの王都に向かったことでしょう。王族の命めっさ狙われてましたから。
アリスが無言を貫いていると、ソラルドは溜めていた息を吐いた。
「まったく、私の大切な妹をこんな目に合わせた者には、死をみるより恐ろしい罰を与えなければならないな」
やれやれと言う兄の目は本気だ。その金の髪がふわりと揺れたかと思うと、兄を中心として風が巻き起こる。兄の第一魔法は風だ。溢れんばかりの魔力を無意識に風に変換させているのだろう。常に冷静な兄にしては珍しく、感情が抑え切れていないのが見てとれた。
「お兄様」
アリスはソラルドの手を取ると、困ったように笑った。
「魔力が漏れていますわ」
「あぁ、すまない。つい、ね」
そう言うと、ぴたりと風が止む。相変わらず魔力操作が上手い。あそこまで漏れていた魔力が一瞬で止まるとは。
そうして一言二言兄と話していると、また扉をノックする音がした。返事をすると、入ってきたのは金髪アイスブルーの、アリスによく似た美女であった。
「あらあら、ソラに先を越されたわ」
ふふ、と微笑む女性はゆったりとした足取りで2人の方へ近づいてきた。
「お母様!」
「母上」
アリスとソラルドは揃って目を丸くする。そんな2人の様子に、彼女は悪戯が成功したかのような微笑みを向けた。
アマリリス・フォン・レイウェルーーレイウェル公最愛の妻にして、3人の子供を持つ母親である。しかしながら彼女の身体は弱く、あまり部屋の外に出ることができないでいた。そんな母が突然ふらりとやって来れば、驚くのも無理はないだろう。
「お母様、お身体の具合は……?」
「あら、今それを貴女が言うの??私よりよっぽど危なかったのよ?」
うふふと笑って言うとソラルドの横に立ち、アリスの頬を撫でた。ソラルドは困ったように息をつくと、さっと椅子を寄せ、いつでも座れるようにした。
「可愛い娘が真っ青な顔で運ばれてきて心配しない親がいるものですか。
ーーあぁでも、よかった。少し良くなったみたいね」
「お母様……ご心配をお掛けしました」
しゅんとするアリスに母は微笑んだ。
「あら、子供は親に心配を掛けるものよ。貴女達は全然手が掛からなくて寂しいくらいだわ。
ーー本当に、よく頑張ったわね。偉いわ」
よしよしとアリスの頭を撫でた母は、次いで隣に控えるソラルドの頭も撫でた。
「母上……」
なんとも言えない顔で抗議する兄に、楽しそうに笑う母。あの兄が頭を撫でられる光景なんてなかなか見ることはないだろう。
そんな風にぼんやりと眺めていると、また部屋の外が騒がしくなった。
「あら、もう来たのね」
母の言葉の後、勢いよく開かれた扉の先には、これまた兄に似た顔立ちの美丈夫が立っていた。
「アリスが目を覚ましたと……」
ーーあぁ今日は本当に珍しく家族が集まってくる。
この人こそ、我がレイウェル家が当主ーーアルフレッド・フォン・レイウェル公であった。




