【33】なかなか斬新だね?
アリスから流れる金色の光が薄くなる頃、その身体がふらりと揺れた。
「……っと」
咄嗟に動いたのはオリオンだった。アリスの手から離れた首飾りをキャッチし、同時にその重みのない身体を支えるとゆっくりとその場に座らせる。アイスブルーの瞳は閉ざされ、元より白い顔は青白かった。
すぐにソアンが駆け寄り、アリスの顔色をみた。
「魔力は無事に流せたみたいだね」
魔力に聡いソアンはその様子を見て内心驚いていた。このコ……なんて際どいことをしているのだろう。今となってはほとんど空に近い彼女の魔力だが、命に関わるギリギリのラインで留めている。
呆気にとられていると、オリオンが耳飾りをと急かせた。
「あ、うん。ちょっと失礼しますよー。はい、耳飾りの魔法とやらは……これで大丈夫かな?」
アリスの両耳に耳飾りが揃う。特に変わった様子が見られないのは少々不安だが、これで良いのだろうか。
「カトレット嬢、これをーー」
金色にうっすらと光る、赤い石のついた首飾りをそっと差し出す。それを受け取ったエミリアは、暖かなそれを一度抱きしめ、しっかりと手に持った。
「ロウレンさん、封印の方法を教えてください」
「なに、簡単なことよ。
ーー願え。この地に有り余る、感じるこの魔力を、この赤き石に集めるのだ。力の流れを感じ、掴むのだ。ゆっくりと手繰り寄せ、そして願え。
この地から余分な魔力を取り除く。さすれば魔のモノ達は印を失い、また彷徨うだろう」
ロウレンの言葉はゆっくりとエミリアの中を巡った。そして純粋に、ただ願った。
ーーこの地の魔力をこの石に。そして魔物達を退けるんだ。
アリス様の想いに今度こそ応えるために。みんなで無事にあの学院へ帰るために。
必死な願いの中、突如としてそれは起こる。
その場の誰もが立っていられないほどの揺れがエミリア達を襲った。
オリオンがアリスを庇い、ソアンがその場を動けないエミリアに降りかかるガラスの破片やらを防いだ。
地響きが続き、揺れが収まる気配は無い。
「このままでは屋敷が……」
崩れてしまう、そう続けようとしたラファエルの呟きがより一層の地鳴りにより遮られる。
あまりの音にエミリアがはっとして顔を上げた。
すると満足げに赤い瞳を細めたロウレンと目が合う。
「よく耐えた。その首飾り、貰い受けるぞ」
するりとエミリアから首飾りを抜き取ると自らの首にかけ、エミリアをソアンの方へ投げ渡す。
そして首飾りに呪文をかけるとロウレンのアッシュグレーの髪が真っ黒に染まった。
「流石は力持つ者、か。期待以上の力だ」
ふと笑うとロウレンは空に向けて手をかざした。
「ライファ。我も漸くそなたと共にーーーー」
ロウレンの呟きののち、あたり一面が溢れんばかりの光に包まれた。
◆
光が収まると、それまでの揺れが嘘のようにぴたりと止んだ。あまりの眩しさに閉じていた目蓋をゆっくりと開ける。そこには先程までいた赤目の青年の姿はなかった。
「あ……魔物が、散っていく……?」
ソアンが片目を押さえながら遠くの気配をよんだ。
「本当ですか!?」
すぐさま側にいたエミリアが反応した。その勢いに若干圧されたソアンが少し身を引きながら頷いた。
「……うん、さっきまで向かってきていた魔物の気配が嘘みたいに引いていくんだ。
でもまさかこんなに、あっという間に散っていくなんて……」
驚きを隠せないソアンに対し、エミリアは思わず安堵の表情を浮かべた。なんとか、出来たのだろうか。自分も、少しは役に立てたのだろうか。
「あ、れ……」
ぐらりと身体が揺れる。こんな時に、と思いかけたが周りを見ると皆体勢を崩していた。先程とは違う揺れがエミリア達を襲う。
「まずい、もうもたない……!」
焦ったようなラファエルの声と共に、
今度こそ屋敷が、崩れる音がした。
「一難去ってまた一難ってね。はい失礼しますよ」
「っ!!」
ふわりとエミリアを抱えたソアンはさっとその場を離れる。瞬間、上から降ってきた瓦礫が、さっきまでいた所に突き刺さった。
「あ、ありがとうございます……!」
真っ青な顔で言うエミリアに気にしないでと声をかける。
「おにーさん、ここから出るにはどうしたらいい?」
声音こそ明るいが真剣な瞳で問うソアンに、問いかけられたラファエルは一度考えを巡らせた。
「ここは最上階……となると確かこの奥に脱出口があった筈です……!」
「んじゃあ騎士の皆さんはご令嬢達を担いでそこまで走って!
そこの赤目のおにーさんはあそこで伸びてるおじさん担いでもらってもいい?」
指名されたレンは黙ってソアンの言う通り動く。
その手には先程までロウレンの首にあった件の首飾りが収まっていたーー。
「急いでくれ。このままだともたない」
オリオンがアリスを片手に支えながらもう片方の手を上に向けていた。盾の魔法で倒壊を食い止めているらしい。
ソアンの指揮の元、これ以上この場に用はないとばかりに一同は脱出口を目指した。
◆
「脱出口……ねえ。
確かに外へと繋がってるけど、なかなか斬新だね?」
ラファエルの言う最奥の脱出口のある部屋まで辿り着くと、エミリアをそっと降ろしたソアンが目の前の光景を見て呆れた声を出す。
「こ、こんな筈では……」
こんな筈、とはーー目の前に広がる光景を見た感想だ。本来であれば、小さな脱出口から外へと伸びる螺旋状の傾斜(所謂滑り台)が用意されていたとのことだ。
しかし現状目の前には、何もなかった。文字通り、何もない。つまり、扉を開けた先には壁もなく、吹き曝しとなっていた。
「流石に魔導師でも空飛べないからなぁ。どうしようかね」
自分達だけならば死ぬ気で降りれば何とかなるかもしれないが、今は(本来は か弱い)ご令嬢方がいる。内一人は意識があるのかも不明で、他の2名も自分だけで立っていられない状態だ。流石に命が危うい。
しかし建物の倒壊もしている中、ここにいても崩れるのを待つだけだ。しかし来た道は既に瓦礫に塞がれている。1番助かる可能性が高いのはーー。
そう思案していると、ふわりと冷気が漂った。
不思議に思い、視線を巡らせると、ゆるゆると力ない動きで片腕を突き出す少女の姿があった。
先程の過程で、魔力など無いに等しいアリスが、氷魔法による造形をしようとしていた。
「お嬢さん、意識がーー」
あるのか、そう思ったが、見たところ彼女の身体はほぼ無意識に動いていた。
現に、その目蓋は閉じられたままなのだ。オリオンの顔が険しくなる。
「リオン、だめだよ。今すぐ止めて……」
ザッーー!
「「?!」」
突然、アリスの創りかけた魔法が一気に加速した。
みるみるうちに造形魔法が形を作っていく。
「これは……アリスじゃない」
オリオンの呟きに、ソアンははっと気づくと吹き曝しの端から顔を出した。
「ソアン!!!皆無事か!!」
下から聞こえたのは少し前に別れた声だった。
ーーあぁ、すっかり忘れてた。
「ザック隊長……」
ソアンの視線の先には追走部隊隊長と、ここに来るまでに分断された仲間の姿だった。
数人により造られた氷の魔法により、地上へと伸びる道ができる。
「なんだよ、良いところ全部持ってかれた」
苦笑しながらまたエミリアを抱えたソアンは皆を誘導する。
全員が氷の道を滑り降りた直後、先程までいた屋敷は跡形もなく崩れ落ちた。間一髪とはこのことだ。
「ソアン、間に合ったみたいだな」
「隊長、よく来てくれましたね。ナイスタイミングです」
ソアンの言葉に、後方の屋敷の残骸を見る。
「そのようだな。
しかし俺も魔導師達を連れても屋敷に突入できず考えあぐねていたんだ。お前達がどこにいるのかも分からんし突然物凄い揺れが襲うしでな。そうこうしているうちに屋敷が崩れ始めたから正直焦ったぞ。
あの氷の魔法が見えて咄嗟に道を作れたから良かったものの……」
護衛対象も仲間も犯人も失うところだった。そうなれば確実に物理的に首は飛ぶし後悔ばかりとなっていただろう。今回の件にはこの国随一の公爵令息や令嬢がいるのだ。彼らが動くと考えただけでも恐ろしい。
ザックが内心冷や汗をかいていると、ソアンは周辺の、縄で縛られ転がされている人に気づいた。屋敷や森で会った私兵だろう。先程は緊急故放置したが、隊長はご丁寧にあちらも回収したようだ。
この人たちも連れて帰るとなると面倒だが仕方ない。カルミア家の者の反逆に力を貸したとなれば彼らも只では済まないだろう。
あの場にいた数人の力により奇跡的に回避できたものの、事が防げなければ確実に王都は混乱した筈だ。
王都に張られているという結界も今は脆いとロウレンとかいう魔物の青年が言っていた。あれだけ感知した魔物の群勢がいたらその結界も意味を為さなかったかもしれない。
ソアンはザックに向き直ると、背筋を正した。
「隊長、報告いたします。
王族弑逆を狙った反逆者、ラウス・フォン・カルミアを捕縛。連れ攫われた2名の令嬢及び先導者1名の令嬢の保護を完了いたしました。しかし数名が負傷、直ちに王都へ帰還し、治癒魔法を必要とします。
ーー詳細につきましては、後ほどご説明いたします」
いつになく真面目なソアンに、ザックは隊長としてしっかりと頷くと、帰還に向け素早く指示を出す。
「馬を手配している。要人方は先発隊にて警護の上、速やかに王都へ移送する。
反逆者達の移送は後発隊にて厳重に行うものとする。
ーー全員、速やかに王都へ帰還せよ」
「はっ!!」




